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話が少し前後する。
彼女と彼が付き合い始めて年が明けた一月の下旬、彼はとある街の喫茶店で若い女と会っていた。
「この前は負け試合を見せちゃったから、どうしても来てほしいんだ。絶対勝つから」
彼はそう言って席のテーブルに一枚のチケットを載せ、すっと女の方に押しやった。
女はじっとチケットを見て、
「これ、彼女さんは呼ぶの? バッティングしたら気まずいんだけど」
と湿った声で言った。
「いや、彼女は呼ばない」
「何で彼女さん呼ばないで私を呼ぶわけ?」
「それは――」
彼は少し躊躇して、続けた。
「それは、君のことの方が好きだからだよ」
女は、ははは、とやはり湿った声で笑った。メンソール煙草に火を点け、吸って煙を吐き出し、
「そう。分かった、いいよ。観に行く」
と言い、チケットを長財布にしまった。彼は女のその動作をじっと見ながら、
「それでなんだけど」
「何?」
「もし勝ったら、いや、絶対勝つんだけど、俺と付き合ってくれない?」
彼の声は若干震えていた。女はまた煙草を吸って、横を向いてふうっと煙を吐き、
「君今彼女いるでしょ」
「別れるよ」
「……」
「何度も言ったけど、今でも好きなんだ、君のこと。ずっと」
女はまだ長い煙草をぎゅっと灰皿に押しつけた。そうして無感情に言った。
「そういうところだよ。うれしいけど、正直重くって。だからお別れしたの。私はあなたのお母さんにはなれないんだよ」
「……」
「試合は観に行く。でも勝ったらどうこうっていうお願いはちょっと。じゃあ、練習がんばって」
女はそう言い残すと残っていたアイスコーヒーをストローで一気にすすり、席を立とうとした。
「待って」
声をかけられ、ため息をついて席に戻った。
「絶対勝つからさ。そうしたらまた改めて返事聞くから。考えておいてくれる?」
「……分かった。勝ったらね。一応考えておくよ」
女は苦笑いを浮かべて店を出て行った。彼女の甘酸っぱい体臭と煙草の臭いの混じった香りが席に残った。
*
試合は彼のKO勝ちだった。