第18話
山賊の一味を殲滅した俺たちは、麓の街で衛兵に山賊の残党を引き渡す。いずれ死刑になるのは確定だが、少しでも被害を解明するために取り調べをおこなうのだそうだ。それよりも街の衛兵達がリーマさんを見知った雰囲気で、リーマさんに話しかけている。王都の騎士団よりも気安い感じだ。
「なんやえらい衛兵さんたちと仲いいな、リーマさん。知り合いなんか?」
香椎も気になったようだ。
「ああ、私はこの街の出身だからな。彼らとは顔馴染みなんだ。あとで実家にも顔を出そうと思っている。ぜひ君たちも付き合ってくれ。一人だと父が口うるさくてな」
これってもしやお嬢様フラグなのでは?そう思うと騎士団って貴族がなるものだったか。
ふと隣を見ると、古賀君が降って湧いたご実家訪問イベントに緊張で顔を青ざめさせている。そういう大事なことは先に言っといて欲しかったよね。分かるよ。
「この道の突き当りがうちだ。帰るのはもう三年ぶりになるがな」
ああ、古賀君。君に死刑宣告だ。まだまだ先にあるのにハッキリと正面に見えるのはこの町で一番立派な建物。どう考えても領主の館にしか見えない。そういわれてみれば、リーマさんの装備は騎士団のなかにあってもけっこう立派なものを身に着けている気がする。
勝手知ったる様子で車寄せに乗りつけると、出迎えた家令に鍵を投げてよこす。
「ステュー、戻ったぞ。客人が三人だ。夕方には出る予定なので、お忙しい父上にはご挨拶できないかもしれないな。簡単でいいから外で食べられる夕食を用意しておいてくれ」
「おかえりなさいませ、リーマお嬢様。旦那様はすでに応接室でお待ちです。衣服はそのままでけっこうとのことですので、どうかご挨拶にお伺いなされますよう」
どうしても逃げたいリーマさんと、どうしても逃がしたくないご領主様の勝負は領主様の勝利のようだ。リーマさんはため息をつくとこちらを向いて肩をすくめた。
「そういうことのようだ。申し訳ないが少しだけお付き合いをお願いできるだろうか」
観念した顔で俺たちに告げると、ステューさん?の後をついていく。とりあえず俺たちも真っ白な大理石の廊下をコツコツと足音を鳴らしながら続く。
「まあ別にええけど、僕ら礼儀とか分からへんで?無礼討ちじゃー!とかならへんか?」
「ああ、父上の槍働きで貴族籍をいただいたが、元は一兵卒だ。父上も礼儀には明るくないし、気軽にしてくれ」
たたき上げか。どっちかというとそっちの方が怖い気もするが。全面に彫刻を施された、艶のあるエボニー材の扉をステューさんが軽くノックすると中から威厳のある声で応答がある。
「リーマお嬢様とお客人をお連れいたしました」
扉に見合わないやや簡素なソファからはみ出すような大男が座っている。まるでままごとのおもちゃに大人が座っているような、圧倒的な存在感だ。
「リーマよ、しばらくぶりだな、よく戻った。客人たちもよくいらっしゃった。我がエラミエンタ領へようこそ、領主のゲラルドだ。さあ、まずはかけてくれ」
「父上、今日は異世界の勇者たちと、東の大森林に現れた熊の魔獣を倒すために立ち寄っただけだ。申し訳ないが先を急ぐので、挨拶は帰りにゆっくりできないか?」
「それならなおさら今日は我が家にお泊りいただくのがよかろう。この先は街という街はなく、野宿が続くことになるだろう。英気を養って万全の態勢で討伐に向かうべきではないかな。とにかく、立ち話は客人に申し訳ない。まずは座ってもらいなさい。ほら、もうステュワートが茶を持ってきてくれたぞ」
リーマさんが完全に押されている。俺たちは言われるままにソファに座る。まずは古賀君からあいさつするように、俺と香椎が目線でプレッシャーをかける。
