表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学校の方士先生  作者: 均極道人
第七章 南海群島
111/122

第一百九話 混乱

翌朝――


静かな波音に混ざって、ひそやかな“影の補給”が再び始まった。


リュミエールは誰にも気づかれぬよう、そっと船の左舷に近づくと、手元の布包みを軽く振った。


中から現れたのは、しっとり焼かれたパンに香ばしいハムが挟まれた、見るからに上質なサンド。


「……まったく、ちゃんと食事ぐらいしてもらわないと。」


そう小さく呟いて、彼女は狙いを定めて――


ぽすっ。


見事に格子の中へと落ちた。


「ナイスコントロールだ、リュミエールさん……」


下から小声が返ってくる。


それ以上、会話はない。けれどその“静かなやりとり”は、確かに続いていた。


しかしその時――


「まあ、まあまあまあ……」


くどくどとした声音が、どこからともなく響いてきた。


振り返ると、そこには優雅な衣装を身にまとった海龍人の貴婦人が立っていた。


エメラルド色の鱗が煌き、金のアクセサリーがじゃらじゃらと音を立てている。


一見華やか、しかしその目つきはどこか刺々しい。


「人魚族の姫ともなると……海鳥に投げ与える餌まで、そんなに高級なのね。さすがは“特別待遇”、あらためて税の配分を見直すべきかしら?」


その言葉には、明らかに棘が含まれていた。


リュミエールはにこりと微笑んだまま、貴婦人の皮肉などまるで耳に入っていないかのように、静かに口を開いた。


「……おばさま。こういう日は、船内にお戻りになった方がよろしいかと。潮風が強くて――お化粧、吹き飛ばされてしまいますわよ?」


一瞬、周囲の空気が止まった。


「……お、おば……っ!?」


貴婦人の顔がぴきぴきと引きつる。金のイヤリングが怒りに震えるように揺れていた。


「ワタクシが、“おばさま”……!? この若さと美貌を前にして……っ!」


しかしリュミエールは、優雅な微笑みを一切崩さず、まるで何事もなかったかのように一礼した。


「では、私はこれで。ごきげんよう、おばさま。」


風に揺れる銀髪をなびかせながら、すっと踵を返して歩き去る姿は、まさに完璧な王族の風格。


残された貴婦人は――


「~~~~~~っ!!」


怒りで顔を真っ赤にしながら、言葉にならない悲鳴をあげていた。


「……見ましたね?」


貴婦人は隣に控えていた従者に向き直り、眉一つ動かさずに低く問いかけた。


「わ、私は……っ!」


従者は目を泳がせながら、冷や汗を流しつつ視線を逸らそうとする。


「見たでしょう!? 私の……しわ!」


「ち、違います! 奥様、そ、それどころじゃ――!」


従者の顔が青ざめ、指先が震えている。


「なによ、震えてるの? そんなにショックだったのね!? やっぱり見たのねぇぇぇぇえええ――!」


「違うんです! 奥様、角が……その、角の先が、裂けて……血が……!」


「……は?」


一瞬にして、貴婦人の顔から血の気が引いた。


手を伸ばし、おでこの角をそっと触る――


ぬるりと、生温かい感触。


「きゃあああああああああああああああ!!!!!???」


船全体に響き渡る、絶叫。


その悲鳴と同時に、リュミエールの表情が一変した。


「……まさか……!」


彼女は船縁へ駆け寄り、風を感じ、魔力の流れを読み取ると――


その瞳が鋭く細められた。


「皆さん、ただちに防御魔法陣を展開してください!!」


「っ!?」


「これは――“空間潮汐スペース・タイド”です!!」


リュミエールの脳内は、猛烈な速度で思考を巡らせていた。


(おかしい……この航路は、“空間潮汐”の影響を受けるはずがない。


まさか……“逆さ海”の異変が、空間構造そのものに干渉を――!?)


思考を巡らせながらも、彼女の口は止まらなかった。


「――全艦、陣形を変更! “剣魚ソードフィッシュ陣”で突破口を作ります!」


「はっ!」


「私の乗るこの旗艦は先頭に出ます。空間歪曲の中心へ向けて進路を取って!」


「了解!」


「各船、反射障壁を最大展開。翼構造を展開して、周囲の空間を安定化させてください!」


彼女の的確な指示により、船団は即座に動き始めた。


艦首が尖った剣のように整列し、先鋭的な矢の陣形が組まれていく。


そして――


魟魚型の船体が、まるで羽ばたくように両翼を広げた。


キィィィン――!


展開された“銀の翼”が、魔力の粒子をまといながら輝きを放ち、


その波動が歪んだ空間を押し戻すように、周囲の時空を安定させていく。


船団の背後に広がっていた空の裂け目が、一瞬だけ揺らぎ、そして――


「……持ちこたえて!」


リュミエールの声に応えるかのように、光の翼が鼓動するように脈打った。


銀白の光が周囲の空間を包み込み、潮汐の歪みが一時的に収束した。


「……おおっ!」


「助かった……!」


「さすがはメイヴィレーナ融合魔法学院の結界技術……!」


「いやいや、あれはリュミエール姫様の指揮があってこそだろ! まさに冷静沈着!」


乗組員たちや観光客の間には安堵の声が広がり、歓声が上がる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