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⑦襲撃

 そうしてあっという間に翌日。


 日の落ちた森の中を抜けたミナ、アニムス、レイン。3人の足取りは軽い。特にレインは平静を装いながらも、「楽しみで仕方ない」。そんな気持ちが透けて見えるようだ。


 そんな少年を見つめる魔女と青年。揶揄ったりはしない。ただ優しい瞳で見つめるだけ。その目は兄、姉、あるいは親のよう。


 それから数分後。レインたちは村へと到着した。


 しかし同時に襲い来る、強烈な違和感。


 静かすぎる。


 作りかけの矢倉。料理を並べるのだろう、広場に並んだ無数のテーブル。隅には積み重なったお酒の樽。


 各所に残る、人のいた痕跡。しかし、通りには人っ子一人いない。


 あまりにもアンバランス。なにかサプライズでも仕込んでいるのか? 


 ……いや、違う。これは───


 駆け出すミナ。家の扉に手を掛け、勢いよく開け放つ。


「おい、急にどうした───」


 慌てて魔女の背を追ったレイン。ミナの肩越しに見えた家の中の光景に、言葉を失う。


 そこには床に倒れ伏す夫婦と子供、3人の村人の姿があった。大量の汗を流し、荒い息を吐く。触れてみると驚くほど熱い。しかし彼らは「……寒い……寒い」とうわ言のように繰り返している。


「……毒ね」


 3人の容態を見ていたミナが小さく呟く。目を見開くレイン。


「毒!? な、なら急いで医者に診せないと……!」


 小さな村とは言え、医療の心得のある人はいるはずだ。急いで子供を抱えようとする黒衣の少年。しかしそんな彼を、場違いに軽い声が止める。


「ははぁ、無駄だぜ。確認してきたが、恐らくこの村は全滅だ」

「そんな……!」


 レインの表情が絶望に染まる。彼の脳裏を、前日の子供たちの顔が過ぎった。一緒に遊び、黒衣の少年を友達と言ってくれたみんなの笑顔。


 少年の視界が、急速に色を失っていく。まるで現実を受け入れるのを拒むかのように。


 そんな絶望に染まるレインを引き留めたのは、ミナの冷静な声だった。


「それで、息はあるの?」

「少なくとも、おれが確認した範囲ではなぁ。でも時間はないぜ? ボスの力で隣町まで運ぶにしても、ほとんどは助かる見込みが低い。特に小さな子どもは、1分1秒の遅れが命取りだ」

「なら、この場で解毒する」


 ミナの眼光が鋭く光る。アニムスがにやりと笑った。


「ははぁ、ボスならそう言うと思ったぜ」

「無駄口を叩いてる時間はないわ。分かったらさっさと行きなさい。村人を全員、広場に集めるの」

「んっんー、ラジャー」


 スキップしながら、その場をあとにする狂人。レインはその背を呆然と見送る。


「なにしてるの。あなたも行くのよ!」

「え……あ、うん」


 ミナの叱咤に促され、少年も家を飛び出した。各地の家を巡り、苦しむ村人たちを運びながら、レインの脳裏には疑問が浮かぶ。


 この毒は明らかに人為的に撒かれたものだ。いったい誰が、何の目的で? 


 しかし小さく被りを振る少年。考えるのはあとだ。今は目の前のことに集中するべきと、気持ちを切り替える。


 その時だった。


 ズドォォォォン……!


 爆発音と共に、村の端から火の手が上がる。いったいなにが起きたのか? 慌てて視線をあげる少年。しかし彼が状況を掴む間もなく響く、新たな爆発音。


 その爆発音は幾重にも連鎖し、村は瞬く間に火の手に包まれる。


 レインは歯嚙みした。


 くっ、こんな時に……!


 否、こんな時だからこそだ。


 次の瞬間、家屋の陰から無数の影が飛び出した。


 ヴァンパイア……!


