⑧真の狙い
氷の上に降り立つレインとアニムス。
その目の前から氷塊を突き破り、炎の渦が巻きあがった。
「やってくれるじゃないのぉ!? このイカレクソ野郎が!」
「しゃあっ! いまのはなかなか良かったぜぇ! もっと見せてくれやぁ!」
氷の大地の上に降り立つノルドとキラ。一方は怒りの激情に、もう一方は戦いの興奮に、目を爛々と輝かせる。
その2人の様子を、ニヤニヤと笑うアニムス。気が付くと、2人組のヴァンパイアを無数の氷の兵士が取り囲んでいた。
アニムスの分身……!
しかしヴァンパイアたちは微塵も動揺しない。
「しゃらくさい!」
ノルドの身体が炎の鎧に包まれる。かと思えば腕を一閃。炎が氷の兵士を包み、瞬く間に溶かしていく。
それを見て、ニヤリと笑う狂人。
「ははぁ。やっぱりボスの心臓を狙う奴ら相手に、分身程度じゃクソほどの役にも立たねぇか」
その言葉に、ノルドが片眉を上げた。
「あら、あたしたちの目的、気が付いてたの?」
「当然だろぉ?」
氷と炎のヴァンパイアがぶつかり合う。衝撃に地面が揺れ、2人の足元を中心に、放射状の亀裂が氷の大地に走った。
狂暴な笑みを見せる2匹のヴァンパイア。氷の大地の上で相反する力がぶつかり合い、鳴動する。
そんな激闘が繰り広げられる一方、レインは妙な違和感を感じていた。先ほどのアニムスの言葉。「ボスの命を狙う」ではなく、「ボスの心臓を狙う」。
ちょっとした言い回しの違いなのか……?
キラの攻撃を捌きながら、黒衣の少年が声を張り上げる。
「おい、アニムス! こいつらの目的がミナの心臓って、どういうことだ?」
「あぁ、お前ら人間には分からねぇよな。こいつらの目的はボスを殺して、その心臓を食うことだ」
心臓を……食べる?
巨大な炎の斧が振り下ろされ、氷の盾がそれを防ぐ。唸りを上げて迫る死の拳を少年が身軽な動きで躱し、カウンターで敵の顔面に蹴りを叩き込む。
「どういうことだ? なんでヴァンパイアがヴァンパイアの心臓を食べる?」
「ははぁ、簡単な話だ。こいつらは始祖の力が欲しい。他を圧倒する、超強力なヴァンパイアになりたい。それだけだ」
「始祖の力? ミナの心臓を食えば、こいつらは始祖の力を手に入れられるってことか?」
「んっんー、まあそんなところだぁ」
1夜にして1国を滅ぼすヴァンパイアの始祖。その力が目の前のヴァンパイアたちの手に渡ればどうなるか……
考えただけで恐ろしい。
絶対にミナを殺させはしない。レインの目が固い決意を宿す。
しかし同時に、レインの思考はどこまでも冷静だった。
ヴァンパイアの目的は魔女の心臓。しかしそうなると、なにかおかしい。2人のヴァンパイアには、レインとアニムスを倒す気がないように見える。まるで2人は時間稼ぎをしているような……
毒に倒れた村人。解毒のために集中するミナ。時間稼ぎ……
そこでハタと気が付く。
毒はいったい誰が撒いた?
毒も鬼術によるものの可能性は高い。しかし2人のヴァンパイアの能力は炎と鋼鉄化。毒じゃない。じゃあ毒のヴァンパイアはどこにいった?
レインの脳裏に、広場に集められた村人の姿が過ぎる。
まさか──
「アニムス! こいつらは囮だ!」
氷を砕く拳を避けながら、黒衣の少年が叫ぶ。その言葉に動きを止めた氷のヴァンパイア。無言でレインを見つめる。
「よそ見してんじゃないわよ!」
空気を焦がす炎の拳。しかしアニムスは見もせずその拳を受け止め、ニヤリと笑った。
「なるほどなぁ。毒使いが村人に紛れ込んでるわけか」
その言葉に、ノルドとキラが動揺する。
木を隠すなら森の中。毒に倒れた村人に紛れて、毒のヴァンパイアがミナの命を奪う機会を、虎視眈々と狙っている。
炎のヴァンパイアが吠えた。
「気が付いたところでもう遅いわ!」
「んっんー、それはどうかなぁ?」
窮地に立たされてなお、のらりくらりと調子を崩さないアニムス。炎のヴァンパイアの拳を掴んだかと思うと、キラ目掛けてぶん投げる。
「がっ!?」
「ぐおっ!?」
一塊になって氷の上を滑っていくヴァンパイアたち。それを見ながら、アニムスは少年に指示を出す。
「おい、レイン。お前はボスのとこに向かえ」
「え……でも……」
躊躇うレイン。立ち上がるヴァンパイアたちの方へ歩きながら、青年はひらひらと手を振る。
「ここはおれに任せとけ。軽く捻ったら、そっちの援護に行くからよ」
「……分かった」
一瞬の躊躇いのあと、アニムスに背を向けて駆け出す少年。立ち直ったらしいヴァンパイアたちが、アニムスを睨む。
「いいのかしら、戦力を分散して? どっちも死ぬわよ?」
「ははぁ、それはどうかな? むしろあいつが消えて、やりやすくなった」
にやにやといつもの表情を見せる氷の兵士。ノルドが眉を顰める。
「なんですって……?」
「んっんー、これであいつに気を遣わず、全力を出せるって言ってんだよ」
そう言ってアニムスは拳を強く握りしめた。