①ヴァンパイア殺し
全13話。40000文字くらいの中編です。
丸い月が、巨大な館を影絵のように浮かび上がらせていた。森の中にたたずむ不気味な洋館。その大きな扉の前に、1人の少年が立つ。
年のころは12歳ほど。黒髪色白。夜闇に溶け込む漆黒の衣服を纏う彼の表情には緊張が見て取れる。少年は素早く左右に目を走らせると、背後に視線を向けた。すると闇に閉ざされた森の中でキラリと光が反射する。
それを確認して、正面に向き直る少年。両開きの扉に手を掛け、グッと手に力を籠める。
扉は「ギギギギ」と鈍い音を立てながら、ゆっくりとその口を開いた。まるで真夜中の訪問者を、その中に誘うように。
灯りのない館の中へ足を踏み入れる少年。警戒を怠ることなく、ゆっくりと進んでいく。と、その時だった。
「ははぁ。いらっしゃぁい」
「っ!?」
愉悦を含んだ男の声が響くと共に、館に光りが灯る。突然の光に目をしばたかせる少年。顔の前に翳していた腕をゆっくりと降ろすと、目の前に広がる光景に息を飲む。
外観から想像した通りの広々とした空間。
その中央。2階へと続く巨大な階段の前に、金髪の美青年が足を組んで座っていた。両脇に2つずつ、計4つの生首と共に。
異様な光景。少年は咄嗟に、腰の短刀に手を掛ける。青年は金色の瞳を歪めた。ニヤリと口角を上げ、4つの生首を掴んで立ち上がる。
「まあ落ち着けよ。おれはアニムスってんだ。おまえは?」
「レイン……」
「レインね。いい名前だ。ほんで、魔女の館になんの用だ? 略奪か? 殺しか?」
「あーん」と口を開け、生首からしたたる血を飲むアニムス。男の喉がごくごくと鳴る。
「……ミネルヴァ・メヴィウス……始祖のヴァンパイアを殺しに来た」
「ほーん。ボスをねぇ……とんだ命知らずがいたもんだ」
「ポォン!」と手に持った生首を上に放り投げるアムニス。かと思えば、慣れた手つきで4つの生首をお手玉のように弄ぶ。レインはそれを見ても眉一つ動かすことなく、始祖のヴァンパイアの場所を問いただした。
「それで彼女はどこにいる? 答えろ」
「ははぁっ! まさかおれが素直に答えるとでも?」
アニムスがニヤニヤと、まるで小馬鹿にするように舌を出す。その上には人間の眼球がのっていた。唾液に塗れ、表面がヌラヌラと照り輝く眼球。飴玉のように舌の上で転がす。
「そうか。なら死ね」
人間そのものをバカにするかのような男の行動。レインの眼が鋭く光ると共に、短刀を引き抜く。弾丸のように真っすぐに飛び出し、男の心臓を狙った。
人間がヴァンパイアを殺す方法は1つ。銀製の武器で、ヴァンパイアの心臓を貫く……!
男の胸を狙った神速の一撃。
しかしアニムスは自身の心臓を一突きにするその刃を、人差し指の爪一本で軽々と受け止めた。楽しそうに口元を歪める。
「銀製の短刀に、猿のように軽やかな身のこなし。いいねぇ。だが……」
次の瞬間、レインの小さな身体が宙を舞ったかと思うと、そのまま壁に叩きつけられる。
「ガハッ!?」
背中に走る衝撃で肺の空気を吐き出すレイン。すぐに立ち上がるが、目の前にいた美青年は姿を変えていた。氷の鎧を纏い、サソリのような頭部と尾を持つヴァンパイア。
「ははぁ! かかってこい! 相手になってやる!」
「ヴァンパイアは全員殺す!」
一瞬の躊躇いもなく地を蹴る黒衣の少年。蒼い鎧と、漆黒の少年が再び宙で交錯する。
繰り出された拳を紙一重で避け、カウンターの蹴りを男の腹に入れるレイン。よろめくヴァンパイアの隙を見逃さず、短刀をその心の臓へと繰り出す。
しかしその刃は男の身体に届くことはなかった。アニムスが少年の細い手首をガッチリと捕まえる。
ニヤニヤと笑うアニムス。掴まれた手首から、みるみるうちに霜が広がっていく。
「くっ!」
慌てて男の手を振りほどき、後ろに飛び退くレイン。感覚のなくなった右手を確認しながら、小さく呟く。
「ヴァンパイアの中には鬼術と呼ばれる固有能力を持つ奴がいると聞いたことあるが……お前の鬼術は氷か」
「んっんー! そう。おれの鬼術は氷だ。周囲の物質から熱を奪い、凍らせることができる。他には……」
あっさりとレインの言葉を認めるアニムス。その周囲に無数の氷の槍が形成されていく。そして、
「こんなこともできる」
吸血鬼が腕を振り下ろすと共に、それらが一斉に少年の身体を串刺しにせんと襲い掛かった。
「くっ……おおぉぉぉぉ!」
気合一声。四方八方から襲い来る無数の槍を死に物狂いで躱し、あるいは砕くレイン。しかし槍はあとからあとから降り注ぎ、少年の身体にはみるみるうちに生傷が刻まれる。
しかしそれでも、なんとか全ての槍を捌き切ったレイン。短刀を下から上に振り上げ、最後の槍を砕く。しかし限界は近い。
少年は肩で息をしながら、床に膝をついた。
その様子をじっと見るめるアニムス。
「ははぁっ。もう終わりか? あ?」
レインはなにも答えない。ただ俯き、荒い息を吐くだけ。それを戦意喪失と受け取ったアニムス。
「そうか……ならとっとと尻尾を巻いて逃げ帰るんだな」
そう言って少年に背を向けようとする。
しかしそこで、レインはニヤリと口元を歪めた。ゆっくりと腕を上げ、頭上を指差す。その動作を怪訝そうに見つめるヴァンパイア。「あ? 上になにが……」と言いかけて、
サクッ
次の瞬間、上を見上げたアニムスの額に短刀が突き刺さった。それはレインの銀の短刀。最後の氷槍を砕いた瞬間、彼は短刀を頭上に投げ上げていたのだ。
ゆっくりと背中から倒れるアニムス。ヴァンパイアと言えども生物。脳をやられれば、一瞬だが動きは止まる。倒れたまま動かないヴァンパイアに歩み寄る少年。
「尻尾を巻いて逃げ帰る? ありえない。すべてのヴァンパイアを狩り尽くすこと。それがおれの使命だ。そのためならなにもいらない……この命すら惜しくない」
そう言って短刀の柄を掴むと、一思いに引き抜く。流れるような動作でアニムスの心臓へ短刀を突き立てる。
灰になって崩壊していく青年の身体を背に、階段の方へと歩を進めるレイン。頭の中に何十、何百、何千回と言い聞かされた言葉が反響する。
『ヴァンパイアは悪だ』
『ヴァンパイアは人類の敵だ』
『ヴァンパイアを殲滅しろ』
『それがお前たちの使命だ』
『命を懸けて使命を遂行しろ』
「そうだ。これがおれの使命、覚悟だ……」
小さな呟きと共に、階段の1段目を踏みしめる。1段……2段……3段……
ゆっくり、足音を消して階段を上る少年。
そうして階段を半分ほど上ったときだった。
カツンッ……
頭上の足音にレインは顔を上げる。それと共に、階段の向こうからは1人の女性が現れた。
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