表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学校の方士先生  作者: 均極道人
第七章 南海群島
109/123

第一百七話 美食

船団は波を切って順調に航行を続けていた。


魟魚型の商船は風を受け、魔力の帆を輝かせながら南へと向かっている。


その一隅――左舷の格子の中、狭いながらも結界で整えられた“秘密基地”にて、陸虚は地図を広げていた。


「……ここから群島の港まで、だいたい半月ってところか。」


小花は丸まってすやすや眠っている。


その横で、陸虚は荷物を再確認しながら、少し眉をひそめた。


「……食料、案外ギリギリかもな。いや、計画的に食べれば……いやいや、せっかくだから――」


そこで彼の目がきらりと光った。


「……そうだ、海鮮を味わうチャンスじゃないか。」


言うが早いか、彼は結界を調整して片手を海面側に向ける。


指先から薄く光がにじみ、静かに海へと“術”が降りていく。


「――霊流れいりゅう導引・釣魂の式。」


海中に広がる霊力の波紋。魔力を込めた糸のようなものが、大海の“気配”を探り始める。


普通の釣りでは決して釣れないような、深海に潜む不思議な魚たちが、ゆっくりと惹き寄せられていく――


「さて、どんなやつがかかるかな……。海の恵みよ、僕の胃袋を満たしてくれ。」


――そして、その“海鮮生活”も、三日目に突入した。


「ニャー~」


小花が器用に仕上げた巨大ロブスターの丸焼きを差し出してくる。


皮は香ばしく、身はぷりっぷり。


見た目も匂いも申し分ない、……はずなのだが。


「……無理。」


陸虚はぷいっと顔を背け、手で胃のあたりを押さえた。


「最初は感動したよ? うわー海の幸うめぇって。だけどさ……毎日、朝昼晩、ロブスター、魚、イカ……!しかも、調味料ゼロって拷問かよ……!」


塩すらない。レモンも胡椒も、ましてやバターなんてあるわけがない。


「……失策だったな。これ、調味料さえあれば、世界が変わる味になるはずなんだ。」


陸虚は仰向けになり、結界の天井をぼんやりと見つめる。


「……よし。こうなったら、夜中にちょっとだけ上に上がって、厨房から調味料を拝借してくるか。

別に悪いことしてるわけじゃない、命に関わる非常事態だ。これは正義……うん、正義だ。」


小花がじっと見つめてくる。


「……何、その目。いや、これは“サバイバル”ってやつなんだよ、小花?」


「よし……行くか。」


陸虚は結界をそっと解除し、夜の船内へと這い出した。


月明かりと魔光灯の隙間を縫うように、影から影へと静かに移動する。


船員の見回りを巧みにかわしながら、彼は目指す“補給所”――つまり、厨房併設の食堂へとたどり着いた。


「……ふぅ、ここまで来れば一安心。」


扉を静かに開け、忍び込んだ先には、香ばしい匂いと共に並べられた食材と調味料の数々が――!


「……あった。塩、胡椒、ハーブ、なんかよくわかんねぇ粉……最高じゃねぇか!」


手際よく必要なものを小瓶に詰めると、彼は懐から一枚の銀貨を取り出し、カウンターの上に置いた。


「……盗みじゃない、ちゃんと払ってる。ただの……深夜補給、だ。」


満足げにうなずきながら帰ろうとした、その時だった。


――視界の端に、黄金に輝く何かが映った。


「……あれは。」


そこに鎮座していたのは、香ばしい香りをまとった、皮パリパリの金色ローストチキン。


照明の下で輝くその姿は、まさに夜食界の宝石と呼ぶにふさわしい。


「……ぐっ……あれは反則だろ……!」


陸虚は拳を握り、しばし葛藤する。


だが――次の瞬間、諦めたようにもう一枚銀貨を取り出し、テーブルにそっと置いた。


「……これでチャラだ。むしろ安いくらいだ。」


そう呟きつつ、彼はチキンを手際よく包み、調味料と共に抱えてそっと厨房を後にした。


「ふぅ……ミッション完了。あとは静かに戻るだけだ……」


調味料の詰まった小瓶と、まだ湯気の立つローストチキンを抱えながら、陸虚は音を立てぬよう慎重に扉を開け、通路へと足を踏み出した。


その瞬間――


ゴンッ!!


「……痛っ!」


「――ん? 大丈夫ですか?」


背後から穏やかな声がかけられた。振り返ると、そこにはちょうど見回り中と思しき船の守衛が立っていた。


笑顔で、まったく疑っていない様子だ。


「夜は足元が暗いですからね。お気をつけて――」


(……あっぶねぇ! ギリギリセーフ……)


陸虚は顔を伏せたまま、小さく会釈をしてやりすごそうとした。が。


「……ん? 待ってください。」


守衛の表情が変わった。


「そちら、何か……隠してませんか?」


――終わった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