「…はじめまして、古賀といいます。忍者のジョブと魔導杖を扱います。こちらは錬金術師の香椎と…あと剣士かな?海老津です」
古賀君、よくできました。俺のジョブを言い淀んだのは仕方あるまい。本人にもいまだによく分かってないもんな、爪切り。
「ほう、忍者と錬金術師に剣士か。今代の勇者の皆さまも立派なジョブをお持ちだな。この世界のこと、お頼み申す。それにしてもここ二十年は現れなかった勇者様だ。私も子供のころに寝ながら母に聞かされた物語や書物ではなじみがあるが、お会いするのは初めてだ。異世界というところの話を聞かせてはもらえないだろうか?」
香椎が面白おかしく科学の実演をしながら日本の話を聞かせると、ゲラルドはたいそう喜んでくれた。庭の修練場で古賀君が的と後ろの壁を吹き飛ばす射撃を見せれば目を見開いて驚き、俺の剣の型をみて足の運びを正してくれたりした。話してみれば厳しいながらも気さくな人柄で、俺たちはすっかり打ち解けた。
一旦客室に下がり、用意された服に着替えてダイニングルームへと通される。
カットが細かく、揺らめくロウソクの灯りを無限に照らすシャンデリア、磨き抜かれた鏡と流麗な装飾を施された額縁、螺鈿のほどこされた美しい壺など調度品にくらべ、やはり簡素なテーブルとイスにゲラルドと奥さんが座っている。
ステューにイスを下げてもらい、みな着座する。
「改めて我が家へようこそ。妻のベロニカだ。こちらは異世界の勇者の皆さんで、古賀殿、香椎殿、海老津殿だ。リーマとともに東の大森林へ討伐に見えられたところだよ」
「皆さま初めまして、リーマの母、ベロニカと申します。夫や上の息子達の影響でお転婆に育って、母親として思うところはあるのだけれど、今回の討伐もよろしくお願いいたしますね」
ふわりと笑顔を見せるベロニカさんは、リーマさんの上に息子がいるようには思えない美貌だ。よく見ると目鼻にリーマさんの面影がある。日頃リーマさんに稽古をつけてもらっている話や王都での様子を伝えると、嬉しそうに微笑む。きっとリーマさんはこの人から愛情をたっぷり受けて育ったんだな。
「皆さま、お待たせいたしました」
リーマさんの声に振り返ると、本人の瞳の色に合わせた明るめのブルーのイブニングドレスを着たリーマさんがしずしずと入室する。ドレープがたっぷりととられ、光沢のある素材がろうそくの光を反射しきらめく。
「おお、見違えたな。前もって帰郷を知らせてくれれば、もっと良いドレスを用意したのだが…」
「…父上、私がこのような服装を好まないことを知っていて、そのようなことをおっしゃるのであれば、次に帰るのは当分先になるでしょう」
二人の言い合いを微笑ましく見ていると、隣の古賀君が真っ赤になってリーマさんに見とれている。
「あらあら」
ベロニカさんには何かが伝わったようだ。古賀君には水を勧めて再起動させ、再び王都でのリーマさんの様子や討伐の話で盛り上がる。
「それにしても良い調度品ですね。普段王城に出入りしていますが、城のものと負けず劣らずの品だ」
ふと俺が言うと
「調度品は叙爵の時に、領館のしつらえと格を合わせろと王様からいただいてな。正直、家具など使えれば良いし俺の体格ではイスやテーブルは消耗品だから、調度品の格が浮いているんだがな。領民から預かった大切な税金をこんなものに使っちゃ申し訳ないよ」
笑いながらテーブルを撫でる領主を、俺は好ましく思った。すっかり遅くまで話し込み、解散となった。俺たちは用意された風呂にゆっくりと浸かり、柔らかなベッドで快適に過ごしたのだった。