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⑬同居継続

 レインが目を覚ますと、そこは自室のベッドだった。


 カーテンの開いた窓から差し込む日差しに目を細めながら、ゆっくりと身体を起こす。


 果たして自分が倒れた後、村はどうなったのか。みんなは助かったのか? それにアニムスは?


「あら、おはよう。3日ぶりのお目覚めね」


 気が付くと、部屋の入口に魔女が立っていた。白い髪をなびかせて我が物顔で部屋に入ると、レインのベッド脇に椅子を置いて腰かける。そのままナイフを手に、器用な手つきでリンゴの皮を剥いていく魔女。


 シャリシャリとリンゴの皮を剥く音だけが、部屋に優しく響く。


「なぁ……」


 唐突にレインが口を開いた。手を止めることなく、魔女は微笑む。


「なぁに?」

「あのあと、村の人たちは……」

「助かったわよ。あなたの頑張りのおかげでね」

「……そうか」


 レインは窓の外に視線を移した。自分の手で多くの人を助けられた実感が、じわじわと湧いてくる。自分の努力が報われた、充足感。


 だが同時に、蛇男に割られた女性の頭部が脳裏を過ぎった。


 沢山の人の幸せを守れた。それは間違いない。でも、救えなかった人もいる……


 布団の上に置いた拳を、小さく握り締めた。その上に、パタパタと透明な雫が落ちる。


 そんな少年を呆れ半分、慈愛半分で見つめる魔女。小さく微笑む。


「あなたは最善を尽くした。それでも救えなかったものは仕方ないわ」

「でも───」

「まったく、クヨクヨすんじゃないわよ。いつまでも自分の手から零れ落ちたものばかり見ないの。すべてを救おうなんて、どんな超人にも不可能なんだから。それこそわたしたち始祖にだって。それよりも、こっちを見なさい」


 人を従わせる魔女の不思議な声。そんな魔法のような言葉に吸い寄せられ、ゆっくりと顔を上げるレイン。


 少年の目を真っすぐ見つめ、魔女は小さく笑った。


「あなたの目の前には、わたしがいる。あなたが命を懸けて守った魔女が。そしてその結果、多くの命が助かった。あなたは誇っていい。わたしが保証する」


 ミナの言葉はきっと正しい。失った物ばかり見ていても仕方がない。救えたもの、自分の手の中に残ったものを見る方が、きっと楽だ。しかし、人間の感情とはそんな簡単なものじゃない。


 だからレインは小さく笑った。少し寂しそうな、もの悲しさを湛えた笑み。


「ミナは強いな。おれはなかなか……そんな風には割り切れない」

「……べつに割り切ってないし、わたしが強いわけでもないわ。ただあなたより少し長く生きて、見たくもないものをたくさん見てきて、自分の弱さを知ってる。それだけよ」


 そう言ってミナは、カットしたリンゴを口に放り込む。少年はジト目に。


「それ、おれのために剥いてたわけじゃないんだ」

「当たり前じゃない。なんでわたしが働きもしない下僕のために、リンゴを剥かなきゃならないのよ。それよりあなたはいつまでも寝てないで、少しはアニムスを見習いなさい。あいつはこの3日間もせっせと働いてるんだから」


 リンゴ片手にそう言って、片眉を吊り上げる魔女。レインは小間使いに使われるアニムスを想像し、思わず笑みを零す。それを見て眉を下げたミナ。頬を朱色に染めながら、そっぽを向く。


「けど……あなたがどうしてもって言うなら、食べてくれてもいいわ」


 庭には美しい花々が咲き乱れ、2匹の蝶が踊るように舞う。小鳥のさえずりが、耳に心地いい。部屋には2人のリンゴを()む、シャリシャリという音だけが響く。静かで温かい時間。


