⑪vs毒使い
「分かり合えぬならせめて、苦しまぬよう魔女ともどもあの世へ送ってやる」
紫の鱗を纏った蛇男が地を蹴り、レインに襲い掛かった。振り下ろされる腕。少年は一歩前に踏み込み、それを躱す。
同時に短刀を敵の胸に。何百という吸血鬼を屠ってきた一撃が、蛇男の心臓を襲う。
ガキィンッ
弾かれる短刀。レインは「ちっ」と舌打ちをした。鉄を刺したかのような手応え。鱗には傷一つ付かない。硬度は恐らく鋼鉄のヴァンパイア並み。
一方、自身の懐に潜り込んだ少年を見下ろすヴァンパイア。身体を捻りながら今度は手刀を繰り出す。
男の長く尖り、ヌラヌラと照り輝く爪。恐らく毒。喰らえばひとたまりもない。
しかしレインは冷静だ。顔を襲うその手刀を頭を傾け、最小限の動きで躱す。そのまま流れるような動作でポケットから取り出した液体の入った小瓶を、ヴァンパイアの目の前で叩き斬る。
周囲の炎を反射しながら、宙を舞う透明な液体。
「毒か……」
蛇男は後ろに飛んで、その液体を躱す。再び距離を取り、間合いを量る両者。
レインはこの短い攻防を通して理解していた。自分が目の前のヴァンパイアを倒せないことを。
「ふー……」
黒衣の少年は小さく気を吐く。
それでいい。倒せずとも、時間さえ稼げればいいのだ。彼の勝利条件はミナが村人の解毒を終えるまで、彼女を守り切ること。
ミナを庇うように立ち塞がるレイン。腰を低く落とし、切っ先を蛇男に向ける。
そんな少年を、感情の読み取れない瞳で見つめる毒ヴァンパイア。
「ふむ……時間稼ぎか。なら少し、趣向を変えてみるとしよう」
「……? いったい何を───」
眉を顰めたレインの目の前で、蛇男の姿が掻き消える。「ボッ!」という空気の破裂するような、奇妙な音。
次の瞬間、倒れた村人の女性の前に男が現れた。女性の顔めがけ、拳を振り下ろす蛇男。スイカでも割るかのように、女性の頭部が破裂する。
目を見開くレイン。しかし驚いている暇はない。頭部を失った女性の隣に眠る少女に狙いを定める毒使い。
「てめぇっ───」
レインは慌てて男と少女のあいだに割って入った。銀の短刀で拳を受け止める。
ズドォォォォン!
「うっ───ぐっ……!」
全身を走る衝撃。腕が、足が悲鳴を上げ、骨が軋む。視界がチカチカと明滅した。
しかし敵は休む間を与えてはくれない。拳とは反対の手から毒液を放つ蛇男。その矛先は魔女だ。
「うがぁぁぁぁ───!」
全身に鞭打ち、身体を動かす少年。毒液を背中で受け止め、ミナを守る。溶解する衣服。焼け爛れる肌。喉から溢れそうになった悲鳴を、歯を食いしばって抑える。
怒りに燃える瞳が、蛇男を睨んだ。
レインの思いはただ1つ。なにがなんでも、こいつを止める。ミナを、そして村の人たちを守る。
「うあああああぁぁぁぁ!」
自らを奮い立たせ、少年は飛び出した。
そこからはもはや少年の意地。村人を、ミナを狙う爪を、牙を、拳を、毒を、レインは身体を使って防ぐ。どれだけ心身を削られようと、1つでも多くの命を救おうと、ただ独り奮戦する。
しかしそんなレインの奮闘虚しく、死体は1つ、また1つと増えていく。だがどれだけボロボロになろうと、どれだけの命がその手から零れようと、決して少年が折れることはなかった。
「はぁ……はぁ……」
全身の筋肉が、骨が悲鳴を上げる。頬が、腕が、背中が焼けるように痛い。そんな満身創痍になりながらも、決して消えることはない瞳の光。その目を見つめた蛇男の動きが止まる。
「……?」
訝しむレイン。その目の前で男は頭上を指差す。つられて上空を見上げた少年の目が、大きく見開かれた。
そこには村を覆うほど巨大な、毒液の塊が浮遊していた。触れたもの全てを葬り去る、死の塊。
レインは即座に、自身の判断ミスに気が付く。時間を稼げばいいと思っていた。でもそれは敵も同じだったのだ。防ぐことも、避けることも不可能な一撃。戦いの最中、蛇男はその準備をしていた。
───ダメだ……守り切れない……
少年が膝から崩れ落ちた。ただ呆然と上空の毒塊を見上げる。
「君は、善良な人々の幸せを理不尽に奪う奴が許せないと言ったな?」
レインがゆっくりと蛇男へ視線を移す。
「残念だったな。君はわたしを殺せないし、彼らを守ることもできない。どうだ? 自身の無力感を叩きつけられる気分は?」
少年はただ視線を落とした。ただ項垂れ、なにも答えない。その様子に、無表情だった男の口角が小さく上がった。
次の瞬間、蛇男が腕を振り下ろす。同時に、毒液の波が村に降り注いだ。




