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少年と悪魔  作者: sandh
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何事も楽しもう

 パウロ達は銀髪の男と”遊ぶ”ことにした。つまり、男と戦うということである。この戦いには色々な意味がある。パウロやアザミにとってはリベンジ、フランにとっては自分が召喚した動物の敵討ちといったところだろうか。もっとも、男にして見ればただの遊びに過ぎないのかもしれないが。


 そして、三人共通の思いとして、銀髪の男相手にいい戦いをして試験官に良い印象を与えたいというものがある。これに関しては利己的な側面があるが、自分の願いを叶えるために最も必要な要素の一つと言っても過言ではないのかもしれない。

 

 銀髪の男は触れたものを武器に変える能力を持っている。しかし、それを使うことなく男は真っ直ぐにアザミ達三人に突っ込んできた。能力など使わなくても勝てるとでもいうのだろうか。

 

 確かに、男は強い。前にアザミとパウロが戦った時は、手も足も出なかった。しかし今回は違う。フランという強力な味方をチームに迎え入れ、しっかり作戦も練ってきた。  


 男の爪がアザミに届くか届かないかというところで、パウロは作戦通りに能力を発動した。


 アザミ達三人以外の時間が止まった。パウロの能力の効果時間は持って五秒程度しかないので、すぐに作戦を次の段階に移行させなければならない。


 今度はフランが自分の能力を発動し、近くに一体のアナコンダが出現した。フランはそのアナコンダに向かって命令した。


 「あの男に殺さない程度で巻きついて」


 そういうとアナコンダは一目散に銀髪の男に巻きついた。能力の代償として、フランはかなり体力を消耗したようだったが、今のところ作戦はうまくいっている。あとはアザミが銀髪の男を気絶させればいいだけだが、それが一番難易度が高い。


 前回男と戦った時アザミは、身体能力を五倍にして戦った。しかし、それでも男には傷ひとつつけることができなかった。


 それを踏まえ、今度は身体能力を十倍にして男に殴りかかった。


 パウロの能力が切れた瞬間、男は驚いたような表情になった。それもそうだろう。まだ何も起こっていなかったはずなのに、気がつけば自分はヘビに体を締め付けられており、今まさに殴られようとしている。


 アザミの拳が、男の頬を強く殴った。アザミもかなりの手応えがあったようだが、一発程度では全く男には効果がないようだった。


 ただ、男が驚いているということがその表情からアザミにも読み取れた。以前戦った時よりも威力が高まっていることに動揺したのだろう。

 

 戦える、とアザミは思った。しかしそう思ったことで油断が生まれ、追撃がほんの僅かに遅れた。たった時間にして一秒にも満たなかったが、それが強敵相手だと命取りになる。


 男の顔はもう驚いていなかった。純粋に戦いを楽しんでいるという顔だった。


 笑顔のまま男は腕に力を入れたと思うと、自身の体を縛っているアナコンダを一瞬のうちに粉砕してしまった。アナコンダの締め付ける力は最大で一トン近くある。それを銀髪の男はあっさり跳ね除けてしまったのだ。


 その怪力にアザミは驚愕したが、男を自由にしてはいけないと思い、さっきと同じ十倍の力で攻撃しようとした。しかし、男は自分に伸びてくるアザミの手を簡単にいなし、逆にアザミの腹に重い蹴りを一発入れた。


 身体能力だけでなく、体の耐久性なども十倍になっているはずだったが、それでもかなり応えたようで、アザミはその場にうずくまってしまった。


 パウロも抵抗する暇がなく気絶させられた。チームで残るのはフランだけだったが、フランは最後の力を振り絞って狼を召喚し命令した。


 「あの男を気絶させて」


 動物は殺さずに気絶させることができるのかは分からなかったが、殺すのは試験としてご法度なので、この命令にした。


 狼は爪をたて、牙を剥き出しにして男に襲いかかった。しかし、狼ごときでは相手にならず、あっさりと返り討ちにされてしまった。もうフランに動物を召喚できるような体力は残っていない。もし動物を召喚できても男には勝てないだろうが。


