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魔法学校の方士先生  作者: 均極道人
第六章 氷原
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第一百話 誅邪(下)

「グァアアアアアアアアッ!!」


まさに天の裁き。


雷に貫かれた邪神の黒き塊は、凄まじい悲鳴を上げながら、その体を一気に三分の二も蒸発させられた!

邪なる霧は雷に焼かれ、呻き声を上げながら後退する。


しかし、完全には滅びていない――まだ、この場を逃れようと蠢いている!


「逃がすかよ……!」


既に霊力は限界。


それでも、陸虚は金丹の力を更に深くまで掘り下げ、命を削ってでも――もう一発《誅邪神雷》を放つ覚悟を決めた。


「……時間を稼いでくれ! 奴が逃げたら面倒だ!」


鋭く叫ぶ陸虚。


「包囲してくれ! 僕がとどめを刺す!!」


その言葉に、仲間たちは即座に動いた。


巨竜たちも翼を広げ、邪神の退路を断つべく布陣する。


邪なる霧は人の心を弄ぶことに長けた存在。


その瞳がギラリと光ったかと思うと、突然――グレイシアに向かって突進しながら、不気味に笑い声を上げた。


「ケッケッケ……まずはお前の身体を貰ってやる! 」


「か、母上ぇぇぇぇッ!!」


門を守っていたアイゼルが絶叫し、慌てて飛び出した。


それを見た陸虚は、すぐに意図を察知して叫ぶ。


「騙されるなアイゼルッ! あいつはもう誰にも憑依できない! 今の目的は逃げることだ!!」


その言葉が届くと同時に――


「ケヒャヒャヒャヒャ! 遅い! いいさ! 次に会う時はお前たち全員を化け物にしてやるよォォ!!」


邪霧はくるりと方向を変え、封印の大門へと猛然と駆け出した。


その身を黒煙に変え、滑るように逃走を図る!


陸虚は歯を食いしばりながら術式の構築に集中していた。


だが――今の彼は、すでに霊力を限界まで使い果たし、身体を動かすことすら叶わない。


その様子を見た邪神はますます愉悦に顔を歪め、勝ち誇ったように陸虚に囁いた。


「……絶望の味ってのは、やっぱり格別だなァ……うめぇ、うめぇぞォ!」


その刹那。


邪神の目線がふと横へ逸れた。


そこには、大門の隣で佇む――一匹の三毛猫。


じいっと、邪神を見据えるその瞳に、一瞬だけ違和感を覚えた邪神は鼻で笑った。


「はっ……猫だァ? 一匹のネコ風情が、このオレを止めるってか?」


不気味に笑いながら、口を大きく開けて猫めがけて突進する――その瞬間。


「――にゃっ!」


バゴォン!!!


次の瞬間、邪神は見事に猫の前脚でぶっ飛ばされ、地面にめり込んだ。


「………?」


邪神は地面に叩きつけられたまま、しばらく目を回していた。


「ぐ……ぐぬぬ……な、なんだ今の……?」


星がちらつく視界の中で、目の前に佇む三毛猫――小花を見つめた。


その眼には信じられないという色が浮かんでいた。


「……ね、猫だろ……? なんで……おれが……?」


そんな哀れな邪神をよそに、陸虚はすっと立ち上がり、微笑みながら言った。


「よくやった、小花。そいつ、もう“中”に入れていいぞ」


「にゃっ!」


小花はひと鳴きすると、ふたたびその身を変化させ――


黄金に煌めく大鼎へと姿を変えた!


「ちょ、ちょっと待――ぐわあああああっ!!!」


邪神の悲鳴もむなしく、黒き霧の本体はごぼっと鼎の中に吸い込まれていった。


すぐさま、鼎の底で《造化の火》が燃え上がる――。


すべてを還元し、浄化し、真なる本質だけを残す天地の焔が、邪神を余さず焼き尽くしていく。


「ギャアアアアアアア―――ッ!!!」


数分後。


炎が鎮まるとともに、小花は口を開き、ぽとぽとと数個の結晶を吐き出した。


それは漆黒に輝く、不気味でありながらどこか神秘的な石。


陸虚はそれを手に取り、じっと見つめてぽつりと呟いた。


「……幽髄か。まさか、こんな形で手に入るとはな」


その後、陸虚たちは氷竜王のもとへと戻ってきた。


闇が祓われた今、氷の王は静かに、深く眠りについていた。


「よし……このまま寝てんじゃないわよ、アイス。起きなさ――」


ヴァルゼリナが腕をまくりながら近づこうとしたその時、グレイシアがそっと手を伸ばして彼女を止めた。


「……この三十年、一度も穏やかに眠れたことがなかったの。今くらい、そっとしてあげて」


その声音は、氷よりも柔らかく、春風よりも優しかった。


ヴァルゼリナは一瞬だけ言葉を失い、ふいとそっぽを向いた。


「……まあ、そう言うなら仕方ないのう。せっかく妾が起こしてやろうと思ったのに……」


陸虚はそんな二人のやり取りを聞きながら、最後の力を振り絞って氷竜王の様子を確認した。


(大丈夫だ……もう、何も心配いらない)


安堵が心を満たした瞬間――


枯渇した霊力と極限の疲労が、陸虚の体を一気に襲う。


「っ……!」


ぐらりとよろめいた彼を、すかさずヴァルゼリナが抱きとめた。


「おい、陸虚!? ……こらっ、寝るな! 妾の前で勝手に気絶するとは何ごとじゃ……!」


しかし、彼の顔にはどこか満ち足りた、安らかな笑みが浮かんでいた。


「……ほんと、無茶ばっかりするんだからのう……」


ヴァルゼリナはふぅとため息をつき、そっとその体を自分の膝に横たえた。


氷原に差し込む光が、白銀の世界にほんの少しだけ、あたたかな色を添えていた。

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