第一百二十話 メリーの選び
リュミエールの手元の貝殻が、パリッとひび割れる。
「……っ、今の……何……?」
まるで空間ごと断ち切られたような不自然な切断。
冷たい汗が背筋を伝い落ちる。
「まさか、予言は本当に……」
南海の予言は、陸虚だけ知るわけじゃない、彼女は一瞬だけ呆然としたが、すぐに顔を上げた。
「校長……どこにいるんですか……!」
リュミエールは大きく深呼吸を二度、三度繰り返した。
「……リュミエール、落ち着け。こういう時こそ、焦ってはいけない……校長の教えを思い出して……」
小さく自分に言い聞かせるように呟くと、静かに目を閉じた。
心を沈め、周囲に満ちる魔力の流れに意識を集中させる。
──風。
無数の風が、島のあちこちを駆け巡っていた。
荒々しく、けれど正確に、島そのものを作り変えるように吹いている。
あまりにも異常な風の奔流。
……けれど、誰も気づいていない。
なぜ? なぜこの風の異変に、学院の誰一人として反応していないの?
──水だ。
リュミエールの脳裏に、次の瞬間ある確信が閃いた。
「……水が、風を打ち消してる……!」
風の流れを包み込むように、柔らかく、しかし絶対的な力で制御している“何か”。
それはまさしく、メリー校長奥義!
風の流れに導かれるように、リュミエールは学院の中西部——普段は誰も立ち入らない小さな洞窟の奥へと辿り着いた。
そこには……青白い魔法陣が刻まれた円環の中心に、静かに佇むメリー校長の姿があった。
「校長……!」
駆け寄るリュミエール。メリーは目を閉じたまま、微動だにせず術式を維持している。
魔力の奔流が、彼女の足元から天へと螺旋を描き、島全体へ広がっていく——。
リュミエールは息を切らしながら叫ぶ。
「校長、今すぐ来てください! 逆さ海の下に……“虚空”の裂け目が現れたんです! 陸先生は今どうか——」
メリーは静かに頷いた。
校長の体内から……生命の鼓動が、ゆっくりと、確かに……消えていく。
「ど、どうして……!? 校長、あなた、魔力を……命そのものを……!」
賢いリュミエールはメリーをするつもりことすぐ分かった
次の瞬間——
「え……?」
リュミエールの足元を、優しい風が包み込んだ。
その風は、まるで母が子を抱き上げるような——
温かく、切なく、どこか別れを告げるような気配を帯びていた。
「ま、待ってください……校長……!」
叫ぶ間もなく、風はリュミエールの身体をそっと宙に浮かべ、
祭壇の洞窟から、外の世界へと押し戻した。
一歩でも近づこうと、魔力を駆使して術式を展開する。
空間転移、結界解除、
思いつく限りの手段を試す。
だが。
「……入れない……っ!」
洞窟の入り口は、まるで最初から存在しなかったかのように、
風と水に包まれ、リュミエールを拒む。
……静かだった。
島の中心は、嘘のように静まり返っていた。
リュミエールは唇を噛みしめ、拳を握ったまま、しばらくその場に立ち尽くしていたが——
「……まだ、終わってなんかいません……!」
ぎゅっと涙を拭い、目を真っ赤にしながらも顔を上げる。
「きっと……きっと方法はある。私が、絶対に見つけてみせる……!」
彼女は振り返り、風に逆らうように駆け出した。