第31話
エルフとの交渉も進んでとりあえずは返事待ちとなったので、オオカミちゃんの転移で集落に戻ってきた俺たち。
実は救助されてから気になっていることがひとつある。イカちゃんとの戦闘の時に、香椎とファブロ親方から作ってもらった刀を失くしてしまったのだ。
「なあビットーリオ。居候の身で気が引けるんだが、海で漂流した時に武器を失くしてしまったみたいで、できれば代えの武器を頼みたいんだ」
「そんなことか。それなら集落のドワーフに頼むといいだろう。俺は明日は狩りに行くから、ミィちゃんに案内するように頼んでおこう」
翌朝、ネコミミ娘のミィちゃんに案内してもらい、ドワーフの鍛冶屋のもとに向かう。
「ドルゲンおじちゃん、ミィちゃんきたよ!」
玄関で元気にミィちゃんが叫ぶと、髭もじゃでたくましい腕をした、いかにもなドワーフが出てくる。
「朝からすみません、海老津です。ドルゲンさん、剣か、できれば刀を作ってもらいたいんです。お願いできますか?」
「任せときな。鍋や包丁はドルゲンが得意だけど、武器は私の専門さね。さ、どんなものが欲しいか中で聞かせな」
あ、奥さんの方だったらしい。見た目じゃ見分けがつかないわ。家の中に招かれる。
「デネボラおばちゃんのお茶好き!」
ミィちゃんが、顔ほどあるコップを抱えてお茶を飲む。名前が分からなかった俺にナイスアシストだ。
「デネボラさん、初代勇者が使っていたような刀が欲しいんですけど分かりますか?刃渡はこのくらいで」
両手でこれまで使っていた刀のサイズを示す。あれはいい刀だった。鬼切丸…
「ああ、大丈夫さ。製法だって伝わってるよ。ちょうどこの前ビットーリオがオリハルコンを持ってきてたから、芯金に使ってやろう。鍋用に鋳溶かすにはもったいないからね」
豪快に笑いながら仕様を決めるデネボラさん。俺の武器が大幅にアップグレードの予感だ。
「よし、じゃあ早速作るかい。アンタ、暇なら手伝っていきな」
特にすることもないので、刀造りを手伝うことにした。まずはミィちゃんをネコ車に乗せて積まれた石炭を炉に運ぶ。
火を起こし、ジャバラのふいごを煽る。ミィちゃんもふいごのジャバラに飛び乗って押してくれる。
白く輝く炉の中にるつぼをさし入れ、しばらくすると明るいオレンジに溶けた鉄のスープができあがる。
湯と呼ばれる溶鉄を型に注いで少し冷ます。固まったインゴットを再び炉に入れて赤くなるまで熱し、槌で打つ。
金属同士が打ち合う打撃音にミィちゃんの耳がペタンとふさがっている。かわいそうなので外に連れ出す。
「すっごい音だったねえ」
興奮しているのか、耳がおかしくなっているのか、話す声のボリュームが大きい。
ミィちゃんのお手伝いはこの辺でいいだろう。エルフの里でもらったお菓子をミィちゃんにあげて解散した。
加工場に戻ると、旦那のドルゲンさんにも手伝ってもらい、作業を進める。正直どれがオリハルコンだったのか俺には分からないが、すでに刀っぽい形になってきている。
金床の両側から、ドワーフの夫婦がぶっとい腕でリズミカルに槌を振るう。
「今日はここまでだね。明日には仕上がるから、今日と同じ時間においで」
額の汗を拭いながらデネボラさんが言う。俺はお礼を言って家に戻ると、ミィちゃんがお絵描きをして待っていた。
午後はミィちゃんが追いかけっこをしたいと言うので、集落の周りで遊ぶ。意外にも瞬発力の高いミィちゃんを本気で追いかけ続け、一度も鬼を交代することができなかった…
翌日、再びデネボラさんを訪ねて石炭と火起こしを済ませると、魔王が魔石を持ってやってきた。金属を温めたあと、急速に冷やす温度が低いほど金属の硬さが増すため、魔石を使って冷やすのだそうだ。
「よし、いいか? いくぞ!」
ビットーリオが魔石を握り、青白く光らせたものを金床にそっと置く。デネボラさんが炉から出されてオレンジに輝く刀を近づける。
二つが触れ合った瞬間、水に触れた氷が弾けるような澄んだ音が鳴り、刀は一瞬で鈍い銀色に変わる。
「最後の仕上げはドワーフ秘伝の技だ。さあ、外に出てった出てった!昼ご飯を食べたら戻っておいで!」
デネボラさんに背中を押されて工房から追い出される。ビットーリオもいるので、俺の家に集まり三人でパスタの昼ごはんを食べた。ミィちゃんがちぎってくれたサヤエンドウが美味しかった。
午後になりドルゲンの家に行くと、デネボラさんがすでに待っていた。
「早く仕上がりを見せたいのに、ずいぶんゆっくりしてきたもんだ。拵えはあとで頼むとして、さあ早く振ってみてごらん」
早く早くと急かすデネボラさんを宥めて、刀を手に取る。柄は仮のものだが、すでに重さがしっくりなじむ。
軽く重心を確かめて、ゆっくりと下段、正眼、上段とかまえを変えてみる。
デネボラさんに導かれるまま薪割りに連れてこられると、置いてある薪に向かってまっすぐに刀を振り下ろす。
刀はなんの抵抗もなく薪を通り過ぎて、台になっている切り株の真ん中あたりまで突き刺さっている。
「怖っ!なにこの切れ味。ドワーフの技凄すぎる」
イタズラな目をしてデネボラさんが得意げに語り始める。
「わっはっは、その顔が見たかったのよ。切れ味向上の加護がよく効いているね。拵はこっちで頼んでおくが、明日いっぱいかかるわな」
こうして、俺の二代目の刀が仕上がった。