第一百十六話 図書館
それは螺旋状に渦を巻く巨大な建物──メイヴィレーナ融合魔法学院の図書館である。全体は深い青とエメラルドグリーンを基調とし、壁面はまるで透明な貝殻で作られているかのように光を反射し、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
支柱には精巧な海洋生物の彫刻──翼を広げる海竜、触手を漂わせるクラゲ、そして優しくこちらを見つめる人魚のレリーフが刻まれている。
貝殻のような重厚な扉を押し開けると、そこにはまるで深海に足を踏み入れたような錯覚を覚える空間が広がっていた。
ほのかに漂う潮の香り。空気は少し湿り気を帯び、波の音のような心地よい静寂が耳を満たす。
頭上を見上げると、巨大なドーム状の天井には幻想的な海の映像が映し出されていた。数匹の熱帯魚が“空中”を泳ぎ、時折、青白いクラゲがふわふわと漂う。まるで空間そのものが水中であるかのように。
本棚は直線ではなく、図書館の中心をぐるぐると取り巻くように螺旋状に配置され、まるで海の渦の中にいるかのようだ。各階を繋ぐのは透明な“水の橋”。歩くたびに、水のさざめきが足元に響く。
「……融合魔法学院の図書館、まさに海神の神殿って感じだな……」
ガルドは感嘆の息を漏らした。
メリー校長は微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと館内へと進んでいく。天井から差し込む柔らかな光が、彼女の銀髪を海の泡のように煌めかせていた。
「この図書館には、南方諸島の数百年にわたる魔法式、歴史、魔導資料が保管されています……その多くは、私が直接管理しているのよ」
彼女は淡い光を放つ水晶の書物に手を添え、どこか誇らしげな眼差しを向けた。
リュミエールは慣れた様子でくすっと笑い、
「来るたびに癒されますよね、まるで海の中を旅してるみたいで」と言った。
――もしここに陸先生がいたら、きっとこう呟いていただろう。
「……本当に図書館か?南海の魔導リゾートじゃないのか?」
メリーはふと何かを思い出したように問いかけた。
「……ところで、リュミエール。あなた、陸虚くんに会ったのかしら?」
その問いに、リュミエールはぷっと吹き出すように笑い出した。
「ふふっ……校長先生、聞いてくださいよ~。実は――」
そして彼女は、航海中に起こったあれこれ──密航から空間潮汐の騒動、そしてリヴィエタンとの激闘までを、少し大げさに、楽しげに語りはじめた。
話を聞き終えたメリーは、頬に手を添え、どこか懐かしそうに微笑んだ。
「ふふ……相変わらず面白い子ね、あの子は。まあ、いいわ。今の時期、あの“逆さ海”の景色は滅多に見られるものじゃないもの。彼がそれを目にするのも、悪くないでしょうね。」
「じゃあ、リュミエール。あなたは彼に館内を案内してあげて。私は二階で、陣法の複製版を取りに行ってくるわ。」
そう言って、メリー校長は静かに階段を上っていった。
リュミエールとガルドは、そのまま海の香り漂う図書館の中をゆっくりと歩き始めた。珊瑚や貝殻が装飾された本棚、ゆらゆらと水面のように揺れる光――この学院ならではの幻想的な雰囲気に、ガルドもどこか緊張が和らいだ様子だった。
しばらく歩いていると、リュミエールがふと立ち止まり、壁にかけられた巨大な地図をじっと見つめ始めた。
「……どうしたんだ?」
ガルドが問いかけると、リュミエールは真剣な表情で呟いた。
「この地図、毎日見てるはずなのに……なんだか、どこかで見たような気がするの。既視感っていうのかな……」
そして、まるで何かに気づいたようにハッと目を見開くと、ポーチから一枚の奇妙なカードを取り出した。
それは――陸虚から預かった、あの女占い師にもらったカードだった。
リュミエールはカードを地図にかざしてみた。
「まさか……!」
「學園の地図とこんなにも一致するなんて……」




