第一百三十一話 嘘
二人が遺跡を出るころには、空は茜色に染まり、砂漠の地平線に太陽が沈みかけていた。
熱気は徐々に冷え、夜の風が心地よく肌を撫でる。
適当な岩陰を見つけ、二人はその場で野営を始めた。
エマは手慣れた様子で小さな火を起こし、乾燥肉と豆を煮込み鍋に放り込む。
陸虚は持ち歩いていた魚干しを切り分け、香草と一緒に炙り始めた。
「……お前、思ったより旅慣れてるじゃねぇか」
エマが鼻をひくつかせながら呟く。
「魔法で火加減を調整できるのは反則だろ」
陸虚は鍋をかき混ぜた。
「便利は便利だが、料理の腕がなきゃ台無しになる。……まぁ、味は保証しないけどな」
匂いが夜風に溶けるころ、簡素ながら温かい夕食が出来上がった。
二人は焚き火を挟んで腰を下ろし、黙々と口に運ぶ。
しばらくの沈黙の後、エマがぽつりと言った。
「なぁ、陸虚……明日、街に入ったらさ……お前、どうするつもりだ?」
焚き火の赤い光に照らされた陸虚の横顔は、相変わらず穏やかだった。
彼は空を仰ぎ、星を数えながら静かに答える。
「まずはお前と一緒に任務を終えてからだな。その先のことは……街に入ってから考えるさ」
焚き火の火がぱちぱちと音を立てる。
夜空に浮かぶ星々は、まるで沈黙を見守るかのように瞬いていた。
エマは器を置き、しばし炎を見つめていた。
唇がわずかに動きかけたが――何も言葉にはならない。
その横顔には、迷いと葛藤が確かに宿っていた。
けれど、最後にはただ小さく息を吐き、焚き火に背を向ける。
「…………」
少年は一言も発せず、膝を抱えて砂の上に腰を下ろした。
内心で何かと戦っているようだったが、結局は夜の闇にその思考を飲み込ませてしまった。
陸虚はそんな様子を横目に見ながら、深く追及することはせず、ただ静かに星空を眺めていた。
翌朝――。
砂漠の冷えた風が幕を揺らし、陸虚はゆっくりと目を覚ました。
伸びをしながら、隣に声をかける。
「……おい、よく眠れたか?」
しかし返事はない。
嫌な胸騒ぎを覚え、周囲を見渡すと――そこにあるはずの少年の姿はどこにもなかった。
さらに、傍らに置いていた星髓も忽然と消えていた。
陸虚はしばらく黙ったまま立ち尽くし、やがて深く息を吐く。
「……やれやれ、やっぱりそう来たか」
その足元に、一通の封筒と昨日見せられた“5級の核能爆弾”が置かれていた。
陸虚は封を切り、走り書きの文字を目で追う。
陸虚へ。
君は本当にいい人だ。利用してしまってごめん。
君ほどの力があれば、城に入るのに資格なんて要らない。登録するだけで十分だ。
だけど……俺には、この二つの入城権がどうしても必要なんだ。
だから、騙すしかなかった。
本当は、頼めば君は手を貸してくれただろう。でも、これ以上君に迷惑はかけられない。
この核能爆弾は、せめてもの償いだと思って受け取ってくれ。
手紙はそこで途切れていた。
陸虚はしばらく無言のまま紙片を見つめ、それから苦笑を浮かべた。
「……まったく、最後まで不器用な奴だな」
彼は爆弾を拾い上げ、懐にしまい込む。
「……はぁ。なんだかまた面倒ごとに巻き込まれそうな気がするな。
まぁ、いいか。どうせ俺ってのは、そういう星の下に生まれたんだろう」
独りごちて、口元に苦笑を浮かべる。
次の瞬間、彼の身体から陰陽金丹の気流が静かに渦を巻き始めた。
流れる雷と炎が微かに砂を照らし、周囲の空気が研ぎ澄まされていく。
陸虚はしゃがみ込み、砂の上に残された微かな痕跡を指先でなぞった。
そこから立ち上るのは、確かに昨夜去っていった少年――エマの気配だ。
「……行き先を隠すのは上手いが、甘いな。お前の“匂い”は、まだ消えていない」
そう呟くと、陸虚はふっと立ち上がり、砂漠の風に身を任せる。
陰陽金丹が導く気配を追い、彼は少年の残した軌跡を辿り始めた。
――逃げても無駄だ。どうせ縁があるなら、最後まで見届けてやる。




