第17話
聖女との遠征を終えた翌日は休み、翌日に早速ラスパ団長呼び出された。最近人使いが荒いんじゃない?と思わないでもないが、少し遠めの遠征を組まれることになった。
「どうも東の大森林で熊の魔獣が出たようだ。熊型は基本的に小隊で対応するが、ちょうど出せそうな班がなくてな。先行して現地に入り、まずは調査をお願いできるだろうか。討伐は他班と合流して小隊を結成してからで構わない。熊の魔獣は危険度が高いので、くれぐれも注意してくれ」
ラスパ団長に念押しされて会議は解散となった。
「熊やって。だんだん敵がデカなってるやん。俺ら結局勇者でもないのに、そのうちドラゴンとか倒させられるんちゃう?怖いわー」
「香椎、それはフラグってもんだぜ。ラノベ履修者ともあろうものが、迂闊なことを言うもんじゃない」
フラグについて三人で論議しながらいつもの待ち合わせ場所に着くと、リーマさんが魔導車で待っていた。西の大森林までは片道二日。今までで一番の遠出だ。
王都を出ると、三日前はまだ黄金の穂を揺らしていた秋麦の畑が刈り入れられ、女衆が落穂を拾っている。牧歌的な風景に目を楽しませていると、地面からの突き上げを感じる。この辺りはずいぶん道が荒れているようだ。
「リーマさん、今日はえらい運転が荒いな。なんや嫌なことでもあったんか?」
香椎がからかい気味にリーマさんへ声をかける。
「私の運転のせいだけではないぞ。この道をずっと進んだ東の先はレイチ帝国という国と接していてな。拡大主義の帝国とは何度も領土を攻め合っているので開発も進まないし、侵攻速度を上げられないように敢えて道も整備しないと言うわけだ。そう言うわけで、揺れはある程度我慢してくれ」
そっか。騎士の仕事は警察、警備と討伐だと思ってたけど、防衛/侵攻もあり得るのか。魔王と戦わないといけないと言うのに団結できない人間たち。こっちの世界も業が深いわ。
「…そういえばこっちの地理とか国土のことを聞いたことがなかったね。リーマ、地図とかって持ってる?」
「あれ、呼び捨て?いつの間にか古賀君がリーマさんとの距離を詰めてる」
二人の距離感の変化に気づいて思わず口に出す。
「…いや訓練の時にさん付けだと間に合わなかったりすることがあったしあとみんなもリーマって呼び捨てだから僕もそのほうがいいかと思ったりあとあのあの」
「めっちゃ早口やって古賀君。ええやん、仲良うなって。がんばりや」
真っ赤になってしまった古賀君をからかうのをやめて、ちょうど昼時なので休憩を取りながら皆で地図を囲むことにする。貴重な地図を汚さないよう、今日はピタパンにレタスとトマト、炒めたベーコンを挟んで食べる。
この大陸は特に名前はなく、他に陸地や島があるかどうかは知られていない。オーストラリア大陸から東北部を切り取ったような、あるいは四国のような形をした大陸だ。俺たちのいるコルタニヤス王国は地図の西側。王都はオーストラリアでいうとパース、四国で言うと宿毛のあたりだ。
せっかくなのでリーマ先生に、この世界の地理を教えてもらう。
この大陸の西の一帯をコルタニヤス王国、東北にレイチ帝国、南東にゴバルノ連邦、ゴバルノ連邦とレイチ帝国の間に小さなキアザ教国の四つの国がある。
コルタニヤス王国とゴバルノ連邦は仲がよく、統一紙幣を使うほどだが、小国を併呑して大きくなってきた帝国とは仲が悪く、その帝国では通貨統一が進まず金銀銅の粒貨を使っているそうだ。キアザ教国は独立国の体を取っているが、帝国の庇護のもと教会の運営だけをしている。アンナもその教会の所属になる。
「あかん、覚えきれへん。王都が宿毛にはみ出してる愛媛が王国、香川と徳島がまとまって帝国、高知が連邦やな」
