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⑩氷vs炎&鋼 決着

 レインが毒使いと相対している頃。


 氷の大地では相反する力と力がぶつかり合い、凌ぎを削っていた。熱と冷気、炎と氷、爆炎と吹雪。


 冷気に当てられた空気が熱で急速に膨張し、破裂する轟音。熱せられた空気が上空で冷やされ、吹き荒れる暴風。気象すら変えてしまうほどの激闘。


 恐らく、生物であればどんな存在も耐えられない。唯一、鋼鉄のヴァンパイアを除いては。


「おらおら! さっきの威勢はどうした!?」


 赤熱したキラの拳が、アニムスの脇腹を抉る。氷の鎧が溶け、抉れ、蒸発していく。


「ははぁ……はぁ……じゃあこんなのはどうだ?」


 荒い息を吐きながら、氷のヴァンパイアがキラの頭を鷲掴み。瞬く間に鋼鉄のヴァンパイアを氷漬けにする。しかし、同時に襲い来る火炎放射。


 アニムスは咄嗟に後ろに飛んで避ける。次の瞬間、炎の中からキラが飛び出した。


「おれさま復活!」

「やっぱ効かねぇかぁ」


 連続で繰り出される拳を捌きながら、狂人はニヤニヤ。


 先ほどから、こんなことの繰り返しだ。アニムスの攻撃はキラに通じない。じゃあ氷漬けで動きを止めようとすれば、後衛のノルドが炎を放つ。それならと、先に炎のヴァンパイアを狙えば前衛のキラが横やりを入れてくる。


 絶え間ない炎と鉄の拳による波状攻撃により、アニムスの身体はすでにボロボロだった。全身に亀裂が走り、身体のあちこちが欠け、抉れ、溶解している。見るも無残な姿。


 おまけに──


「もうそろそろ限界なんじゃないかしら?」


 炎の槍を降らせながら、歯を見せて笑うノルド。氷の兵士はニヤニヤ。


「ははぁ、なんのことだぁ?」

「強がっても無駄よ。あなたの氷の出力は落ちてきてる。村人が傷つくことを懸念して、あたしたちを移動させるのに使った大技。あれでかなりの体力を使ったんじゃない?」


 そんな男の問いかけに、アニムスは「んっんー」と鼻歌で答える。


 しかしそんな余裕の態度と裏腹に、ノルドの言葉は的を得ていた。


 ヴァンパイアの鬼術には打ち止めがある。鬼術を使えば使うほど体力を使うし、威力を上げればそれだけ削られる体力も多い。そして体力が尽きれば、変身体の維持すらままならない。


 特にアニムスは、巨大氷塊の生成により多くの体力を消費している。さらに激しい戦闘も相まり、限界はもう目前。


 そのため氷のヴァンパイアは鬼術の使用を最小限に、体術やステップ、間合い管理で攻撃を捌くように戦闘スタイルをシフトしていた。とは言え、こんなものは付け焼刃の戦法。じり貧であることには変わりない。


 しかしそんな絶望的な状況の中でも、アニムスは笑っていた。


「はははぁ! 楽しいなぁ!」


 氷と鉄の拳がぶつかる。キラも狂暴な笑みで応えた。


「おれも楽しいぜ! 強者との死闘! それに勝る楽しみはない!」


 殴り合う両者。氷の大地に響き渡る2つの狂った笑い。


 一方、ノルドの背には悪寒が走った。なにかを見落としているような、なにか取り返しのつかないことをしたような、そんな気配。


「ありえない」と首を振る炎のヴァンパイア。あたしたちは確かに敵を追い詰めている。ここからの逆転などありえないと、炎の砲弾を放ちながら気を取り直す。


 その次の瞬間だった。


「ははぁ!」

「うおおおおお!」


 氷と鋼の拳がぶつかり合う。そして──


 バキィッ!


 響き渡る破壊音。ノルドの目が大きく見開かれる。


「キラ!」


 鋼鉄のヴァンパイアの拳が、砕けていた。よろよろと後退りながら、真っ二つに割れた自身の拳を呆然と見下ろすキラ。


「な……んで──」

「よそ見してんじゃねぇよ」


 アニムスがキラの顎を蹴り上げる。


 ビシビシッ


 衝撃で鉄のヴァンパイアの顔に、無数の亀裂が走った。さらに追撃しようとするアニムスを、炎で牽制するノルド。急いで相棒のもとへ駆け寄る。


「大丈夫か!?」

「う──ぐっ──」


 呻き声を上げる鋼鉄のヴァンパイア。氷の大地に、哄笑が響き渡る。


「はははぁ! 愉快だなぁ! じわじわと追い詰められているのにも気が付かず、自らの勝利を疑わないバカたちを眺めるのはよぉ!」

「あなた、いったい何をしたの……!」


 怒りに表情を歪めるノルド。アニムスはニヤニヤと答える。


「低温高温サイクルって知ってるかぁ?」

「低温、高温──サイクル?」


 眉を顰める炎のヴァンパイア。


「なによそれ?」

「んっんー、知らねぇかぁ。そうかぁ」

「さっさと答えなさい!」


 おちょくるようなアニムスに、苛立ちを露わにする。狂人は「せっかちだねぇ」と肩を竦めながら笑う。


「簡単な話だぁ。鉄は急な加熱と冷却を繰り返すと脆くなる。加熱による膨張と冷却による収縮。これを繰り返すと、残留応力で微細な亀裂や疲労破壊が生じるんだ」


 愉悦に表情を歪めながら、アニムスがキラのことを指差す。


「つまりそいつは戦いの最中、身体の中からじわじわと破壊されていたんだ。本人すら気が付かないうちにな。そして限界を迎え、衝撃に耐えられずにパァンだ。オゥケィ?」

「あ、あ、あなた──」


 怒りに肩を震わせるノルド。


 彼の直感は正しかった。ノルドとキラがアニムスを追い詰めているように見えて、実はまったくの逆だったのだ。そして気が付いた時には、2人はアニムスの狂気に飲み込まれていた。狂人の手の中で踊らされる、ただの道化と化していた。


