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⑥魔女2

 それから2時間後


 レインが連れてこられたのは小さな村だった。森を抜けて徒歩数分。木造の家屋と麦畑が点在し、すぐそばを小さな小川が流れる美しい村。そんなどこかなつかしさを感じる風景に、足を止めるレイン。そんな少年を振り返ったミナは、小さく微笑みながら彼を呼ぶ。


「行くよ。レイン」


 その声に我に返ったレインは、小走りで前を行くヴァンパイア2人を追いかけ、肩を並べた。土の道を我が物顔でずんずん突き進むミナ。少年はそんな魔女の顔を見上げる。


「ヴァンパイアのお前らが何の用でここに? まさか……」

「んっんー。安心しろぉ。お前が想像しているようなことにはならねぇ」


 警戒心を露わにするレインに反して、実に軽く返答するアニムス。しかしそんな言葉を鵜呑みにできるはずもない。「万が一の時は命を賭してでも……」と覚悟を宿し、少年はいつでも短刀を抜けるように気を張る。


 そうして3人が道を進んでいくと、数人の村人が周囲に集まってくる。その中から1人の老婆がミナの前に歩み出た。レインは咄嗟に2人の間に割って入ろうとする。ミナが老婆を襲うと考えたのだ。しかし、


「久しぶりだねぇ、ミナさん」

「久しぶり、カレンお婆ちゃん。腰の調子はどう?」

「それがちょっと痛くてねぇ。また診てくれるかい?」

「もちろんだよ!」


 笑顔で挨拶を交わすミナと老婆。それを皮切りに、周囲からも多くの村人たちがぞろぞろと集まってくる。


「いらっしゃい、ミナさん!」

「わしも膝が悪くてねぇ。ミナちゃん診てくれるかい?」

「前の雨で崖が崩れて、街道が埋まっちまった! 瓦礫をどかすのを手伝ってくれないか?」

「荷物を運ぶのを手伝って欲しいのぉ」

「分かったから落ち着いて。順番に解決していこう?」


 村人から慕われるヴァンパイアの始祖。その様子にぴたりと動きを止めたレインは、戸惑いに目を白黒させる。そんな少年の様子に声をあげて笑うアニムス。


「ははぁっ! 驚いたか?」

「そりゃ驚くよ。だって人間がヴァンパイアを慕って、しかもこんなに信頼してるなんて……」

「ありえないってか?」


 コクリと頷くレイン。当然だ。レインの知るヴァンパイアは人類の天敵。恐怖の象徴のような存在だ。にも関わらず、いま彼の目の前では人とヴァンパイアが談笑し、手を取り合っている。ありえない光景だった。なぜそんなことが実現可能なのか? レインには皆目見当もつかない。


 そんなレインの思考を汲み取り、疑問に答えるアニムス。


「んっんー、レイン。お前はボスが普段、どこに出かけてるか知ってるか?」

「え……いや、知らないけど」


 首を横に振るレインに、狂人はニヤニヤ笑いながら人差し指を下に向けた。


「ここだぁ。まあ正確には、ここみたいな人間の村や町だが」

「……なんのために?」

「それは自分の目で見た方が早いんじゃねぇか?」


 そう言って顎でミナの方を指すアニムス。つられてレインがそちらに視線を向けると、そこには鬼術を使って老人の腰や膝の治療、木から降りれない猫を助け、あるいは脱輪した荷車を引き上げる魔女の姿。


 その一連の様子を見ていたレインは、信じられないものを見たというように顔を驚愕に歪める。


「まさか……人助けを?」

「んっんー、せいかーい。ボスは毎日村や町を回っては、困ってる奴らの手伝いをしている。だからあんなに好かれてるし、信頼されてるってわけだ」


 その言葉を背に、少年は村を見回す。「ありがとう」という言葉と、笑顔の絶えない空間。誰もが手を取り合い、笑顔で談笑する。幸せに満ちた、優しい世界だ。そしてその中心には、ミナがいる。きっと彼女が積み上げてきたものが成した景色なのだろう。その長く途方もない苦労にレインは思いを馳せた。


 と同時に、解せないことも1つ。レインはアニムスの足元に集まる数人の少年少女へ視線を移す。彼らは「遊ぼー!」と子供らしく眩しい笑顔を浮かべ、それに対してアニムスは「はいはい、ちょっと待ってろよぉ」とニタニタ笑いを返している。


