第33話
ガラの悪い野犬の獣人集団が、集落を乗っ取ろうと門の前まで押しかけてきている。警備担当としてビットーリオに押し出された俺は、門を降りて彼らの前に立つ。
「降りてきた度胸は褒めちゃるばってん、痛い目ば見らな分からんごたるね」
野犬獣人のボスは肩をいからせ、指をポキポキと鳴らして威嚇する。獣人と向かい合うと、俺は愛刀を抜き放つ。中段のかまえから、刀の先をほんの少しピクリと揺らす。
その時、ボスは指先にわずかな違和感を覚えた。見ると、鉄の鎧さえも切り裂く自慢の鉤爪がきれいに丸められている。
「なっ!何ばした?」
「恐ろしかごつ速か斬撃。オレやなかったら見逃したバイ」
わけ知り顔で後ろの野犬獣人が言う。まんまと引っかかったようだ。俺は追い討ちをかける。
「セイッ!」
気合を発して一歩踏み出しながら、次々とボスの爪を切る。見えない斬撃で爪が次々に丸められていく。不安でイカ耳になっているな。尻尾も股の間にはさまってるぞ。あと一押しだな。
「あー、昨日食うた肉がちょっと悪かったごたるね。お前、代わりにいきんしゃい」
あ、逃げた。
指名されたのは、俺じゃなきゃ見逃しちゃう獣人だ。
「は?ボス、昨日肉やら食べたとですか?俺ら一昨日から何も食べとらんばってん!独り占めやらして、はぁーいやらしか!」
「そげんことしとらんちゃ。想像!想像で食べた肉が悪かったったい。あーもう、何でもよかけんが、お前が行かんか!」
なんだか仲間割れしてグダグダになってきた。後ろでは母に抱かれた獣人の乳飲み子が泣き出している。どうやって場の収集をつけようかと考えていると、後ろにふわりと風を感じ、誰かが隣に来た気配を感じる。
「あ、オオカミちゃん」
応援に来てくれたモフモフを振り返り背中をなでると、くあっとアクビをするオオカミちゃん。
「わいた!真神しゃんやなかね!神様ば降りてきんしゃった!ありがたか後光のさしとるごたる。お前ら、なんばしょっとや。ぴしゃっと控えんか!」
野犬獣人たちはオオカミちゃんが窮地を救いにきたものと勘違いし、涙を流して土下座をしはじめた。
「最初からオオカミちゃんにお願いすればよかったんじゃ…」
ジト目でビットーリオを睨むと、あっちをむいて口笛を吹きはじめた。
オオカミちゃんを前にすっかりおとなしくなった獣人たちを村に受け入れ、井戸の広場で話を聞いてみると、彼らは人狼族ということだった。別に人を殺したり食べたりするような性質はないらしい。とにかくオオカミちゃんに向かって目をキラキラさせている。
「入り口で騒いですんまっしぇん。人狼の頭ば務めとります、ルーポっちゅうとです。俺ら食うもんも終えてしもたけん、前に誘ってもろた集落を思い出して来よったとです。ばってん、ただ養ってもらうとはプライドが許さんけんですね…ちょっと言い方ば間違ってしもてからくさ…」
「結果それで山賊みたいなことになるのかよ…人狼族のプライドのポイントが分からないわ。まあいいさ。さっきも言ったように村の守りについては人族と獣除けの結界をエルフの皆さんにお願いしていて、実働部隊としては俺とビットーリオ、ルーチェルトで対応している。正直これ以上は過剰戦力だから、なにかほかにできることはあるかな?」
「メシさえ食えたら力仕事でん何でんさしてもらいます。かかあどもも力はあるけんが、荷運びやら穴掘りやらできることば手伝います。なんでもやりますけん、ここに置いてもらえんですか。毎日真神しゃんにお供えもさしてもらいます」
頭を地面にすりつけ、ルーポを先頭に獣人たちから懇願される。
「カルミタ教の救済からもれている種族を受け入れることに否やはないさ。俺たちは創造神と破壊神の調和の取れた世界を願うものだ。この村のために働くこと、乱暴をしないことさえ守ってくれればそれでいい」
「そらもう真神しゃんに誓うて。俺たちの神話でんファタマーノ神は祀っとりますんで、一緒に拝ましてもらいますバイ」
そういうわけで、人狼族が俺たちの村に加わることになった。二種族を引き受け、さすがに窮屈になってきたので、集落を拡張することになった。区画整備のついでに上下水を整えるようビットーリオに相談する。濡れた布で体を拭くだけの生活にはウンザリなんだ。
実際、キチンとした食事を取るようになった人狼たちはよく働いた。いいカッコしいでお調子者ではあるが根はマジメなのだろう。毎日泥だらけになりながら穴を掘りすすめる姿に、初めて会った時の荒れた雰囲気はなくなり、村のみんなから受け入れられるのに時間はかからなかった。
戸数が少ないこともあるが、人狼たちのがんばりでひと月後には上水道が、ふた月後には下水道が開通した。
王都の兵舎で入っていたサウナとは違う、本物の風呂に俺は涙した。遠い道のりだった。思えば召喚されてから一年が過ぎようとしている。
転移してから初めて洗った背中は、三度目にようやく泡だった。湯船に浸かるとこすり過ぎた背中がしみた。それでも俺は大声で笑った。
ラノベで読んだ主人公たちのように、一足飛びにいい生活を手に入れたり、ハーレムを作ったりはできないけど、俺なりに自分で一歩ずつすすんでいることを実感できたんだ。