女勇者は拳で語る 〜わたくし聖剣なんていりませんわ〜
「はァァ~~……お嬢様、勇者に選ばれたんだから、いい加減魔王討伐行ってくれませんかねェ……」
麗らかな昼下がり、中庭に用意されたガーデンテーブルに並ぶ色とりどりのお菓子たち。
真紅を基調としたドレスに白のレースを優雅に纏わせた令嬢が一人、ティーカップを傾けていた。
そんな令嬢の斜め後ろに立ち、深すぎる溜息を吐く執事レイモンド。
彼は目の前で紅茶を飲むアメリアを半眼で睨め付けている。
金色の見事な縦ロールを揺らすアリシアは、レイモンドの視線など気にもせず、お気に入りの焼き菓子をひょいと口に放り込んだ。
「いやですわァ~~、勇者になんかなった覚えはないって何度言ったら分かるんですの?」
ぷいっと顔を背けた先に、地面にぶっ刺さった立派な剣がある。
剣はゆらゆらと左右に揺れて、己の存在をひっきりなしにアピールしていた。
『お主こそ勇者じゃ!』
「ほら、聖剣がそう言ってるンですから」
何を隠そう、この剣こそが伝説の勇者を選ぶ聖なる剣なのである。
もう何度も勇者と共に魔王を倒してきたと言う聖剣は、成人の儀のために王都にやってきたアメリアを見つけて、文字通り飛んできたのだった。
「そもそもわたくし、剣は好きじゃありませんの」
「知ってますよ」
「そうよね、全部貴方に教わったのだものね」
「えぇ、だから貴女に旅立ってもらわないと俺が怒られるンですよ」
レイモンドは、強くなりたいとせがむアメリアのために父が用意した男だった。
徒手空拳の達人で、基本的な護身術から対人戦の勝ち方、果てはモンスターの倒し方まで、およそ令嬢らしからぬ類の能力までアメリアに教え込んだのはレイモンドその人。
もう十分強くなったでしょうとアメリアの元から去っていきそうになるのを、執事として雇うという名目で手元に置いたのは、アメリアに芽生えた甘酸っぱい気持ちのせいだった。
「どんどん怒られなさいよ」
「はァ~~……ホント、面倒くせェ……」
執事として働くようになり、レイモンドは一応、アメリアに対して敬語を使う努力をするようになった。
しかし、結局すぐに崩れ、気怠げな本来のレイモンドが顔を覗かせるのだ。
丁寧に撫で付けた前髪をぐしゃぐしゃと崩し、少し癖のある黒髪が目元に影を作る。
舌打ちを隠しもしないレイモンドに、アメリアの心は弾んだ。
「わたくしに行かせたいなら、わたくしを貴方より強くして」
「さっさと俺を倒してけよ、バカ弟子」
優雅なお茶会は、もうお終いだ。
あとはアメリアとレイモンド、二人だけの世界。
勝手知ったるメイドたちはすぐにテーブルや椅子を下げ、ついでに聖剣を回収する。
『あっ、ちょ、勇者以外がワシに触ると……あれっ?』
「我々も訓練を受けておりますので」
メイドたちもみな、アメリアに近付く不埒な輩を一蹴するくらいの力は持っていた。
聖剣が持ち主以外を拒絶するために出した電撃も、静電気と同程度に流されてしまう。
抵抗を諦めた聖剣は、庭の端っこで、拳と拳で語り合う二人を眺めるのだった。
§
アメリアがついにレイモンドに土を付けてから数日。
最短で魔王城に突撃したアメリアは、無数の魔物で作ったレッドカーペットを優雅に歩いていた。
その光景を目の当たりにした魔王は、玉座にしがみついて震える始末。
「く、来るな! 来るなーーーッ!」
半狂乱になった魔王から放たれる膨大なエネルギー波は、アメリアの縦ロールを揺らすことすら叶わない。
「ほら見ろ、俺より強くなったお嬢様が魔王に遅れを取るわけないでしょうが」
「それで本気ですの? ちっとも痛くありませんわ?」
高いヒールをものともせず、欠片も揺らがぬ体幹をもって両の拳を構えるアメリア。
勝敗を見届けるためについてきたレイモンドは、倒れそうになる聖剣をそっと支えた。
『わ、ワシの出番は……』
「俺たちの修行見てて、まだそれ言う?」
『だ、だってワシ、聖剣なんじゃ……!』
小刻みに震える聖剣は、ほとほとと涙を零しているようにさえ見えた。
流石に可哀想になったレイモンドは、にこやかな笑顔のまま魔王ににじり寄るアメリアに声を掛ける。
「お嬢様、可哀想なんでトドメだけコイツで刺してもらえます?」
『レイモンド殿ぉ……!』
「トドメぇぇぇ……!!」
聖剣の喜びに震える声と、魔王の恐怖に震える声が重なる。
アメリアは面倒くさそうに聖剣の元まで歩いてくると、ガシッと柄を握った。
「聖剣でトドメを刺したら、わたくしと夫婦になってくださいます?」
「あァ?」
「だってあなた! 俺に勝ったらなとか言って誤魔化した後は、魔王に勝ったらなとか言いやがるんですもの! どうせまた逃げるつもりでしょうけど、そろそろ観念してくださいまし!」
レイモンドは後頭部をぼりぼりと掻き、盛大な溜息をひとつこぼして、それからやれやれとアメリアに向き直った。
「分かったよ」
「その言葉、待ってましたわァァ!!!!!」
「ひゃああああああああああ」
今までとは段違いのスピードで聖剣が振るわれ、魔王を魔王たらしめる核は見事に砕け散った。
強そうに頭から二本生えていたツノも縮み、大量の魔力を蓄えた証である黒髪も真っ白になる。
抜け殻のように成り果てた元魔王に、聖剣だけが同情していた。
「さっさと帰って結婚式ですわ!」
『あっ、ちょ、投げないで』
「はァ……結局こうなんのか」
ルンルンで魔王城から出ていくアメリアを見送りながら、レイモンドは放り投げられた聖剣を回収する。
『なぁ、お主元々アメリア嬢より強かったじゃろ? 執事になんかならずに旅にでも出てれば……』
「よけーなお世話だよ」
結局この男も満更ではなかったのだと、聖剣は口を噤むのだった。