第29話
俺は魔王ビットーリオの誘いを受け、魔王の集落で過ごすことになった。
朝目覚めて自宅から出ると、広場で皆が朝食を摂っている。この村には貨幣経済はなく、主に自給自足と、獲った獣をたまにビットーリオが変装して近隣の村で物々交換をして過ごしているそうだ。
まずは何をするにも情報収集からだな。ビットーリオをつかまえて聞き取りをする。
「流されるままここに居ついてしまったが、もうちょっと詳しい話を聞かせてもらえないか。話していない目的とやらも知りたいし」
「ああ、いいぞ、飯を食いながら話そうか。そうだな、まずここはゴバルノ連邦の山奥の自治区。野獣や魔獣も多く、人の寄り付かない場所だ。周辺は自然崇拝が盛んでカルミタ教が届いていない。実は山向こうはキアザ教国、その奥はレイチ帝国だな」
転移で来たから自分の居場所もわからなかったが、ここは連邦か。俺たちのいた王国の東隣、確か四国だと高知県、オーストラリアだとアデレードとその周辺だった。で、帝国は四国の香川と徳島/オーストラリアのケアンズ周辺だったはず。
「そしてオオカミちゃんは季節をつかさどる精霊で、俺が行ったことのある所ならどこにでも連れて行ってくれるかわいいペットだ。どうだ、すごいだろう」
重要情報が山盛りだ。オオカミちゃんは精霊か。そして転移魔法の使い手と。そりゃ勝てるはずないわ。
「じゃあ次は魔王の目的とやらを教えてくれ。異種族を集めて何をするんだ?」
「その質問に答える前に少し聞かせてくれ。海老津はカルミタ教についてどの程度知識がある?」
問われて改めて考えてみるが、それほどの知識はない。あの時ちゃんと調べておけばよかったな。後悔《《役に立たず》》ってやつだ。
「そうだな、人間は唯一神トライシオーナの子として、世界の安寧と繁栄を祈る、だったかな。あとは聖女がいて、解毒や祝福なんかをしてくれるって感じか。俺は、というか召喚される前にいた国では宗教に関して寛容でな。そんなに関心がなくても生きていける場所だったから、あまり真剣に考えることもなかったんだよ」
「表向きの理解としてはそれで十分だ。問題はそのトライシオーナ神さ。実は俺たち獣人や亜人の世界にも伝説やおとぎ話、信仰があってな。種族は違ってもだいたい似かよった内容になってるのさ。破壊神トライシオーナと創造神ファタマーノ。創世と破壊の繰り返しとな」
ん? 聞いたことのない神の名前が出てきた。
「なんだ?唯一神じゃないのか?」
「ああ、どういうわけかカルミタ教では意図的に唯一神としてトライシオーナだけが信仰されている。それが問題なんだよ。その不均衡はいずれ破壊神の顕現をもたらし、世界の終焉が訪れる。俺の目的はファタマーノ神の信仰を取り戻し、終末を防ぐことさ」
想像以上に話が大きかった。だけど、ビットーリオの話を聞くうちに、俺の中で冒険心が膨らんでくる。俺のジョブ、爪切りと(性豪)じゃ神々との戦いに割り込んだりはできないだろうが、それでも彼の話は俺が異世界に生きていく目的になるんじゃないかと実感できた。
「分かったビットーリオ。俺も協力させてくれ。今俺は最高にワクワクしてるぜ」
「はっはっは!今のこの話を聞いてノッてくる奴がいるなんて、海老津もなかなか懐が深いな。まあなんにしても海老津の協力が得られれば助かるよ。改めてよろしくな」
差し出された右手をがっしりと握って握手をかわした。
「さしあたっては仲間を増やしたいところだが、なかなか苦戦していてな。異種族の数が減っていることもあるし、種族によっては閉鎖的な集団だったりもしてな」
「もしかしてエルフとか?実際に会ったことがあるわけじゃないが、俺たちの世界の空想小説によく出てくるんだ。やっぱり風魔法とか弓とか使うのか?」
「ああ、エルフも誘っている種族の一つだ。海老津の言うとおり魔法や弓を使い、戦力的にも強力だが、なにせ引きこもりでな。しばらくアプローチしているんだが、なかなか話ができないんだ」
おお!エルフ!やっぱりいたのか。そして同じく迫害を受ける側なのに協力姿勢がないと。なんとか仲間に加えたいものだ。次の目的地は決まったな。ぜひ仲間にして香椎や古賀君にも紹介したいぜ。
興奮した俺に苦笑しながらビットーリオは説明を続ける。
「そんなに乗り気ならまずはエルフの森を目指してみるか。オオカミちゃんで直接飛べればいいんだが、アイツらは結界を張っていてな。ある程度近づいたあとは自力でたどり着かないと行けないんだ。まあしばらく歩けば着くから大丈夫だ」
こうして、朝食を食べ終わった俺たちは、エルフに会いに行くことになった。
オオカミちゃんの背中に乗せてもらい、高く飛び跳ねると景色がフワリと変わる。大きな森の目の前だ。
「ここからは歩きだ。森には結界が張ってあるから離れずついて来いよ。森に迷わされるぞ」
俺は慌ててオオカミちゃんにぴったりと寄り添って歩く。ビットーリオは苦笑する。
「ははは、そこまでくっつかなくても大丈夫だ。ほら、その小さな祠があるだろ、その先が結界だ。この森を意識させないようになっている」
オオカミちゃんに続いて森に足を踏み入れると、なんだかぬるりとした空気の膜を通り抜けたような感覚がある。結界を超えたんだな。
オオカミちゃんの導きに従って森の小径を歩く。しばらく進んだ分かれ道で立ち止まる。
「フェンリル様、そのようなものたちを連れてこられては困ります」
分かれ道の真ん中、草むらからスラリと背の高い女性が現れた。