 レインはすぐさま短刀を抜くと、襲い掛かってきた吸血鬼の心臓を一突き。短刀を引き抜くと、ヴァンパイアが灰になるのも確認せず、別のヴァンパイアの腕を斬り飛ばす。返す手で吸血鬼を袈裟斬り。


 心臓を切り裂かれたヴァンパイアはそのまま崩れ落ち、物言わぬ灰になる。


「アニムス!」

「ははぁ、分かってるよ。おい、ボス、これで最後だ」


 2人の村人を担ぎ、悠然と広場に入ってくるアニムス。レインの叫びにはニヤリと笑うだけで、さっさと村人を地面に下ろす。


 どうやらこれで全員。村人の容態を確認しながら、片手間でヴァンパイアを屠っていたミナが力強く頷く。


「ありがとう、2人とも。でももう少しお願い。わたしはいまから解毒のために全神経を集中する。その間、だれにもわたしの邪魔をさせないで!」

「分かった!」

「んっんー、りょーかいだぜぇ、ボス」


 ヴァンパイアの鋭い爪を避け、カウンターで心臓を抉りながら頷くレイン。

 一方、アニムスは腕を一閃。襲い掛かってきたヴァンパイア5体を纏めて氷漬け。粉々に。


 狂人がクイックイッと、敵を煽るように人差し指を動かす。そのにやけ顔を覆っていくように広がる、氷の仮面。


「ははぁ、かかってこいよ雑魚ども。おれが相手になってやる」


 言うが早いか、氷の兵士が飛び出す。同時に生み出される、無数の氷の分身。そこからはあっという間だった。


 戦場に響くアニムスの狂ったような笑いと、ヴァンパイアたちの断末魔。四肢が飛びかい、首が宙を舞う。まさに地獄絵図。


 物量で押しかけたヴァンパイアは、逆に物量であっという間に殲滅されてしまう。


 まあ、一流のヴァンパイアハンターであるレイン、そして始祖の右腕たるアニムスから見れば、襲ってきたヴァンパイアは小物も同然。物量だけでなく、質でも劣っていたわけだが。


 そうして瞬く間に敵を片付けた2人。


 これでもう障害はない。あとはミナの解毒を待つだけ。


 レインは小さく安堵の息を吐く。


「これで一件落着だな」

「本当にそうかぁ?」


 変身体のまま、にやにやと笑うアニムス。レインは(いぶか)し気な視線を氷の兵士に投げる。


「なにが言いたい?」

「んっんー、問題はなにも解決しちゃいねぇ。こいつらの目的は? なぜ手を組んでおれたちを襲った? 疑問はなにも解決しちゃいねぇんだよ。それになにより……こいつらは弱すぎる」

「どういう意味だ?」


 眉を(ひそ)める黒衣の少年。


「んっんー……まあ、答えはすぐに分かるだろうぜ───」


 ズッドォォォォォン!


 アニムスがレインの質問に答えた次の瞬間だった。視界の端で家屋が吹き飛び、炎の波が押し寄せる。


 目を見開くレイン。少年の頬を、熱気がチリチリと焼く。


「ほら来なすった」


 アニムスが腕を振る。次の瞬間、氷と炎がぶつかり合った。地面を揺らす轟音と共に、水蒸気が噴出する。


 新手……!


 身構えるレインの目の前で、水上気の煙が晴れていく。そこには2人の男が立っていた。


 1人は見るからに傲慢そうな男。こちらを見下すように顎を突き出し、服装は王都の貴族が着るようなゴテゴテとした服。しかし服の下は意外と筋肉質なのが見て取れる。そして一番印象的なのは、クルクルとカールの巻いた、重たそうな白の髪の毛。


 一方もう1人は、悠然とした前者と対照的に、狂犬を想起させる強面の男だった。好戦的な笑みにツンツンと尖らせた黒髪。服装は上裸。その剥き出しの上半身からは逞しい筋肉が、こちらを見ている。


