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⑤レイン

 それから3日後


 それ以降も毎日、ミナを殺そうとあれこれと試行錯誤を繰り返したレイン。日向ぼっこをしているところを襲撃したり、風呂に毒を仕込んだり、あるいは衣服に銀の刃を仕込んだりと、あの手この手を尽くした。


 しかし結果は全て失敗。レインにはもうミナがエスパーで、自分の心が詠まれているようにしか思えなかった。


 ちなみに合間を縫ってはアニムスの討伐を試みたレインだが、こちらも全敗。いつものニタニタ笑顔で、軽々とあしらわれてしまっていたりする。


 そんなこんなで試行錯誤を繰り返した結果、少年は最終手段に出ることにした。


 寝込みを襲う。


 もうこれしかない。そう判断したレインはさっそく、魔女の部屋に忍び込んでいた。タンスの中に身を隠しながら、魔女が眠りにつくのを待つ。


 そうして狭く真っ暗な空間で、小さく息を潜めながらどれくらい待っただろうか。耳を澄ませると、「すー……すー……」というミナの寝息が聞こえてくる。どうやら眠ったらしい。


 そう判断し、扉を開けて外に出るレイン。そろりそろりとベッドに歩み寄り、眠る魔女の横に立つ。銀のナイフを振り上げる少年。しかし彼はそれを振り下ろすことなく、月光に照らされた魔女の美しい寝顔を見つめるだけ。


 この館での生活を通して、彼の胸中には一つの迷いが生じていた。それは彼女を───ミナを本当に殺していいのかということ。レインはいままでヴァンパイアを全て悪と断じて処断してきた。しかし……


 目の前の女性の穏やかな寝顔をじっと見つめる。まるで一つの芸術品かと見紛うほど美しい顔。


 彼女はいままで見てきた、どのヴァンパイアとも違う。自信に満ち溢れ、時に華やかな笑顔を見せる。かと思えば子供っぽく怒り、喧嘩する時もあった。彼女をただヴァンパイアだからという理由だけで殺していいのか? 彼女は本当に人間の心を忘れずに大切しているのではないか? いやそれどころか、自分よりもよほど人間らしいのではないだろうか。


 そんな疑問が胸中から溢れてきて、少年の手を鈍らせる。


 そうしてレインが躊躇っていると、魔女が薄っすらと片目を開けた。


「やっと出てきたのね。それで、わたしを殺さないのかしら?」


 いたずらっ子のような笑みを見せる魔女。少年は無言で、ただその目を見つめ返す。そうしてレインが押し黙っていると、ミナの手がレインの身体を掴んだ。驚きの声をあげる間もなく、ベッドの中に無理やり引き込まれる少年。


「ちょ、なにを───」

「いいからいいから」


 彼女の口から漏れる吐息が、とても近く聞こえる。至近距離から見つめられ、視線を右往左往させるレイン。そんな少年の様子に、魔女は妖艶な笑みを見せる。


「わたし、ずっと気になっていたの」

「え? 気になってたって───」


「ボッ」と、レインの顔に血が上った。部屋の外にまで聞こえるんじゃないかと思うほど、少年の心臓が早鐘を打つ。なんとか気を落ち着かせようとするレイン。


 しかしミナの次の言葉は意外なものであった。


「レイン。あなたはなぜ、そこまでヴァンパイアを殺すことに執着するの? わたしはそれがずっと気になってた」

「……へ?」


 キョトンと、拍子抜けしたような顔を見せるレイン。ミナが優しい表情で小首を傾げる。


「あれ、聞こえなかった? あなたがなんでヴァンパイアを殺すことに執着するのか。それが聞きたいんだけど」

「あ、なんだ。そんなことか」

「なによそんなことって。それともなに? もしかして変なことでも期待してた?」


 揶揄うようにレインの目を覗き込むミナ。少年はバッと顔を逸らす。


「べ、べつに……」

「えぇ~? ほんとに~? 耳が真っ赤だよぉ? えい! えい!」

「ほ、本当だって! 耳が赤いのは暑いからで……って脇腹を突っつくな! あーもー! おれがなんでヴァンパイアを殺すことに執着するかだろ!? 答えるよ!」


 大きく深呼吸をする少年。そうして彼は、自分の過去について語りだした。


 少年は生まれてすぐ両親を亡くし、孤児院で育った。その孤児院はアーサーという名の、丸眼鏡がとてもよく似合う中年の男性が営むとても小さなもの。とある村のはずれにポツンと建ち、その生活はとても貧しいものだった。しかしその孤児院の子供たちは少年含め、だれもその生活に不満を言わなかった。