 怒りに、畏怖に、恐怖に震える炎のヴァンパイア。一方、キラは「ふっ」と小さく笑うと、立ち上がった。「キラ、逃げましょう」と呼び止める仲間の声を振り切り、敵を睨み据える。


「逃げる……? ありえねぇ。おれはこれまでの人生の中で、いま一番 (たぎ)っている。たとえ死ぬとしても、おれはお前との戦いが楽しい」

「んっんー」


 アニムスはただ笑うだけ。鋼鉄のヴァンパイアが身構える。


「行くぜ? 魔女の右腕……おれの最後の一撃、受けてみろ!」

「キラ──」


 次の瞬間、狂犬が飛び出した。歯を食いしばりながら、割れた拳を繰り出す。それを見つめ、アニムスは小さく笑った。いままでの人を小馬鹿にする笑みじゃない。どこか寂しそうな、もの悲しい笑み。


「生きててこその楽しみだろうによ」


 次の瞬間、氷の手刀がキラの胸を貫いた。満たされた表情と共に、目を閉じる狂犬。その身体がゆっくりと傾ぐ。


「アアァァァァァニィィㇺゥゥゥスゥゥゥ……!」


 仲間の死に涙を流すノルド。その身体から、怒りの炎が噴き上がった。荒れ狂う灼熱の怒りが、みるみるうちに氷の大地を融解、蒸発させていく。


 その渦巻く赤い炎を見つめ、ニヤリと笑うアニムス。


「お前は冷静なように見えて、実は直情的だ。それがおれとお前の違いで、お前がこれから負ける原因でもある」

「ほざけ!」


 手を天に掲げる炎の鎧。その背後に巨大な炎が渦巻き、収束していく。


「1人倒したからっていい気になってるんじゃないわよ……! あなたはもう限界。あたしを殺す力は残っていない!」

「んっんー、それはやってみねぇと分かんねぇぜ?」


 にやにやと笑う氷の仮面。その背後には吹雪が吹き荒れると共に、ゆらりと、黒く巨大な影が揺らめく。


 次の瞬間、ノルドの背後には巨大な炎の鳥が、アニムスの背には特大の氷狼が顕現した。


「焼き尽くせ! 赫焔翔神(フェニックス・アーク)!」

「はははぁ! 食い殺せ! 氷牙咆哮(フロスト・ファング)!」


 放たれた2匹の怪物が、両者の間でぶつかる。


 勝敗は、火を見るより明らかだった。動揺したのはノルドの方。瞬く間に炎を食いつくしていく氷狼に、唇をわななかせる。


「な、なによ、この力……! ありえない! 並みのヴァンパイアの範疇を遥かに超えている……! あなた、いったいどれほどの人間の血を吸って──」

「んっんー、おれは美食家なもんで。一部のクズを除いて、人間の血は吸わない主義だぜ?」


「例えば1週間くらい前に殺した、ガキを商品にする奴隷商の4人組とかなぁ」と笑うアニムス。ノルドはそんな言葉を信じられないといった様子。


 羽を食いちぎられるフェニックス。氷狼の目が爛々と輝く。


「ありえない。始祖でもないヴァンパイアが、人間の血を吸わずにこれほどの力を手に入れるなんて……!」

「んっんー、お前ほどのヴァンパイアならぁ、知ってるはずだぜ?」

「まさか──」

「そのまさかだ」


 アニムスがニンマリと口を歪める。


「ヴァンパイアが力を付ける方法は3つだぁ。1つ、時間経過。2つ、人間の血を吸う。そして3つ──他のヴァンパイアの心臓を食う」


 ノルドの目が驚愕に、恐怖に見開かれる。その表情を見て氷の兵士はご満悦。


「おれはお前らみたいな、ボスの心臓を狙うヴァンパイアを何人もぶち殺してきた。そのほとんどは鬼術を使える強力な個体。そのヴァンパイア共の心臓を、おれは大量に食らった。それがおれの強さの秘訣だぁ」


 舌を見せて笑う狂人。その狂気的な笑みに当てられ、ノルドは理解した。自分たちが、絶対に手を出してはいけない存在に手を出したのだと。


 次の瞬間、氷の狼がヴァンパイアを飲み込んだ。全ての炎が凍り付き、弾け飛ぶ。キラキラ舞い落ちる、氷の粒子。その降り積もったガラスのような氷の中に転がる、紅い小さな玉──ノルドの心臓。


 その紅玉をひょいと拾い上げるアニムス。「アーン」と口を開け、それを一飲み。ついでに鋼色の玉も飲み込む。


 天を見上げながら、「ふ~」と白い息を吐く氷の鎧。そのボロボロの身体が、ゆっくりと傾ぐ。


 ズシン……


 大の字で倒れるアニムス。氷の鎧が指の先から崩壊し、人間のそれへと戻っていく。


「はは……ぁ……どうやらぁ、援護に行く余力は……なさそう……だ」


 にやにやと笑いながら、ゆっくり目を閉じる金髪の青年。


「ボスのこと頼んだぜ……レイン」


 氷の大地には、先程までの嵐が嘘かのように、静寂が落ちるのだった。

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