第一百十五話 噂
「ダル……?」
「彼も守護者には違いない。でも――野心が強すぎるの。海族の中でも、彼のやり方を好む者は少ないわ。」
風が、回廊をすり抜ける。
水のように穏やかな学院に、ほんの少しだけ、鋭い波紋が走ったようだった。
リュミエールはふと足を止めて、周囲を見回しながら声をひそめた。
「それにね……これは、あくまで私の勘なんだけど――」
急に目を輝かせながら、ガルドの耳元で囁いた。
「最近のメリー校長、なんだか前より若返ってる気がするのよ……!」
「は……?若返り?」
ガルドが眉をひそめると、リュミエールは更に声を潜めて、
まるで学園内の裏話を暴露するかのようなトーンで続けた。
「それだけじゃないの。この前、オレリス魔法学院の代表たちが帰るときに見ちゃったの。オグドン校長……あの白髪のじいちゃんが、なんがイケおじに変わってたのよ!?」
「ええっ!?」
「しかもね……昔、メリー校長とオグドン校長には“何か”あったって話、結構有名なのよ? 詳しいことは誰も知らないけど、学生の間では“禁断のロマンス”って言われてて……」
八重歯をのぞかせて、リュミエールがいたずらっぽく笑った。
「もしかしたら、試合のときに“何か”再燃しちゃったりしたのかもね~」
ガルドは呆れたように天を仰ぐ。
「……お前って、意外とそっちの話好きなんだな。」
「え?だって面白いじゃない。ふふ……“大人の恋”って、ちょっと憧れるでしょ?」
ちょうどリュミエールが、目を輝かせながら次のネタに入りかけたその時――
「……それだけじゃないのよ!私、もっとすっごい話を聞いちゃって……!」
と、彼女が更に口を開こうとしたその瞬間――
「…………っ!!」
目の前のガルドの顔色がサッと変わった。
「……な、なによ、その顔……。いいところなのに……あ、そうだ!実はね、オグドン校長とメリー校長って――」
「やめろおおおっ!!」
ガルドが慌ててリュミエールの口を手でふさいだ。
「んー!?」
「(お前……!後ろ、後ろ!!)」
彼の目が必死に訴えてくる。
「(……え?)」
リュミエールは戸惑いながらも、ぎこちなく振り返った。
そこには――
爽やかな微笑みを浮かべながら、
こちらをじっと見つめている銀髪の女性の姿。
「ふふふ……。ねえ、リュミエール?“もっとすっごい話”って、どんな話かしら?」
それは――
メリー校長、その人であった。
メリー校長は、やれやれと言わんばかりに微笑みながら、
リュミエールの頭をくしゃくしゃと優しく撫でた。
「全く……あなたは昔からお喋りが過ぎるのよ。
でも、元気そうで何よりだわ。」
そう言うと、今度は真っ直ぐにガルドへと視線を向ける。
「あなたの顔は、ちゃんと覚えているわよ。
前回の学院試合――学生部門の優勝者、炎獅子公爵のご長男ね。
今回は……学院を訪れた理由があるのかしら?」
ガルドは緊張しつつも、きちんと礼をして目的を伝える。
メリーはその名を聞いて、静かに目を細めた。
「――第五位の魔導師が、ついに。……シフ、ね。ふふ、やっぱり彼だったのね。」
彼女は微笑を浮かべながら、どこか懐かしむように呟く。
「予想はしていたけれど……思ったよりずっと早かったわね。……さあ、詳しい話は図書館で聞かせてもらいましょうか。」
そう言って、くるりと踵を返すと、
メリー校長は学院の奥へと歩き出す。
彼女の背中を見送りながら、
リュミエールとガルドは慌てて後に続くのだった――
三人は、白い珊瑚でできた小道を歩いていた。道の先に見えてきたのは、まるで潮流の中に佇む宮殿のような建物だった。
仕事関係で週二回更新を変更しますので、ご理解頂ければ幸いです。