 レインは一口かじったリンゴを見つめながら、ぽつりと呟いた。


「なあ……ミナの鬼術って、結局なんなんだ?」


 それは、ずっと胸の奥に引っかかっていた疑問。館に来てから何度も考えたが、答えは出なかった課題。今、こうして穏やかな時間の中でふと、言葉になってこぼれ落ちた。


 その問いかけに、ミナはいたずらっ子のような表情を見せる。


「う~ん、なんだと思う?」

「……おれはサイコキネシスだと予想してた」

「あら、正解」


 意外なほどあっさりと認める魔女。レインは目が点に。


「え、でもスープから毒だけ抽出したり、村の人たちの解毒をしたりって、サイコキネシスでは説明できなくね?」

「あぁ、それはね───」


 ミナの持ったリンゴが宙に舞う。その果実から、果汁だけが溢れ出した。


「わたしのサイコキネシスは粒子単位で力を働かせられる。いまのこれは、リンゴの果汁にだけ力を働かせて絞り出した。まあもちろん、繊細な力のコントロールは疲れるし、集中力も必要だけどね」


 つまり魔女のサイコキネシスは超微細な操作が可能ということ。スープに混じった毒の粒子、村人の中の毒素にだけ働きかけ、毒の抽出や解毒を行っていたのだ。


 それを聞いた少年は、思わず笑ってしまった。


 そらこんな怪物、殺せるはずがない。いままで自分が相手してきたのは、とんでもない存在だったのだ……と。


「知れば知るほど、ミナは不思議な奴だな。王者の風格を持つかと思えば、しょうもないことでおれと口喧嘩。ヴァンパイアなのに人の生活を真似るし、圧倒的な力を持つのにそれを人助けのために使う。ほんと、いままでおれが見てきたどんなヴァンパイアとも違う。おかしな奴だ」

「あら、そう?」

「あぁ、本当。変な奴だよ、おまえ」


 そう言って笑う少年。そんな少年を見つめ、ミナは含み笑いを浮かべる。


「本当にそうかしら?」

「……? どういう意味だ?」


 訝しむレイン。笑うミナの口元から、白い牙が輝く。


「人の生活を捨てないのも、人助けも、どちらもわたしの野望のため」

「野望……?」

「そう。この世界の王になるという、野望のためのね!」


 世界の……王……!?


 目を見開くレイン。その様子にご満悦の魔女は、悪魔の笑みを浮かべる。


「わたしが支配する世界! そこではヴァンパイアも人も、等しくわたしの下僕! 汗水たらしながらあくせく働いて、わたしの命令には絶対服従! わたしが白と言えば、黒いものも白くなる! そんな世界を作り上げることが、わたしの夢よ!」


「おほほほほ!」と高笑いする魔女。一瞬、呆けていたレインだが、なんだか急におかしくなって、再び噴き出した。


 わざと汚い言葉を使っているけど、つまるところミナが目指すのは人とヴァンパイアが共生する世界だ。そこではヴァンパイアも人も平等。


 一方、笑い転げるレインに魔女は眉を顰める。


「なに笑ってるのよ?」

「いや、ミナが王として君臨する世界。悪くないなと思って」

「……それ、本気で言ってる?」


 笑い涙を拭いながら、頷くレイン。


「もちろんだよ。ミナだからこそ、おれは本気でそう思ってる。けど───」

「けど?」

「けど、だからこそ……もしミナが道を踏み外したときは、おれが責任もってお前を狩る。そのために、おれはずっとお前を見張る」


 目を見開く魔女。一転、不敵な笑みを浮かべる。


「ふーん、言ってくれるわね。精々頑張りなさい。まあいまのあなたじゃ、逆立ちしたって無理だけど」

「安心しろ。いざってときは絶対に狩って見せる。どんな手を使っても」


 見つめ合う両者。その拳が、コツンとぶつかる。


「じゃあこれからも同居人としてよろしくね。下僕2号くん」

「あぁ、よろしく。ボス」

完結です。

ここまで読んでいただいた読者な方々、ありがとうございました。


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