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第14話

 狼魔獣の被害に悩まされるレチェレ村で哨戒の一晩を過ごし、二日目の朝を迎えた。朝から男衆を集め、魔獣の侵入経路と想定する入り口周辺の柵を強化し、落とし穴を掘り、矢を作ったり、投てき用の石を集めたり準備を進める。


 狭くてかわいそうだが、家畜たちはなるべく小さい群れに分け、各戸の土間につないで襲来時にパニックを引き起こさないようにした。


 朝からどんよりとした曇り空だったが、昼過ぎから天気がいよいよ下り坂になり、小雨がぱらつきはじめる。俺たちは柵の補修作業の仕上げを急ぎ、落とし穴の底に杭を立てて回った。


 今日も簡素なスープの夕食を摂り、不寝番の順番が来るまで寝袋に潜り込む。道具屋のおかみさんのサービスで、新品の寝袋に焚き込められたお香のかおりにふんわりと包まれ、するりと眠りに吸い込まれた。


 ――深夜

 家畜がいななく騒がしい気配に跳ね起きる。遠吠えの声もずいぶんと近いようだ。外へ出ると、家々に灯りがともり、男衆がもそもそと出てきた。


「皆さん敵襲です!訓練のとおり定位置についてください」


 アルが村人を誘導するなか、俺たちは想定される侵入路へと急ぐ。前回の侵入経路は全て塞いだが、一つだけ緩く土をかけただけで突破しやすくし、迎え撃ってまとめて叩く計画だ。


 外では魔獣が外壁のほころびに気づいたようで、唸り声とともにガリガリと杭や地面を引っかき、掘る音が聞こえてくる。壁一枚向こうに魔獣が俺たちを狙っている。緊張で刀を握りしめていることに気づき、手のひらにじっとり滲んだ汗をズボンで拭いた。


 ふう、緊張で視野が狭まっていたようだ。周りを見回すとヘイシェが頷いてくれる。侵入口の正面には古賀君が魔導杖で狙撃姿勢、穴の両脇にはヘイシェとリーマさん。俺と香椎は防衛線の維持とリーマさんたちが倒した魔獣を片付け、二人が継戦しやすいようにすることだ。


 気を引き締めなおしたと同時に、外壁下の土が盛り上がり、掻き出され、狼の鼻面が覗く。唸り声をあげ、土を掻き出しては確かめるようにこちらを睨みつける。突き出された前足から鋭利な爪が見え、思わずパチンと切り落とした。


「ほう、遅滞戦術か、いい作戦だな。掘るのにも時間がかかるし、疲れさせれば出てきてからの相手も楽になる」


 ヘイシェが感心したように呟くが、単なるでき心で、深い意味はなかったんだ。褒められるなら黙って受け入れよう。


 時々空振りしてこちらに飛び出してくる爪をパチンパチンと切り落としていく。最初に比べて明らかに掘り進むペースが落ちている。焦れて壁に体当たりをする狼もいるようだ。穴掘りを見つめることしばらく。ついに頭が通り、こちらをにらみながら激しく吠えたてる狼が現れた。激しく体をよじり、杭を押し広げて内側に転がりながら侵入した。


 立ち上がる間もなくリーマさんが首を刎ねる。彼女は戦闘狂だが、わざわざリスクを冒すようなことはしない。俺は素早く首のなくなった胴体と頭を引きずり片付ける。


 こちら側の静けさを感じ取ったか、狼たちは無理やり入ろうとするのをやめ、再び侵入路を掘り広げはじめた。やがていくつもの唸り声や吠え声、興奮した息遣いが聞こえるようになり、3匹の狼が一斉に躍り出る。


 正面の狼の眉間を古賀君の狙撃が正確に射止め、左手の狼はリーマさんが一太刀に頭を落とす。香椎の電気を帯びて白く弾ける独鈷とっこが右の狼の首元に振り下ろされると、四肢を硬直させて倒れ、息絶える。


 時間差でさらに三匹が飛び出して来るも、危なげなくヘイシェとリーマさんが斬り伏せた。


「後続がないところを見ると、今日は様子見だったようだな。想定最大数の1割以上削れたんだ。上出来だろう」


 リーマさんが満足げに言う。


「見ろ、胃の中が空っぽだ。リーダーもかなり焦れているだろう。群れの維持のためにも、明日は総力を挙げて来るな。よし香椎、穴を埋め戻して固めておいてくれ。明日は狼を村に引き入れて一網打尽だ」


 倒した狼をヘイシェが分析しながら、明日の作戦をまとめた。


「それなら皆は先に寝てくれ。俺はこの狼を片付けたら哨戒しておくよ」


 俺はそう言うと、男衆とともに狼の残骸を片付けて、一人村の広場に立つ。実戦の緊張感を保ったまま、仮想の狼を睨みつけると、さっき見たリーマさんやヘイシェの動きを頭に思い浮かべ、踏み込み、間合いを再現する。頭の中で十回、数十回と狼との対峙を繰り返したころ、霧雨の空が白みはじめた。


