第一百二十三話 導き
一方その頃、メイヴィレーナ融合魔法学院。
学院の中心広場には、すでに百人を超える学生たちが集まっていた。
海族も、人族も、その顔には不安の色が浮かんでいる。
「……どうして、校長が現れないの……?」
「家族の村が、海龍族の襲撃を受けたって……!」
「嘘だろ、こんな時に……」
ざわつき、恐れ、そして誰ともなく口にされる“絶望”という言葉。
魔力を持つ者であっても、心が砕ければ、力は意味を成さない。
そんな中—
「静かにッ!」
一喝する声が響いた。
その中心に立っていたのは、炎狮の血を引く少年、ガルドだった。
額に汗を浮かべながらも、その眼光は鋭く、広場全体を包み込むように見渡していた。
「……気持ちは分かる。家族が心配なのも、不安でたまらないのも。だが……!」
ガルドは拳を握りしめ、声を張り上げた。
「ここでバラバラになったら、メリー校長が命を賭けて守っているこの学院が崩れる!オレたちが今やるべきことは、不安に飲まれることじゃない……互いに支え合い、生き延びる道を考えることだ!!」
その言葉に、場が静まり返る。
だが——静寂は決して“安心”ではなかった。
押し寄せてくる“虚空”の影は、まだ誰にも見えない形で、学院の周囲に滲み始めていたのだから——。
その時——リュミエールが学院へと戻ってきた。
濃密な魔力の流れを追いながら歩いていた彼女は、周囲のざわめきに気づく暇すらなかった。
だが、気がつけば、学院の中央広場に集まった生徒たちは、まるで彼女のために道を開けるかのように、静かに身を引いていた。
リュミエールは立ち止まり、ゆっくりと顔を上げる。
目に映ったのは、無数の視線。
怯え、戸惑い、不安……しかしその奥に、確かに“希望”があった。
それは——誰かが導いてくれるという、心の奥底からの願い。
「……私が……?」
呟くように自問する。
そうだ、校長は今ここにいない。
リーダー不在の学院を、支える誰かが必要なのだ。
そして今、この場にいる“最も信頼された者”は——
「……分かりました」
リュミエールは、胸に手を当て、深く息を吸い込んだ。
海風の匂い。学院を包む結界のかすかな光。みんなの鼓動。
「皆さん、聞いてください!」
その声は決して大きくなかった。けれど——不思議と、全員の耳に届いた。
「メリー校長は、今、……私たち、南海を守るために戦っています。一人一人の力は小さくても、心をひとつにすれば……必ず乗り越えられると、私は信じてる!!」
沈黙のあと——
「リュミエール先輩……!」
広場に小さな声が広がり、それはやがて——大きなうねりとなって島全体を包み込んでいった。
その中心に、彼女はいた。
学院に結集した希望の灯が、確かに燃え始めたその時——
リュミエールのポケットから、まばゆい光が弾けるように放たれた。
「……これは——」
あの時、陸虚から預かったカード。
彼女はすぐさまそれを手に取り、輝く文字と模様を凝視した。
幾何学的に並ぶ魔法陣、中央に描かれた巨大な海亀——玄武。
その周囲には、多様な種族たちの象徴が並ぶ——人魚、海老、鮫、海星……そして、人間。
まるでこの学院そのものを写したような図。
リュミエールはゆっくりと息を吸い、目を閉じ、そして静かに開いた。
「……そういうこと、だったのね」
彼女は静かに立ち上がり、手にしたカードを掲げる。
「ガルドさん!」
「はい……!」
「これから、各部族の学生たちを、このカードが示す場所へ誘導して。これはただの地図じゃない、玄武の“神経網”……この島全体がその身体なの!」
「お、おう……でも、リュミエール、君は——」
「私は……玄武を目覚めさせる」
彼女の瞳は、もはや迷いのない強さで満ちていた。




