鬼灯・夢・ガイダンス
ルシファーはアザミ以外の新人隊員にも隊員証を渡した。隊員証はスマートフォンよりもやや小さく、クレジットカードのような厚さだった。しかしとても硬く、大人が全力で曲げようとしてみてもびくともしないほどだった。隊員証にはフルネームと隊員ナンバーが刻まれていた。それに加えて、名前の横にはF -と書かれていたが、アザミはそれが何を意味するのか分からなかった。
やはり憲兵隊は特別な組織なのだろうか。隊員証から異様な雰囲気が漂っているのをアザミは感じていた。確かに隊員証には最先端の偽造防止加工が施されていたが、それは異様な雰囲気の理由にはならない。理由のない何かという感じだった。
アザミたち新人隊員が隊員証を自分たちの制服についている胸ポケットにしまったのを確認して、ルシファーは話し始めた。
「じゃあ、君達の目標を改めて聞かせてくれるかな」
その言葉を待っていたかのように、パウロが大きな声で宣言した。
「さっきはサタンを殺すことが目標って言ったけどそれ嘘で、本当は夢の島に行くことが本当の目標です!」
「へえ。奇遇だね。僕もそうなんだよ」
そうパウロに話しかけてきたのは試験の時にアザミ達が戦った銀髪の男だった。以前の言動から男はパウロのことを昔から知っているようだが、パウロは男の名前すら知らなかった。
「ふ、ふーん。そうなんだ。じゃあお互いに頑張ろうな」
突然話しかけられてパウロはおどおどしながら答えた。パウロは人見知りというわけではなく、むしろ人と良い関係を築くことは得意な方だが、この男は掴みどころがないというか、少し人と変わっているというか、要するにパウロにとっては関わりづらいタイプの人間だった。
「じゃあ、これからは自己紹介の時間にしようか。まずは銀髪の君から」
少し気まずくなりそうな雰囲気を察したのか、ルシファーはそう提案した。断る理由も、そうすることで生まれるメリットもないので銀髪の男はそのまま自己紹介を始めた。
「僕の名前はヨハネ。能力は触れたものを武器に変えられる。作る武器が強力なものである程必要な時間は長くなる」
アザミは内心、それだけ?と思った。確かにそうだろう。強力な能力であることに間違いはなかったが、それでもヨハネの異常な身体能力は説明しきれない。気になってしょうがなく、ついにアザミは質問した。
「他に能力はないの?」
「あることにはあるけど、それはあまり言いたくないな。ごめんね」
ヨハネは本当に申し訳なさそうだったので、アザミはこれ以上追及する気にならなかった。二人の話が一段落したのを見て、今度はフランが自己紹介を始めた。
「名前はフラン。能力は動物を操れるけど、人は無理。私の目標は、魔女狩りの真実を明らかにすること」
「魔女狩り?」
フランの口から出た魔女狩りという言葉にアザミは首を傾げた。狩りという言葉から人の命に関わることであるのはなんとなく想像できたが、言葉の本当の意味を把握することはできなかったからだ。
「魔女狩りか……十年くらい前にこの国の隣のブラアム帝国で起きた虐殺事件だよね。被害者は数百人規模で、今も行われてるんじゃないかって噂になってる」
フランの代わりに説明をしたのはヨハネだった。フランが魔女狩りについての説明をしたくなさそうにしていたのを察したのか、自分の知識をひけらかしたかっただけなのかわからなかったが。
「ええ。そうよ。しかも犯人が捕まっていないどころか特定すらできていない。国ぐるみの行為だという噂もあるくらい、捜査は進んでないわ」
今度はヨハネではなく、ルシファーが話し始めた。彼も、魔女狩りについて何か知識を持っているようだった。
「確かに魔女狩りは現代ではありえないほど酷い事件だ。だけど、隣の国の事件をなんで調べたがるんだ?憲兵隊ではなく、ブラアム帝国で軍人なり警官なり、やりようはいくつもあったはずだが」
「魔女狩りを調べたい理由は、私の親族が被害者だからよ。一人や二人じゃないわ。私以外の全員がやられた。犯人がいずれ私にも危害を加えるだろうと思った私の母は、裕福の国の中では比較的平和だと言われているこの国へ私を避難させたの。それに、私の親族が狙われたのは何か理由があるはずだし、戻るのは危険だと思ったからこの国に留まることにしているの」
一同は何も言う気になれなかった。パウロもルシファーと同じように、わざわざ憲兵隊に入ってまでなぜ別の国の事件を調べたいんだと思っていたが、そんな事情があることを聞かされては、もはや責める気もない。
「ブルアム帝国か……確かにいい噂は聞かないね。独裁政権だし、我が国との戦争の準備を始めてるという情報もあるくらいだ」
ルシファーはこうつぶやいたが、それ以降はしばらく隊員達の間に会話は生まれなかった。何人かはこのお通夜のような雰囲気を壊したいと思ったが、変におちゃらけたことを言うのもそれはあまりに人でなしの行為であり、実行には移せなかった。
静寂を破ったのは、ルシファーの手を叩く音だった。