 その歪んだ笑みにジト目を向けるレイン。


「ミナが好かれる理由は分かったけど……なんでお前も好かれてんの?」

「さぁ? 積み重ねの成果じゃね?」


「ははぁっ」と笑い声をあげるアニムスに、レインは「それだけはないだろ」と毒づく。そんなやり取りをする2人に、空からミナが声を掛ける。


「アニムス! わたしは街道の方に行くから、レインのことよろしく頼むわね!」

「あいよぉ、ボス」


 そうして魔女は南へと飛び去っていく。残されたアニムスはいつものニヤニヤ笑いと共に、レインの方を振り返る。


「んじゃ行こうぜ」

「行くってどこに?」


 嫌な予感がして身構えるレイン。しかし狂人の口から出た言葉は意外なものだった。


「そりゃお前、遊びにに決まってんだろ」

「はぁ? 遊びって、なんでおれが……ってちょっとはおれの話を聞けや!」

「はいはーい。聞いてるぜー。お前らも付いてきな。兄ちゃんが遊んでやるぜ~」


 バタバタ暴れるレインの首根っこを掴み、引きずっていくアニムス。彼の号令に従って、少年少女たちが「はーい!」と2人の後をついて行く。


「ねえ、アニムスお兄ちゃん。この子はだれ?」


 レインと同い年くらいだろう。少女の1人が尋ねる。


「こいつはレイン。下僕2号だ」

「ゲボク……? なにそれ?」

「ははぁっ。簡単に言えば、おれのダチってことさ」

「そっか! アニムスお兄ちゃんの友達なんだ! 友達の友達ってことは……わたしもレイン君の友達だね! よろしくね!」


 差し出された手をむすっと見つめるレイン。内心は「友達の友達は友達? なんじゃそりゃ」である。一方、そんな少年をニヤリと見下ろすアニムス。


「こういう時どうするのが正解か。知ってるかぁ? んん?」

「知っとるわ!」


 揶揄うアニムスにピシャリと言い返すレイン。「よろしく」と答えると共に、少女の手を取る。


 そうこうしているうちに目的地に着いた一行。そこは村はずれの空き地だった。すぐ横には森の木々。こんなところで何をするのだろう? と首を傾げるレイン。一方、村の子どもたちは「早く! 早く!」と目を輝かせている。そんな彼らの様子に、ニヤリと笑うアニムス。


「まあそんな慌てんなって……そら!」


 青年が腕を振ると共に、氷の粒子が宙を舞った。するとどうだろう。ブランコ、ジャングルジム、シーソーにアスレチック……瞬く間に様々な遊具が形成されたではないか。


「わー!」「きゃー!」という歓声と共に、公園と化した空地へと走り込む村の子供たち。その背を無表情で見送るレインに、アニムスが声を掛ける。


「どうしたぁ? お前は行かないのか?」

「おれはヴァンパイアハンターだぞ? こんな子供のおもちゃでワーキャー騒ぐわけがないだろ」


 暗に「おれはガキじゃないんだよ」と言うレイン。そんな少年にアニムスはニヤニヤ。


「そんなこと言って、見たことない遊具にビビってるだけじゃねぇのか?」

「は、はぁっ!? んなわけないだろ! おれがビビるとかありえねぇ!」

「んっんー。本当かぁ? それならあのアスレチックくらい余裕でクリアできるよなぁ?」


 そう言ってアニムスはいくつもの遊具が連なった氷のアスレチックを指し示す。それに対して「当然だ!」と憤慨するレイン。見事に口車に乗せられ、アスレチックへと突入した。


 しかしそこは訓練されたヴァンパイアハンター。反り立つ壁や丸太橋、空中ブランコといった数々のアスレチックを、猿のように身軽でしなやかな身のこなしで瞬く間に踏破していくレイン。そうしてアスレチックを制覇した彼は、得意げにアニムスを振り返る。その次の瞬間、


「すっげー!」

「なんだよあの動き! 大人でもあんなの無理だぜ!」

「どうやったの? わたしにも教えて!」


 いつのまに集まって来たのか。村の子供たちに囲まれてしまうレイン。周囲からの惜しみない賛美の声と羨望の眼差しにぎこちなく笑う。気恥ずかしいような、嬉しいような、妙な気分である。


 そうして子供たちと打ち解けるきっかけを得たレイン。それからすぐに彼らの輪に溶け込んでいった。共に遊び、共に笑い、共に汗を流す。いつからか、レインの顔にも年相応の子供らしい笑みが見えるようになっていった。


 そんな様子をニヤニヤと見つめるアニムス。空から舞い降りたミナが、その横に降り立つ。アニムスの用意した雪の上で元気に走り回る子供たちを眺める白い魔女。


「あなたって意外とお節介よね」

「んっんー。なんのことだぁ?」


 ヘラヘラと笑う狂人。魔女も小さく笑って応える。


「レインのことよ。あの子は(いびつ)だった。だからこんな場を用意したんでしょ?」

「ははぁ。さすがはボス。お見通しだったか……あいつは死体を見ても眉一つ動かさねぇ。人間としてなにか欠けちまってるんだ。情緒、あるいは感情表現か……ボスは人間の子供がどうやって人格を形成するか知ってるか?」

「知らないわね。教えてくれる?」

「ははぁ。子供は0~2歳の乳幼児期、親から愛情を与えられることで信頼感や安心感を得る。そこから自己肯定感が育まれ、それ以降の対人関係や心の安定に影響を与えてる。さらに3~5歳の幼児期に感情や欲求の表現方法について学ぶ。レインは自己肯定感は問題ないから、恐らく問題があったのはこの時期だろうな。だから感情の発露にぎこちなさがあるし、それに順ずる対人関係も同様」

「それを放っておけず、同年代の子たちとの交流の場を設けたってこと?」

「まあな。いまからでも同年代と触れ合うことで、情緒を育んでくれたらってな。けど、それはボスも同じ考えだろ? レインだけじゃなく、わざわざおれまで村に連れてきたのはそういうことじゃねぇのか?」

「さあ? どうでしょうね?」


 ミナはアニムスの問いかけに「ふふ」と小さく笑って答える。そんな魔女にアニムスも「んっんー」と笑うのだった。


 そんな2人のもとに、レインが駆け寄ってくる。息を切らす少年に声を掛ける魔女。


「どうしたの?」

「明日、この村で祭りがあるらしいんだ。それで皆に誘われて……」

「ふーん、あなたは行きたいの?」


 コクリと頷くレイン。そわそわと落ち着かない彼を見つめた魔女は、ニコリと優しく微笑む。


「奇遇ね。わたしも実は誘われてるのよ」

「じゃあ!」

「いいわよ。行きましょう。アニムスはどうする?」

「ははぁっ。2人が参加するってんなら、おれも当然行くぜ」


 そうして満場一致で翌日のお祭り参加が決まるのだった。

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