 なぜならアーサーが誰よりも優しく、そして子供たちを我が子のように可愛がっていたから。


 困っている人を見捨てず、誰よりも人を愛し、そしてどんなに貧しくとも常に笑顔を絶やさない人格者。そんなアーサーを少年は『先生』と呼び、たいそう慕っていた。


 先生と、そして孤児院の友人たちと一緒にいられるだけで少年は幸せだった。どれだけ貧しかろうと、それに代わるものはないから。


 しかしそんな幸せな生活はあっさりと崩れ去る。彼が4歳になる前日のことだった。孤児院がヴァンパイアに襲われたのだ。いまもその時の惨状が、少年の目には焼き付いている。引きちぎられ、床に転がる小さな手足。床一面に広がる血だまりと、そしてその血だまりの中、一番幼い少女を庇うようにして倒れ伏す先生の姿。


 そこまで話し、大きく息を吐く。少年を見つめるミナの目の中には、優しい光が宿っている。


「つまりヴァンパイアを殺すのは、先生と友達を殺された復讐?」

「復讐……違う気がする。あの日以降、教会に保護されたおれはハンターとしての教育を受けたんだ。そこではヴァンパイアは悪だって教えられた。人を害する化け物、人類の敵。殲滅しなければならない怪物だと。おれは、それを疑わなかった。だって先生たちを殺したヴァンパイアは間違いなく悪だから。だからヴァンパイアを狩り続けた。ヴァンパイアを殲滅するのがおれの使命だと、それのためなら命も賭ける覚悟で、ただガムシャラに進んできた。だけど……」


 視線を落とすレイン。


「分からなくなった。ヴァンパイアは全員が悪なのか。ミナを見ていると、ヴァンパイアの中にもいい奴はいるんじゃないかと思ってしまう」


 顔を伏せる少年の頭を、魔女は優しく撫でる。


「そう……あなたはいままで疑ってこなかった自身の価値観に、疑問を抱いたのね。わたしたちとの生活を通して、人に色んな人がいるように、ヴァンパイアにも色んなヴァンパイアがいるんじゃないかと」

「うん」

「わたしはそれでいいと思うわよ。あなたはまだ若いんだから、たくさん悩めばいい。自分の信じてきた価値観を打ち砕かれて悩み、そうしてまた新しい価値観を得て、また打ち砕かれる。それを繰り返して、人は成長していくんだから。悩めば悩むだけ、あなたの世界は広がっていく。だから好きなだけ悩んだらいい。悩んで、考えて、藻掻き抜きなさい。その先にあるのは、苦悩でもなんでもない。新しい自分なんだから」

「そっ……か……悩んで……いいのか……」


 少年の頭を撫でる、優しく温かい手。レインの心の中に、さきほどまで感じていた暗闇の中にいるような不安感はない。むしろ彼はいま、安心感すら感じていた。全身を包み込む穏やかな温もり。そんな温もりに包まれながら、レインはゆっくり瞼を閉じるのだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 翌朝


 レインとミナが食堂に入ると、ちょうどアニムスが朝食を並べ終えるところだった。2人を振り返った青年はわざとらしく、恭しい身振りで食卓を指し示す。


 それに従って食卓へと向かう魔女と少年。そうしてレインがアニムスの横を通り過ぎようとした時だった。何かに気が付いたらしい男がスンスンと鼻を鳴らすと共に、ニヤリと笑った。


「んっんー? レイン、昨夜はお楽しみだったかぁ?」


 びしりと身体を強張らせるレイン。「ぎっ、ぎっ、ぎっ」と音が鳴りそうなほどぎこちない動きでアニムスの方へ視線を向ける。


「な、なんのことだ?」

「誤魔化さなくていいぜぇ? お前の身体からボスと同じ匂いがする。昨夜は同衾してたんだろぉ?」


 顔を真っ赤にして俯くレイン。そんな少年をからかうのが楽しくて仕方ない。そんな感情が透けて見える表情と共に、アニムスがレインの耳に口を寄せて囁く。


「んー? で、どうだったんだ? 初体験の感想はよぉ? ほら、教えてくれよ───痛て!?」

「こら! レインをからかわないの!」


 ゲス野郎の頭にミナの鉄拳が落ちる。頭にたんこぶを作りながら「へーい、すいやせーん」と舌を出すアニムス。そんな青年の様子に「まったく大人げない」とため息を吐く魔女。2人に視線を向ける。


「ふざけてないでさっさと食べるわよ。今日はあなたたちも一緒に出かけるんだから」


 ミナの言葉に「んっんー、ラジャー」とにやけるアニムスと、首を傾げるレイン。


「出かける? どこに?」

「それは付いてからのお楽しみ」


 そう言って魔女は小さく笑うのだった。

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