「なんだか暗くなっちゃったね。今日の本当の目的は新人のガイダンスだったんだ。早速始めるよ」
まずルシファーが始めたのは、自分達の自己紹介だった。
「僕の名前はルシファー。前にも言った通り、憲兵隊の隊長を務めている。憲兵隊の階級は大きく分けると二つになっていてね。一般隊員と幹部だ。幹部は隊長と副隊長二人で構成されている。少ないと思われるかもしれないが、有事の際に迅速に対応するために考えられた体制だ。一般隊員は……」
レビは近くにあったモニターに電源を入れた。ルシファーの部屋にあるものは全てが豪華だが、モニターもまた最高級の品質を誇るものだった。すると、ピラミッドのような三角形のグラフが表示された。
「このように、アルファベット順にランク付けされている。ABCDEFがあり、それぞれのランクにはプラスとマイナスという概念が存在する。新人はFマイナスから始まるが、活躍に応じて階級が上がっていくので頑張ってほしい。ちなみに、Aプラスの状態で更に実績を重ねれば、Sランクにもなれる。まあゲームのような感覚で頑張ってくれ」
なるほど。隊員証に刻まれていたF -とは、階級のことを記していたのか。隊員証を渡されたときは何が何だかわからなかったが、今の説明でアザミは隊員証についての疑問を解消した。
その後もしばらく続いたルシファーの説明を要約すると、Sランクはプラスマイナスが存在せず、他のランクにはプラス、マイナス、無印(AやBなど)に分かれており、階級は全てで十九種類あるということだった。
アザミは生まれてこの方ゲームをやったことがなかったため、ルシファーの例えは分かりづらかったが、モニターに表示されているグラフのおかげで、階級のことを理解することができた。
続いて、レビが自己紹介した。
「みなさんこんにちわ。私の名前はレビ。副隊長をやってます。そうだ、アザミくん、試験受かったんだね。おめでとう」
突然話しかけられ、アザミの顔は真っ赤になった。アザミはレビのことが好きだが、今までそれは他の人に知られることはなかった。しかし、その様子をフランが見ていた。
最後に、もう一人の副隊長でずっと奥に立っていた女の自己紹介が始まった。眼鏡をかけていて背が高く、真面目な人だという印象を与えられる。
「私の名前はベルゼ。今回の試験で入隊した新人達は今までで類を見ないほど有望な方達だと隊長から聞いております。頑張ってください」
「幹部達の能力については、最高機密の一つだからいくら隊員の君たちだからと言って明かすことはできない。許してくれ」
ヨハネは、幹部達の能力は知らなくてもいいようだが、他に一つ気になることがあり、それを質問した。
「試験で入隊した新人って言ったけど、他の方法で入隊した人でもいるのかい?」
「さすが鋭いですね。その通りです。試験で入隊したあなた達とは別に、試験なしで入隊した人がもう一人います」
今度はルシファーが発言した。
「もう少し後で登場してもらおうと思ったんだけど、存在がバレたなら仕方ないね。それでは登場してもらいましょう!どうぞ!」
パウロはなんとなく、テレビのノリに似ているなと思った。そういえば、憲兵隊には上下関係がさほどないように思える。アザミは単に敬語を知らないと言うだけだったが、他の人間が敬語で隊長のルシファーと会話しても咎められない。予想していた雰囲気と憲兵隊が大きく違ったため、肩透かしを喰らったような気分にパウロはなった。
ルシファーの呼ぶ声に応じて、もう一人の新人隊員が隊長の部屋に入ってきた。さっきアザミ達が入ってきた扉を開けて入室してきたのだが、さっきはその姿はなかった。わざわざ幹部の誰かが呼んだのだろうか。
入ってきた隊員を見て、新人達は驚いた。その隊員は、子供なのだ。アザミと同い年くらいという印象を受ける。本来ならば小学校に行っているような年齢のはずだ。なぜ命の危険があるような仕事をする憲兵隊にこの年で入隊してきたのだろう。謎は深まるばかりだった。
ルシファーに促され、特別扱いのような待遇で入隊した少年はいった。
「俺の名前はカドガン・ビガラ。一応下の名前がビガラだから、そう呼んでくれ」
「苗字があるのは珍しいよね。実はビガラくんはカドガン家っていう名家の出身で、お爺さんは憲兵隊が一回だけ天界に行った時のメンバーだったんだ」
「ええ!?」
アザミは驚いた。自分と同い年の子供が憲兵隊に入隊してくるのにも驚いたが、その子供が自分の目標でもある天界に行ったことがある人間が親族にいる人物だとは。まさに夢にも思わない出来事だろう。
アザミの驚いた声を聞いて、ルシファーは何かを思い出したように言った。
「そうか。アザミくんは天界に行くことが目標だったんだもんね。そうだ、ビガラくんとパトロールの時のペアにしておくから、天界について教えてもらうといいよ。ビガラくんは実力も一級品だ」
他の新人達より一足早くペアが決まってしまったが、当のアザミは自分の目標に少し近づいた気がして嬉しくなった。本当に少しだけだが。