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④魔女暗殺計画

 その日の夕方


 台所には仏頂面の少年の姿。コトコトと火にかけた鍋の前に立っている。


 アニムスの説明によると、この館の主であるミネルヴァの身の回りの世話は下僕の仕事とのこと。食事の準備に館の掃除含む家事洗濯、風呂、トイレ掃除や庭の手入れまで全部。


 今までは眷属のアニムスが一手に引き受けていたが、下僕2号(レイン)が増えたことで仕事を分担することになった。食事当番は朝夕交替制、庭の手入れとトイレ掃除はアニムス、館内の掃除はレインといった具合である。


 そんなこんなで現在、不本意ながらレインは魔女の晩餐の支度中だ。


 目の前の鍋に入ったスープを一口飲む少年。


「うん、バッチリだ」


 どうやら出来栄えにご満悦な様子。しかしヴァンパイアハンターである彼が、ただ普通の食事を用意するはずがない。


 ポケットの中からゴソゴソと小さな小瓶を取り出すレイン。それは教会が創り出した、ヴァンパイアにだけに効く猛毒。無色無味無臭、少量でも摂取させればヴァンパイアを数時間行動不能にするという、使い勝手抜群な代物だ。


 その猛毒を小瓶丸々一つ、スープの中に流し込む黒衣の少年。いくら始祖のヴァンパイアとはいえ、これだけの毒は耐えられまい。そして動けなくなかった魔女と狂人を狩る……そう考え、ニヤリと口元を歪めた。出来上がった料理を食卓に並べていく。


 そうして食器を全て並べ終わったところで、ちょうど魔女が帰宅したようだ。


「ただいまぁ~。あら、言いつけはちゃんと守れたみたいね。偉いじゃない」


 机の上に並んだ品々を目に、レインの労をねぎらうミナ。あとからアニムスも顔を出す。


「ははぁ。なかなかの出来栄えじゃなねぇか」

「おまえが作ったものほどじゃないけどな」

「べつに比べる必要もないだろ。ただ上には上がいるってだけの話だ」

「否定はしないんだな」

「んっんー」


 そんなやり取りをしながら席につくレインとアニムス。一方、ミナは料理をじっと見つめ、なかなか席に着こうとしない。そんな魔女の様子に痺れを切らし、急かすレイン。


「せっかく作ったんだ。冷めないうちに早く食べてくれ」


 しかし魔女は答えない。代わりに手を食卓の上に翳し、瞑目。すると突然、皿の中のスープが波打ちだす。


 少年が目を丸くしながらそれを見守っていると、突然スープの中から飴玉大の大きさの透明な液体が飛び出した。それを指先に乗せ、しげしげと観察する魔女。そして緊迫した表情を浮かべるレインをチラリと見ると、その液体を窓の外に放り捨てた。


 その様子を呆然と見つめるレイン。いま魔女が捨てたのは少年が入れたヴァンパイア用の毒。なぜバレた? どうやって毒だけを抽出した? 彼女の鬼術はいったい───


 目まぐるしく思考を巡らせる少年に反して、何事もなかったように着席するミナ。


「さて、じゃあ頂きましょうか」

「んっんー。そうだなぁ」


 そのまま手を合わせる。アニムスもいつものにやけ顔でそれに続いた。


 そして2人がスープを口に入れた次の瞬間、


「ぶふぉ!?」

「……」


 口からスープを噴き出す魔女と、魂でも抜けたようにストンと表情が消えて真顔になるアニムス。ゲホゲホと咳き込みながらレインを睨みつけるミナ。


「ちょっとレイン、なによこれ!? なにか変な物でも入れたんじゃないでしょうね!? ヘドロみたいな味がするんだけど!?」

「な、ヘドロみたいな味って───おれはなにも変なものは入れてない……いや入れたけど、入れてないよ!」

「嘘よ! 普通の食材だけでこんな味になるわけがない! あなたも自分で確かめてみなさい!」

「さっき試食したけど普通だった!」

「だとしたらあんたの味覚は狂ってるわよ!」


 スープが不味いだの、なにか入れたんじゃないかなどと言い争う2人。そんな2人を仲裁しようと、アニムスが間に割って入る。


「頭に血が上りすぎだぜ、ボス。朝の残りだけど、とりあえずこれでも食べて落ち着けよ」

「む、むぅ……」


 男から差し出されたパンを頬張る魔女。続けてアニムスはレインに視線を向けると、哀れみとも呆れとも取れない静かな笑みを見せる。


「レイン、仕事の割り振りだけど……一度考え直そうか」

「……ちっくしょぉぉぉぉ!」


 もう薄暗くなった館の外にまで、少年の絶叫が木霊したとかしなかったとか。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 それから3日後


 食事当番を永久に外されたレインは、魔女を殺す手段を模索していた。不意打ちも毒も躱される。恐らく彼女の鬼術によるものだ。つまりミネルヴァを殺すには、彼女の鬼術を攻略する必要がある。


 では彼女の鬼術はなんなのか? レインは一つの仮説を立てていた。それは念動力(サイコキネシス)。そう考えれば、自分を抑え込んだ力やスープから毒を分離したことにある程度の説明が付く。


 ……たぶん。


 さて、ではどうやってサイコキネシスを打ち破るか? レインが考えたのは不意打ち+物量作戦だ。サイコキネシスというのは高い集中力を要するもの。つまり咄嗟のことには対応しにくいはずだ。さらに、一度に大量の情報を処理しきれなければサイコキネシスは本領を発揮できない。


 そこで考えた作戦はこうだ。


 まずミナが毎日外出する時間を狙い、森の中に落とし穴を設置。中にはもちろん尖らせた木々。落ちれば串刺しは避けられない。それを避けようとする魔女を、周囲から無数の毒矢が追撃。当たれば動けなくなった魔女を殺すだけ。もし回避されたとしても、そこをさらにレイン自身が追撃するといった具合だ。


 あくまで仮説に仮説を重ねた作戦ではあるが、鬼術の詳細が不明な以上、試行錯誤を繰り返すしかない。


 そんなこんなで昼の森の中。意気揚々とミナを待つレイン。枝葉の隙間から街道の様子を窺っていると、


「来た……」


 魔女がやってきた。背筋を伸ばした、優雅さすら感じさせる堂々とした立ち振る舞いだ。


 唇を固く引き結び、気合を入れる少年。次の瞬間、一瞬ミナと視線があったような気がして、目を大きく見開く。しかし特に変わった様子もなく歩き続ける魔女。レインは「勘違いだったか?」と首を傾げる。


 そうこうしているうちに魔女が真下───落とし穴の目の前までやってくる。そして、


 ボスンッ!


 魔女の足元の地面が消失。体勢を崩すミナ。同時に周囲の木々から無数の矢が放たれ、彼女を襲う。ここまでは予定通り。レインも魔女に斬りかかろうとして、


「え?」


 間抜けな声を漏らす。その目の前を、背中から白いコウモリの羽を生やした魔女が飛び去っていく。どうやらミナには飛行能力まであるらしい。つまりサイコキネシスを使うまでもなく、落とし穴も毒矢も避けられると。


「そんなのありかよ……」


 自身の努力が無に帰したレイン。どこかへと飛び去る白い背中を見つめながら、虚無感に満ちた呟きを漏らすのだった。

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