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魔法学校の方士先生  作者: 均極道人
第六章 氷原
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第一百二話 同行

素材を手に入れた陸虚は、時間を惜しむように立ち上がった。


「……ありがとうございます。これで準備が整います。すぐにでも戻らないと」


そう言って踵を返そうとしたところで、アイスの低くも力強い声が彼を呼び止めた。


「待て、陸虚」


「え?」


アイスはちらりと横に立つ息子に目をやると、顎でアイゼルを示した。


「こいつも連れて行け。まだまだ未熟者だが、6級には届いておる。戦力にはなるはずだ」


陸虚は一瞬戸惑ってから聞き返した。


「え、いいんですか?」


一方のアイゼルは目を丸くし、自分を指差して口をぱくぱくさせた。


「ちょっ……俺!? 父上、なんで俺が!?」


「黙れ!」


アイスはガツンとアイゼルの背中に手を叩きつけた。


「お前、自分のことばかり守って、いつまで甘えてるつもりだ。お前の父がどうやって7級になったと思ってる?」


アイゼルはぎこちなく首をすくめながら、ちらりと隣のヴァルゼリナに視線を向ける。彼女はニヤニヤとした笑みを浮かべて、まるで面白い玩具でも見つけたように目を輝かせていた。


「……ぐっ……」


アイゼルはしばし黙ったのち、きゅっと拳を握りしめ、そして――


「……わかったよ。俺、行く!」


彼の声には、確かに決意が宿っていた。


出発の準備を整え、いざ帰路に就こうとする陸虚だったが――


またしても、氷竜王アイスに呼び止められた。


「……おい、陸虚。忘れるところだった」


そう言って、アイスは懐からひとつの鱗片を取り出した。


それは、見るからにただの鱗ではなかった。


淡く青白い輝きを放ち、空気が震えるような法則の波動を纏っている。


「こ、これは……?」


陸虚が目を見開くと、アイスは当然のように言い放った。


「わしが法則を練り込んで鍛え上げた鱗じゃ。非常時に使えば、一時的に7級相当の力を引き出せる」


その言葉に、場の空気が一瞬張り詰める。


あまりに貴重なもの。命を預ける一手にも等しいそれを、あっさりと渡すとは――


戸惑いを覚えた陸虚は、思わず隣に立つグレイシアに視線を向けた。


すると彼女は、優しく微笑みながら、静かに頷いた。


「……ありがとうございます」


陸虚は深く頭を下げ、両手でその鱗を丁重に受け取る。


手のひらに収まったそれは、まるで氷のように冷たいのに、どこか温かかった。


こうして――


新たな力と仲間を得た陸虚は、再び歩みを進める。


待っている人のもとへ。救うべき命のもとへ――


旅の続きを、その胸に刻みながら。


皆が旅立った後――


静まり返った王宮に、ふたりの竜の気配だけが残った。


氷竜王アイスは、去っていく陸虚たちの背を眺めながら、ぽつりと呟いた。


「……これが、時の流れか。世界は、確かに変わってきているな」


そんな彼に、隣のグレイシアがくすりと笑いかけた。


「ふふっ、あなたがアイゼルを陸虚さんに同行させるなんて、ちょっと驚いたわ。きっとまた、ヴァルゼリナにいいように弄ばれるのね」


「それも修行のうちだ。あいつ、ちと甘すぎるからな。外の空気を吸わせるには、ちょうどいい機会だろう」


アイスはふんっと鼻を鳴らしながらも、どこか寂しげに目を細める。


それを見て、グレイシアは微笑んだ。


「……本当は、少し寂しいんでしょう? 私もそうよ。あの子は、私たちの宝物だから」


「……ああ」


アイスは短く返し、ふと視線を彼女に向けた。


長い沈黙のあと、ぽつりと優しい声が落ちる。


「三十年……君には、辛い想いをさせたな」


「……それが、夫婦ってものでしょう?」


グレイシアが静かにそう言うと――


「……じゃあさ」


アイスは急に彼女の腰を抱き寄せ、耳元で悪戯っぽく囁いた。


「もう一人、作らないか? 今度こそ、ゆっくり育てられるだろう」


「なっ……!」


グレイシアの頬が一気に真っ赤になる。


「……この、ばか」


照れ隠しに小さく拳でアイスの胸を叩くグレイシア。


けれどその顔は、どこまでも優しく、どこまでも幸せそうだった。

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