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2-2

 話が少し前後する。


 彼女と彼が付き合い始めて年が明けた一月の下旬、彼はとある街の喫茶店で若い女と会っていた。


「この前は負け試合を見せちゃったから、どうしても来てほしいんだ。絶対勝つから」


 彼はそう言って席のテーブルに一枚のチケットを載せ、すっと女の方に押しやった。


 女はじっとチケットを見て、


「これ、彼女さんは呼ぶの? バッティングしたら気まずいんだけど」


と湿った声で言った。


「いや、彼女は呼ばない」


「何で彼女さん呼ばないで私を呼ぶわけ?」


「それは――」


 彼は少し躊躇して、続けた。


「それは、君のことの方が好きだからだよ」


 女は、ははは、とやはり湿った声で笑った。メンソール煙草に火を点け、吸って煙を吐き出し、


「そう。分かった、いいよ。観に行く」


と言い、チケットを長財布にしまった。彼は女のその動作をじっと見ながら、


「それでなんだけど」


「何?」


「もし勝ったら、いや、絶対勝つんだけど、俺と付き合ってくれない?」


 彼の声は若干震えていた。女はまた煙草を吸って、横を向いてふうっと煙を吐き、


「君今彼女いるでしょ」


「別れるよ」


「……」


「何度も言ったけど、今でも好きなんだ、君のこと。ずっと」


 女はまだ長い煙草をぎゅっと灰皿に押しつけた。そうして無感情に言った。


「そういうところだよ。うれしいけど、正直重くって。だからお別れしたの。私はあなたのお母さんにはなれないんだよ」


「……」


「試合は観に行く。でも勝ったらどうこうっていうお願いはちょっと。じゃあ、練習がんばって」


 女はそう言い残すと残っていたアイスコーヒーをストローで一気にすすり、席を立とうとした。


「待って」


 声をかけられ、ため息をついて席に戻った。


「絶対勝つからさ。そうしたらまた改めて返事聞くから。考えておいてくれる?」


「……分かった。勝ったらね。一応考えておくよ」


 女は苦笑いを浮かべて店を出て行った。彼女の甘酸っぱい体臭と煙草の臭いの混じった香りが席に残った。


  *


 試合は彼のKO勝ちだった。

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