 新たに現れたヴァンパイア2人。彼らを見つめていたアニムスが、ニヤニヤと口角を上げる。


「んっんー、変な髪型だなぁ? 重たくねぇの? それにもう1人は上裸。お前ら、もしかしてバカぁ?」


 相手をおちょくるような口ぶり。ツンツン頭がギロリと睨む。


「あぁ? なあノルド。こいつ、いますぐぶち殺していいか?」

「お待ちなさい、キラ。いくら2対1とは言え、相手は仮にも魔女の右腕です。感情のままに突っ込めば、あたしたちの方が負けかねませんよ」


 挑発に食いつくツンツン頭、改めキラ。そしてそんなキラを諫める、ややオカマ口調のノルド。そのノルドの視線が、身構えるレインを向く。


「そしてもう1人は……驚いた。あなた、もしかしてヴァンパイアハンター?」

「……だったらどうした?」


 警戒心を露わにする黒衣の少年。カール頭は肩を竦めるだけ。一方、呆けた表情を見せるのはキラ。


「あぁ? なんでヴァンパイアハンターがヴァンパイアの味方をすんだよ?」

「そんなことどうだっていいじゃない。どうせ魔女の色香に惑わされて、自分の使命を忘れた。そんなところよ」


 レインの眉がピクリと動く。鋭い眼光が、2人のヴァンパイアを睨み据えた。


「おれは使命を忘れてはいない。おれの使命はいまも昔も、お前らのようなヴァンパイアを狩ることだ!」

「おい、レイン──」


 言うが早いか、アニムスの制止を無視し、自身を侮辱したヴァンパイア目掛けて飛び出す少年。ノルドの口角が上がる。


「あら、簡単に挑発に乗るなんて……可愛い坊や」


 次の瞬間、レインの視界一杯に炎が広がった。熱を感じる間もない。飲み込まれる……!


「バカがっ!」


 背後からアニムスの手がレインを掴む。そのまま横っ飛びで炎を避ける青年。宙を舞いながら、ニヤリ。


「ははぁ、手間をかけさせる。あいつら、明らかにさっきの雑魚どもとは違うだろ? あの気配、鬼術を使うヴァンパイアだ。そんな敵の能力もよく分からないまま正面から突っ込むなんざ、自殺志願かよ?」


 アニムスの言うことは正しい。自分が浅慮だった。地面に降りながら、レインは奥歯を噛みしめる。


「すまない」

「ははぁ、わかりゃいいんだよ。それよりも、さっさと切り替えろ、レイン。来るぞ」


 その言葉にはっと顔を上げる。すると、やる気に満ちたキラが目に飛び込んだ。


「やっていいんだな!? っしゃあ! 探りあいとか、面倒くせぇと思ってたんだ!」


 ノルドの返事すら待たず飛び出す狂犬。その身体が鋼色に、金属光沢を帯びる。


「くっ!」


 レインは咄嗟に小瓶を取り出した。短刀で切り裂き、中身の毒薬を刃に纏わせる。


 そのまま流れるような動作で半身になり、唸りを上げて繰り出された拳を避ける少年。飛び退きざまに、無防備な腕にカウンターを繰り出す。


 しかし、


 ガキィンッ!


 鳴り響く金属音。キラの腕には傷一つ付かない。それを見て、すぐさま体勢を立て直すレイン。アニムスと共に追撃に動く。


 しかし次の瞬間、荒れ狂う炎が狂犬を飲み込んだ。咄嗟に後ろに飛んで避けたレインの視線の先には、手の平から火を吐き出すノルドの姿。


「あいつ、味方ごと……!」

「それは違うぜぇ!」


 炎の中から、狂犬が飛び出す。赤熱した身体が、目にも留まらぬ速さで少年に肉薄。


「くっ!?」


 繰り出された拳がレインの頬を掠めた。頬を走る鋭い痛み。肉が焼ける嫌な臭い。


「おれの鬼術は全身の鋼鉄化! てめぇらの攻撃は効かねぇし、ノルドの炎はおれを強化する武器にしかならない!」

「ははぁ、なるほどな。鋼鉄の前衛に、炎の後衛。おれ対策に考えられた布陣てわけだ」


 視界の端から現れたアニムスが、キラの脇腹を蹴り飛ばす。「がはっ!?」という呻き声と共に吹き飛ぶ狂犬。


 2人のヴァンパイアと向き合いながら、アニムスは背後のレインに声を掛ける。


「大丈夫かぁ?」

「あぁ。この程度、なんの問題もない」


 ゆっくり立ち上がり、レインはアニムスの横に並び立つ。その様子にニヤリと笑う氷兵。ちらりと背後を窺う。


 その視線の先には集中するミナと、苦しむ村人たちの姿。視線をヴァンパイアに戻し、アニムスなニヤニヤ。


「ちょっと戦場を変えようじゃねぇか? な?」

「あぁ? 何を言って──」


 困惑するキラ。その言葉を言い切るよりも早く、レインの目の前から氷が噴き上がった。その氷は2人のヴァンパイアを押し流す、氷の波となる。


「うおおおお!?」

「くそがぁぁぁぁ!」


 氷に攫われ、絶叫を上げるヴァンパイアたち。その悲鳴にニヤリと笑うと、アニムスはレインの首根っこを掴む。


「さぁ、行こうかぁ?」

「ちょ、おい──」


 少年の返事を待たず、足に力を籠める狂人。次の瞬間、2人は氷の上へと飛び上がった。


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