第一百十四話 メイヴィレーナ融合魔法学院
一方その頃――
リュミエールはぐったりしたガルドを連れ、無事にメイヴィレーナ融合魔法学院へと戻ってきていた。
道中、特製の酔い止め薬を飲ませたおかげで、ガルドの顔色もだいぶマシになっていた。
「ふぅ……助かった。もう一度あの船に乗るくらいなら、敵の大群に突っ込んだ方がマシだ……」
肩で息をするガルドが、ようやく本題を切り出す。
「実は、シフおじさんの依頼で……新しい学園の設立に必要な、“空間転移式の基盤陣”を借りられないかと思ってさ。」
それを聞いたリュミエールは、にこりと笑ってガルドの顔を覗き込んだ。
「ふふっ、なるほどなるほど。でもねガルド、本来そういう“転移陣の核”って外部には貸し出さない決まりなのよ?」
「えっ、じゃあダメか……?」
「――まあ、校長と私、ちょっと特別な関係だから。あなたがちゃんと“お願い”してくれたら……ちょこっと、私から口添えしてあげてもいいけど?」
「な、なんだよそれ……!」
ガルドは顔を真っ赤にしながらも、視線を逸らしてぼそぼそと呟いた。
「……お願い、します。リュミエールさん。」
リュミエールは満足そうに頷き、軽くウィンクした。
「よろしい じゃあ、交渉は私に任せておいて。……ところで、さっきの“さん”付け、ちょっと可愛かったわよ?」
「……くっ……!」
平時は厳格な炎の獅子が、珍しくも困ったような表情を浮かべた。
メイヴィレーナ融合魔法学院。
それは南方諸島のなかでも最大級の島に広がる、人族と海族の共学機関。
敷地は島の中央から南西部にかけて広がっており、碧く澄んだ入り江と白砂の海岸を自然のまま抱えている。
正門から続く石畳の道には、片方に貝殻をあしらった街灯が並び、もう片方には珊瑚を思わせる形の魔法装置が点在していた。
それらは常に“陣”として組み込まれており、魔力の循環と結界の維持を担っている。
「この道……全部“陣”の一部なのか?」
ガルドが不思議そうに周囲を見渡す。
「そうよ、うちの学院は“構造陣”と“生活陣”の融合が特色なの。歩くだけで集中力が整うようになってるんだから、不思議でしょ?」
リュミエールはそう言って、裸足のまま波のように滑らかな道を歩いていく。
通りを抜けると、目の前に見えてくるのは学院の中枢――
『海心の環殿』
人族が築いた石造りのドームと、海族が編み上げた水晶のアーチが複雑に交差し、
それぞれの魔法文字が浮かび上がる巨大な建築物。
殿内には潮の音が静かに響き、
中央には学院の防衛を担う**大陣式“潮輪陣”**が、常に淡い光を放っている。
種族の融合は建築だけではない。
すれ違う生徒たちもまた、人間、マーマン、海蛇族、魚鱗の耳を持つハーフ……
まさに“海と陸の混血”たちが、楽しそうに言葉を交わしながら行き交っていた。
「……へぇ、これが“融合”の形か。」
炎のように熱く、荒野で鍛えられたガルドにとって、
このゆったりとした空気と、交わり合う魔力の“静かな秩序”は、どこか新鮮で、くすぐったい感覚だった。
学院の中枢『海心の環殿』に向かう途中――
回廊に差し込む光が水面のように揺れるなか、ガルドがふと問いかけた。
「なあ……その、メリー校長って、どんな人なんだ?」
その言葉を聞いた瞬間、隣を歩いていたリュミエールの瞳が、ぱあっと星のように輝き出した。
「メリー校長はね――強くて、優しくて、それでいてすっごく賢い人よ!」
語りながら、彼女の足取りがどこか軽やかになる。
「人族の出身だけど、海族に一切の偏見を持たずに接してくれるの。
この学院も、もともと海の民のために立ち上げてくれたもので――
私たちが魔法を学び、未来を築く場所をくれたのは、メリー校長なのよ。」
その声には、敬意を通り越して憧れと信仰に近い感情が滲んでいた。
「今じゃ、この学院だけじゃなく、南方諸島全体の民から尊敬されているの。
彼女は、私たち海族にとって……唯一無二の守護者よ。」
ガルドは腕を組み、ふむ……と唸る。
「海族の“守護者”ね。つまり、彼女はその……リーダー的な存在ってことか?」
「そうね。でも“唯一”じゃないのよ。正確には……二人いるの。」
「……もう一人は?」
リュミエールの目がふっと伏せられた。
先ほどまでの輝きとは違う、どこか遠巻きな影がその瞳に差す。
「……海龍族の族長よ。名は……ダル・グライア。」
仕事関係で週二回更新を変更しますので、ご理解頂ければ幸いです。