第一百十七話 玄武
ガルドも思わずカードに顔を近づけ、目を凝らした。
「でも、中央のこの海亀……なんかちょっと場違いっていうか、可愛すぎないか?」
しかし、リュミエールの表情は一変し、真剣そのものだった。
「……違うのよ、ガルド。これは冗談でも偶然でもない。」
彼女は少し声を潜め、まるで誰かに聞かれてはならない秘密を打ち明けるかのように続けた。
「メイヴィレーナ融合魔法学院の下にあるのは、ただの島なんかじゃない……それは――南海の神獣・玄武の亡骸なの。」
「……え?」
「玄武は、生前8級の存在だった。死してなお、その肉体からあふれる魔力は島全体を包み、私たちを守っている……でも、このことは学院でも極秘とされているわ。私も、校長先生が誰かに話しているのを、たまたま聞いてしまっただけ。」
彼女はカードを見つめながら、ふと不安そうな声で呟いた。
「――でも、このカード……一体、陸先生はどこで手に入れたのかしら?」
突然、リュミエールが身体を震わせた。
「っ……!」
まるで冷たい刃が背筋をなぞったかのような悪寒に、彼女の足元がふらついた。
「リュミエール!? 大丈夫か!」
ガルドはすかさず彼女の肩を支え、そのままゆっくりと座らせた。リュミエールは額に手を当て、かすかに顔をしかめながらも、かろうじて微笑んだ。
「……大丈夫。ただの目眩。ほんの少しだけ、ね。」
そのとき、静かに二階からメリー校長が降りてきた。
しかし、その表情はいつもの柔らかなものではなかった。
寂しさ、哀しみ、迷い、そして――決断。
まるで、何か大切なものを前にして、それを失う覚悟を固めようとしているかのような目だった。
「……校長先生?」
リュミエールが呼びかけようとしたが、メリーは一歩も言葉を返さず、ただ彼女をじっと見つめていた。
唇がわずかに動いた。何かを言おうとしたのかもしれない。しかし、結局その言葉は音にはならず、風に溶けていった。
次の瞬間、彼女の姿はそよ風のようにふわりと消えた。
「な、なんだ……今のは……?」
ガルドは驚いたように目を見開いたが、リュミエールはまだ顔をしかめたまま、苦しそうに呼吸を整えていた。
「……あぁ、ごめんね。校長先生は、研究や魔法のことになると、ふっといなくなっちゃうことがあるの。いつものことよ。」
彼女は何も気づかぬまま、かすかに笑ってそう言った。
しかし――
ガルドの中に残った違和感は、風に吹かれても、消えることはなかった。
そこへ、図書館の扉が激しく開け放たれた。
「リュミエール先輩っ……!たい、たいへんですっ!!」
息を切らしながら駆け込んできたのは、下級生のエビ族――まだ若いが、礼儀正しいことで評判の学生だった。だが今は、顔面蒼白で、恐怖に震えていた。
「どうしたの、落ち着いて話して!」
リュミエールが慌てて立ち上がろうとするも、まだ体の調子が完全ではない。ガルドが支える中、学生は早口でまくしたてた。
「海龍族の族長が……! 突然、周辺の小さな種族の村々を襲い始めたんです!魔力鉱脈を強引に奪い取って、自分の領域に引き込もうとしてるって……!さっきも……僕の友達の村が……!」
「なっ……!」
リュミエールの顔色がさらに青ざめた。背筋に冷たい汗が伝う。
「校長先生は?メリー校長はどこに?」
「それが……どこを探しても見つからなくて……!学院内にも、南の指令塔にも姿が見えません!皆、パニックになってて、リュミエール先輩に指示を仰げって……!」
「っ……!」
リュミエールは無意識に胸元を押さえ、呼吸を整えようとする。
「……私が……何とかしないと……!」
彼女はふらつきながらも立ち上がった。