第一百二十二話 絶境
——その向こう側から、**“それら”**が現れた。
「ッ……来たか!」
黒い霧のように歪んだ空間から、数十、いや百を超える異形の“何か”が、まるで虫の群れのように這い出てくる。
うごめく触手、奇怪な眼球、金属のようにきしむ鳴き声。
明らかにこの世界に属さぬ存在、虚空の魔物たち——!
「う、うわ……なんだよ、ありゃ……!」
アイゼルが目を見開いて、絶句した。
唯一の救いは、狂乱状態のままなお強烈な魔力を放っている海龍族の族長が、**“囮”**となってそのほとんどの敵意を引きつけていることだった。
だが——
「……こりゃ、もうダメだろ……陸先生。オレらじゃ、勝てねぇよ……!」
珍しく弱音を吐いたアイゼル。
それほどまでに、敵の数と質が圧倒的だった。
だが、その時——
「お前がやれ。」
「……は?」
唐突な陸虚の言葉に、アイゼルが呆けた顔をする。
「……な、何を?」
「“時間の法則”だ。僕が、お前に父親の法則の軌道を一時的に写す。お前はそれに乗って——“繋げ”ばいい。」
「いやいやいや!俺、まだ“理解”もしてねぇって! 無理無理無理だって!」
「やれ。」
陸虚の目が真剣だった。
その瞬間、陸虚の背後で陰陽金丹が光り始めた。
雷光が空を裂き、金丹の“陽”がうねるように回転し——
「……僕の力に、乗れ!」
「っ、うおおおおおおおおっ!!」
アイゼルの中に、時間の流れが**“流し込まれる”**ような感覚が駆け抜けた。
身体が震え、魂が軋む。けれど——
——見えた。
父の背中が——
父の“時”が——
——一瞬、確かに見えた。
「——“時の鎖”!!」
空間に、淡い青い鎖が現れる。
それは裂け目へと向かい、今にも拡大しようとする虚空の“眼”に絡みついていく……!
——時間の鎖が、虚空を再び縛り付けた。
一瞬、海と空の境が静まり返る。
だが——その静寂は長く続かない。
虚空から這い出てきた魔物たちが、突如として陸虚たちに殺到してきたのだ!
「くっ、こっちに来る……!アイゼル、鎖を離すなよ!」
「わ、分かってるけどッ!」
陸虚は金丹で時の流れを操作しながら、アイゼルに法則の補助を続けている。
しかし、そのせいで両者とも完全に戦闘不能。
一方、狂乱状態の海龍族の族長は——
「ぐるる……グオオオオオ!!」意味不明の方向にブレスを吐きながら回転しており、何の戦力にもならなかった。
「……マジでこいつ使えねえ!!」
アイゼルが涙目で叫ぶ。
そして——
その瞬間。
「——ニャー!」
可愛らしくも力強い声と共に、蒼炎が虚空魔獣を焼き尽くした。
「っ……!」
爆風が吹き抜け、迫っていた虚空魔獣が数体、光の粒子となって散っていく。
「小花……!」
陸虚が、微笑んだ。
現れたのは、一匹の小さな猫のような姿。
だがその瞳には炎が宿り、爪には“深海でも消えない”神聖な焔が燃えていた。
「にゃんにゃんパンチだ」
――ズドォン!!
深海を包む水の圧力をものともせず、
小花が振るった拳からは、燃え盛る造化の炎が螺旋を描き、敵を吹き飛ばしていく。