オーストラリアの方が身近な俺にとってはかえって分かりにくいが、まあそんなところだ。アデレード/高知市の辺りが連邦の首都、ケアンズ/高松の辺りが帝都になるそうだ。教国はエアーズロックか大歩危か。とにかく中央の山奥、連邦と帝国に挟まれるように位置している。
ややアカデミックな話題とともに昼食を済ませ、再び東への進路を取るが、路面が悪く思うように進めない。山裾から山頂へ縫うようなつづら折りの隘路を登っていくと、車輪が壊れたのか、傾いた魔導車が路肩に寄せて停められている。道幅ギリギリに停められた魔導車をかわすため、リーマさんが魔導車の速度を落とそうとしたとき、古賀君が俺たちとリーマさんに聞こえる小さな声で
「気を付けて、車の陰に三人いる」
気配を察知したらしい。リーマさんは運転のため参戦できない悔しさで口がへの字に曲がっている。そんなに戦いたいのか、この戦闘ジャンキー…俺たちは念のため武器を隠し持ちゆっくりと車両の横を通り過ぎる。
「お、いい女が運転してらぁ。おい、こいつはラッキーだぜ。おい、そこの暗そうなガキ、殺しゃしねえからおり――」
言い終わる前に古賀君が放ったクナイが男の額を貫く。
「最後まで言わしたりぃな。モブ山賊Aがせっかく練習したセリフやのに」
と言いながら香椎もすでに魔導車を飛び降り、左手の独鈷でモブ山賊Bのナイフを受けると、指文字を光らせる。独鈷と触れたナイフを起点に山賊に青白い電気が走り、山賊Bが崩れ落ちる。
「返り血浴びたないし、強めの電気流したったわ」
残った男は戦意を失い、ただ震えている。
「おい、お前らの他にも山賊はいるのか?正直に言えば楽に死なせてやる」
リーマさん、ひどい選択肢だ。
返事もできないほど怯えた男を二、三発張り飛ばし正気に戻させると、車を置いて山賊のねぐらまで案内させる。十人ほどの食い詰めものたちが山の中腹を根城にしているらしい。こいつらを除くと残りは七人か。
「親父ぃ、下手打っちまった!敵は四人だ!魔法も使うぞ」
突然男が大声で叫ぶ。リーマさんがすかさず背中からモブ山賊Cを斬り倒す。岩陰からわらわらと男たちが武器を手に現れる。
「テメェら、ここがブリガンテ一家のシマだと分かって来てんだろうな!こんなことしやがって、タダで済む――」
「せやから古賀君、最後まで言わしたれよ」
またも古賀君のクナイがモブ山賊の喉元に吸い込まれると、首をかきむしるようにして男が倒れる。
「親父ぃ!テメェ、やりやがったな!」
モブかと思いきやボスだったようだ。倒れた山賊の親玉を見て戦意を失う者がほとんどだが、その中の一人が仇とばかりにリーマさんに向かって駆け寄り斧を振り下ろす。
リーマさんが右下段から逆袈裟に振り抜くと、上半身と下半身が泣き別れ、斧がリーマさんに届くことはなかった。あとは残党の処理だ、と歩みを進めた時、俺の背後の藪がカサリと音を立て、男が剣を手に飛び出してきた。
迫ってくる男がスローモーションのように見える。雄叫びをあげる男の口から飛び出した唾が男の半歩先に落ちる。
そこは俺の間合いだ。力強く踏み出した足に体重を乗せ、勢いよく振られた刀の重さを引き寄せるように振り切る。
男は驚いたような顔をして、膝から崩れ落ちて動かなくなった。
「よし、残りも気を抜くな!」
リーマさんの一言で我に返り、生き残りを縄で縛り、逃げようとした者は古賀君が撃った。
獣道を戻り、魔導車の後ろに山賊どもを括りつけると、リーマさんはイキイキとした顔で戦いの余韻に浸りながら、なかなかのスピードを出して山道をくだり、山向こうの街へと到着した。