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魔法学校の方士先生  作者: 均極道人
第六章 氷原
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第一百一話 氷魂の核

どれほどの時が経ったのだろうか——


陸虚の耳に、ぐつぐつと何かが煮える音が届いた。


鼻をくすぐるのは、腹を鳴らさずにはいられないほどの、香ばしい香り。


(……うまそうな匂い……)


空腹で目を覚ました陸虚がゆっくりと目を開けると、そこには——


鍋を挟んで盛大に食べているヴァルゼリナの姿があった。対面には、止めたいのか止められないのか複雑な表情のアイゼル。


「お、叔母上! お願いですから、それ以上は……っ!」


アイゼルが慌てて止めに入る。


「これは陸様のために特別に用意した料理なんです! もうご自分の分は食べたでしょう!? 彼が起きたら、何を食べさせればいいんですかっ」


だが、ヴァルゼリナは箸を止めず、むしろ不満そうに眉をひそめる。


「起きたら、また作ればよかろうが。まったく、竜族の王子ともあろう者が、なんとケチくさいのじゃ……」


「け、ケチって……っ!」


アイゼルの肩が小刻みに震える中、ようやく陸虚が喉を軽く鳴らした。


「……あー……その、僕の分……」


その声にヴァルゼリナがようやく気付き、ちらりとこちらを見た。


「おぉ、目を覚ましたか! ……残念じゃが、妾が責任を持ってすでにいただいておったぞ?」


「それ、全然責任取れてないんだけど……」


陸虚の小さなため息に、アイゼルは思わず天を仰いだ。


空腹で限界寸前だった陸虚は、体に鞭を打ってがばっと起き上がると、躊躇なくヴァルゼリナの横に飛び込んだ。


「おいヴァルゼリナ、それ僕の分だろ!? せめて三割は残せ!」


「ふふん、先に起きた者が得をするのは、古今東西変わらぬ理じゃ。妾を恨むでないぞ、陸虚」


「理はいいけど、せめて配慮はしてくれよ……!」


半ば奪うようにしてようやく腹を落ち着かせた陸虚は、湯気を上げる鍋の名残を見つめながら、小さく息を吐いた。


「……なんとか半分は食えたな。さて……」


彼は真剣な面持ちでアイゼルの方を向いた。


「アイゼル、すまんが、すぐにお父上に会わせてくれ。こっちにも、救わなきゃならない人がいるんだ」


アイゼルはこくりと頷き、真剣な顔に切り替わった。


「……わかりました。父は今、王宮にてお休みになっています。すぐにご案内します」


「よし、頼む」


そうして陸虚は立ち上がり、湯気の立ち込める宴の間を後にした。


王宮の中心、氷の玉座に腰掛けた氷龍王アイスは、すでに邪神を追い出したとはいえ、肉体はまだ完全には癒えていなかった。だが、その目には確かな光が戻っており、精神だけは誰よりも健全であることが一目で分かった。


「おおっ、来たか、来たか!」


アイスは嬉しそうに目を細め、立ち上がると、まだふらつく体でありながら、堂々たる足取りで陸虚に近づいた。


「白也の弟子、陸虚だな? いや、評判以上じゃ!」


そう言って、分厚い手で陸虚の肩をばしんと叩いた。


「実力も見事だが、それ以上に――若かりし日の白也より、はるかに落ち着いておる! まさに青は藍より出でて藍より青し、とはこのことよ!」


「……恐縮です。無事で何よりです、アイス殿」


陸虚はやや照れたように微笑んだが、姿勢は崩さなかった。


アイスはその態度にもますます感心したようで、豪快に笑いながらうなずいた。


アイスはしばし陸虚の顔を見つめ、ふと懐かしげに目を細めた。


「……本当に、時が流れたな。白也、ティリオン、そしてこの俺。三人で肩を並べて戦った日々が、まるで昨日のことのようだ」


低く絞り出すような声には、長い歳月を背負った者だけが持つ寂寥がにじんでいた。


「……ティリオン……」


静かに沈黙が落ちた。


その空気を破ったのは、陸虚の穏やかな声だった。


「ティリオン様を――目覚めさせる方法、あります。今、オグドン校長と共に、必要な材料を集めている最中です」


その瞬間、アイスの目に強い光が灯った。


「なんだと……!」


彼は一歩、いや、半歩だけ前へと踏み出し、震える声で陸虚を見つめた。


「やはりな。おぬしが来たと知ったときから、心のどこかで確信しておった……必ず、何かを成し遂げてくれると!」


その声は、もはや希望そのものだった。


「なあ、陸虚。俺にできることは何でも言ってくれ。材料でも、情報でも、力でも、何でもだ! ティリオンを……あいつを、目覚めさせてくれ!」


陸虚は少し躊躇いながらも、しっかりと口を開いた。


「……実は、ひとつお願いがあります。ティリオン様を目覚めさせるには、いくつかの貴重な材料が必要です。その中でも、先日リザード族が献上した“千年雪蓮”――あれが不可欠なんです」


アイスは思わず目を細めた。


「なるほど、やはりあれはそうだったか……まあ、あいつらの供物だが、お前の手に渡った時点でもう運命みたいなもんだ。使うがいい」


陸虚は頭を下げて感謝の意を示した。


「ありがとうございます。ただ、ティリオン様の件は焦っても仕方ありません。材料集めは時間がかかります。実は、今、もっと差し迫った問題が――」


言い終わらぬうちに、アイスが手を叩いた。


「分かっておる。極寒属性のアイテムが要るんだろう? ふふん、さすがにそれくらいは想定済みだ!」


彼は懐から、まるで氷そのものが結晶化したような、青白く光る氷塊を取り出した。まわりの空気が一気に冷え込む。


「これは“氷魂の核”。我が竜族の聖域、永氷洞の奥でしか採れぬものだ。千年に一度しか生成されん、我が一族でも限られた者しか触れられぬ貴重品だぞ」


そう言って、アイスは迷いなく陸虚の手にその氷塊を手渡した。


「お前に託す。この命よりも重い氷を、どうか誰かの命を救うために使ってくれ」


陸虚はその冷たい光を見つめながら、力強く頷いた。


「必ず……役立ててみせます」

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