第一百二十九話 同行
「……星髄、だと?」
陸虚が目を細めると、少年は口元を吊り上げ、得意げに言い放つ。
「そうだ。俺はその“在処”らしき場所を嗅ぎつけてんだ。お前の力なら足手まといにはならねぇ……むしろ役に立つかもしれねぇな。で、どうする? 一緒に来るか?」
陸虚は目を細め、目の前の少年を探るように魔力の流れを感じ取ろうとした。
だが――何もない。
彼の身体には、魔法使いに必ずあるはずの“魔力の波動”が微塵もなかった。
(……こいつ、魔法使いじゃない?)
その違和感を悟ったかのように、少年は不敵に笑った。
「へっ、俺のことを探ってんのか? やめとけよ。俺なしじゃ“星髄”の場所なんざ絶対に見つからねぇんだからな」
そう言うと、彼は懐から金属光沢を帯びた球体を取り出し、掌で弄ぶように見せつけた。
球体の内部では、赤い光が脈打つように点滅している。
「見たことあるか? これは“核エネルギー爆弾”って代物だ。お前の年齢でどんなに強くても、精々4級が限界だろ。だがこれは――5級相当の破壊力がある」
少年の声色は、わざと大人びて冷ややかに響いた。
「いいか? 俺とちゃんと協力すりゃお互い得をする。だが途中で変な真似をしたら……心中するのもアリだぜ?」
その瞳には、年相応の未熟さと、それを覆い隠すための強がりとが入り混じっていた。
「そうか……確かに眼がいいな。僕は――4級の“大魔法使い”だ」
少年は一瞬ぽかんとした後、鼻で笑った。
「大魔法使い? はっ、ずいぶん古臭ぇ肩書き使うんだな。今どきそんな呼び方する奴なんて……じいさん連中くらいだろ」
からかうように言いながらも、その目にはわずかな興味が宿っていた。
陸虚は肩をすくめて、にこりと笑う。
「さて、協力するならまず名前だろう。僕は陸虚。よろしくな」
その純粋な眼差しを正面から受け止めた少年は、一瞬だけ言葉を失ったように黙り込み――
やがて小さく、噛みしめるように呟いた。
「……俺は、エマだ」
短い名乗りのあと、エマは視線を逸らし、革のコートの襟をぎゅっと握りしめた。
二人は無言のまま砂の道を進んでいた。
風が吹くたびに砂粒が舞い上がり、太陽は容赦なく照りつける。
沈黙を破ったのは陸虚だった。
「……この“城区”ってやつ、外から来た人間は簡単に入れないのか?」
エマは呆れたように鼻を鳴らし、肩をすくめる。
「当たり前だろ。城の連中が、外周にいる泥まみれの連中をホイホイ迎え入れるわけねぇじゃん。入れるのは……価値を示せる奴だけだ」
そこで一度言葉を切り、ちらりと陸虚の方を見やる。
「……ま、実力があっても証明がなきゃ意味ねぇけどな」
わざと軽口を叩いたつもりでも、その声音にはわずかに焦りが混じっていた。
陸虚はそれを聞き逃さず、薄く笑みを浮かべる。
「つまり、俺はお前と一緒に任務を果たすのが一番ってわけか」
エマは咳払いし、顔をそむけた。
「そ、そういうこった。余計なことは考えんな。まずは任務だ。城に入っちまえば、嫌でも答えは見えてくるさ」
数時間の行軍の末、二人の前に現れたのは――砂漠のただ中に、ぽっかりと口を開ける古代の遺跡だった。
砂嵐に削られた石壁は崩れ落ち、半ば埋もれた巨塔の先端だけが空に突き出している。
塔の表面には見慣れぬ文字と幾何学的な文様が刻まれ、風にさらされながらもなお淡い光を帯びていた。
周囲の砂の上には、歯車の残骸や金属片が散らばっており、ここがかつて機械文明の拠点であったことを物語っている。
「……これが、星髄が眠ってるっていう遺跡か」
陸虚は目を細め、塔の根元に刻まれた魔法陣らしき痕跡に視線を走らせる。
エマは石を蹴り飛ばしながら、気軽そうに答えた。
「そうだ。外から見る限りじゃただの廃墟だが……中はちょっとした迷宮になってる。それに――星髄を守ってる“番人”がいるって噂もある」
そう言うと、エマは腰のポーチから金属の鍵のような物を取り出し、塔の扉に差し込んだ。
ゴウン、と低く唸るような音が響き、閉ざされていた入口がゆっくりと開いていく。
中から吹き出したのは、砂漠とは対照的な冷たい空気。
同時に、鉄と油の混じった匂いが二人の鼻を刺した。
「ようこそ、古代の地下迷宮へ……ってとこだな」