 村長の家に戻り、身体を拭くと仮眠を取った。皆は最終確認で男衆の陣形を整えたり、一部の女子供をラテ村へ避難させたり迎撃の準備を整える。俺は昼飯前に起きだすと、配膳の準備を手伝った。


「…ずいぶん熱心に稽古していたみたいだね。リーマさんが褒めてたよ」


 芋粥をよそいながら古賀君が教えてくれる。一つだけやけに具の多いお椀は、古賀君が食べるつもりのようだ。


「ああ、昨日の晩は何もしなかったから身体を動かしたくてね。今日は活躍できるようにと思ってさ。せっかく作ってもらった刀も使わないともったいないし」


 昨日の晩の二人の動きに触発され、何かを掴めそうな感覚をうまく説明することができず、なんとなく適当な言葉でごまかした。


 昼食を食べ終わると、また刀を取って今度はゆっくりと動きをなぞる。踏み込む足の向き、斬りつける角度、抜き切った後の動き、一つ一つを頭で考えたものと同じ動きになっているか確認する。ふと集中を解くと、ヘイシェがじっと俺の訓練を見ていた。


「ずいぶん動きが見違えたな。隅々まで意識が行き渡ったいい型だったぞ」


 動きを参考にした本人から褒められたのが面映く、ぶっきらぼうに「まあね」とだけ返した。


 夜に向けて俺たちは仮眠を取り、簡単な夜食を摂る。男衆も緊張の面持ちではあるが、昨晩の撃退から意気も高い。日暮れ前に雨は上がり、うっすらと月明かりも出てきたころ、遠吠えがこだます。


「よし、皆いくぞ!」


 ヘイシェの声に力強く応えて定位置に着く。今日はあえて門を小さく開き、狼が通り抜けたところを左右から男衆が家々の屋根から投石、矢を射掛け、その先に俺たちが待ち受ける。


 遠距離武器を持つ古賀君とアルは男衆と同じ屋根の上から、香椎、リーマさん、ヘイシェと俺は門の正面の広場で受けて立つ。


「来るぞ!」


 短くヘイシェが叫ぶと、痩せた若い狼が扉に強く当たりながら大きく吠え声を上げる。


「石と弓、今だ!」


 リーマさんも大声で男衆に声をかけると、口々に罵りの言葉を叫びながら石を投げつける。


 いくつか投げられたうちの一つが後ろ腿に当たり、悲鳴をあげた狼がよろけて家の壁にぶつかる。動きが止まったところをアルの杖から放たれた氷の弾丸が貫く。


 次々に門を通り抜ける狼に矢が打ち込まれ、石が当たり、俺たちの待つ広場まで辿り着くことなく次々に倒れていく。十数匹の狼を倒し、男衆の空気がやや緩んだ時、それは現れた。


 破壊音とともに門の扉が吹き飛ばされ、人の背丈よりも大きな狼が手下を従えてなだれ込んでくる。一瞬かがみ込むと、屋根の上に飛び上がり、数人の男衆を突き飛ばす。異様に赤く光る双眸そうぼうが闇の向こうに消える。


「リーマ、アル、香椎、古賀はここで後続の討伐と残党の掃討!海老津、ついて来い!」


 ヘイシェの指示に、俺は素早く後を追う。


 二軒先の民家の戸が無惨に壊され、中にいた羊が倒れている。裏手に回ると、口元を血で濡らし、悠々と食事を愉しむ狼の姿があった。


 俺たちの姿を認めると、憎悪の炎を眼にやつして立ち上がる。ヘイシェと俺は左右に展開し、少しずつ間合いを詰める。狼は耳を寝かせて歯を剥き、威嚇の唸り声をあげ、姿勢を低くすると、いつでも飛び掛かれる体勢を取る。


 睨み合いが続き、焦れた狼がヘイシェに向かって飛びかかるフェイントをかけて、素早く切り返した長い跳躍で俺へと迫る。


「弱い方から狙うのは分かってたさっ!」


 俺は一歩左へ躱しながら横薙ぎに刀を振るう。首元から腹にかけて一文字に斬りつけるが、浅い!


 狼は吠え声を上げながら着地すると、素早く反転して次の攻撃に備えようとした。そこにはヘイシェがすでに詰めていて、直剣を振り下ろすと左肩から前足が断ち分かたれた。


 悲鳴とも怒りともつかない、一際大きな吠え声を上げる狼を見据え、ヘイシェが再び剣を振り下ろすと、この地に厄災を振り撒いた主は討たれた。


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