 あたりにはアザミやパウロが倒れていた。フランもその場にうずくまっていたが、男を睨み続けていた。


 男は、フランを気絶させようとはしなかった。フランに抵抗する体力がないのは、火を見るより明らかだったからだ。

 

 「そんなに恨まれる覚えはないんだけどなあ……まあ、君達の敗因は戦い方を一つしか考えておかなかったことだね。いつも何十通りの戦い方を考えなくちゃ格上には勝てないよ」

 「まるで自分が格上みたいな言い方だな……」

 「だってそうだろ?」


 この言葉を残して男は立ち去ろうとしたが、すぐに立ち止まった。憲兵隊の隊服を着た者たちが男を止めたからだ。


 憲兵隊の人間達は、男だけでなく少し遠くにいたフランにも聞こえるように大きな声で言った。


 「今年度の憲兵隊入隊試験を終了いたします!」


 これは一体どういうことなのだろうか。試験は、森の中で三日間クラスという内容だったはずだ。それから憲兵隊が森の中での暮らしを評価して合格者を決める。それなのに、今はまだ二日目で、今中断するということは何か重大な事件でも起こったとしか考えられない。


 憲兵隊の人間達の背後から、レビが出てきた。レビは説明不足を補足するために話し始めた。


 「私はこの試験の最高責任者。つまり、ここでは一番偉い人。私の独断で試験はここで終了し、ここにいる四名を全員合格とします」

 「で、でも、なんでですか?」


 フランは思わず質問した。


 「最初は本当に三日目まで試験をするつもりだったんだけどね、この男の人が他の受験生を全員気絶させちゃったから、もう残っている受験生はここにいる四人しかいないの」

 「は……?」


 言葉が出なかった。そういえば、フラン達が男を探すために歩いていた道中、何人か受験生らしき人物が倒れているの見つけたが、あれは全て男の仕業だったのだ。アザミがなかなか他の受験生と出会えなかったのも、このせいかもしれない。


 本当に男が他の受験生を全員気絶させたとして、受験生達が抵抗しないはずがない。それなのに男は無傷だということは、それほど戦いの才能があるということだろう。


 「合格者は全員憲兵隊本部に移動して、いろんな手続きとかがあるからついてきて」


 そう言ってレビは歩き始めた。しかし、まだ気になることがフランにはあった。


 「気絶した受験生は失格になったんですよね?なのに、同じように気絶した彼らは合格なんですか?」


 フランの言った彼らとは、アザミとパウロのことだ。確かに気絶して失格ならアザミ達も失格にならなければ不公平というものだ。


 「言ったでしょう?この結果は私の独断なの」


 そのままレビは歩き始めた。気絶したままのアザミ達は当然ついていけるはずもなく、その場に倒れたままだった。


 フランはもう一度レビを呼び止めた。


 「この二人を病院に運んでください」

 「もちろん、そうするつもりだよ」


 その言葉に安心し、フランも森を出た。アザミとパウロは他の憲兵隊隊員に抱えられ、病院行きの車に乗せられた。


 アザミとパウロは病院に行くので、本部に行く車に乗るのはフランと銀髪の男の二人のはずだったが、銀髪の男はよるところがあるからと車には乗らなかった。さらに、レビも別の車に乗り込んだ。その車の中で、運転手と今回の試験について話していた。


 「今回の試験は豊作だったね」

 「ええ。あの銀髪の男が悪戯に受験生を減らしていなければ、合格者はもっといたでしょうね。それだけに、残念です」

 

 フラン、レビらが乗る二台の車は、しばらく走った後本部に着いたため止まった。


 そこでレビは言った。


 「君、あの二人が心配じゃない?ここにきたのは無駄足になっちゃうけど、手続きを始めるには合格者全員必要だし、お見舞いに行ってきていいよ」

 「いや、心配なんて……」


 一度は否定しかけたが、少し考え、それじゃあ少しだけとフランは病院に向かった。二人が行った病院は近かったので、本部からなら歩いても向かえる距離だった。


 フランは病院に着き、二人の病室に入った。


 フランが来てからしばらくして、二人はほぼ同時に目を覚ました。そして、二人はお互いの顔を見て驚く。二人の記憶は銀髪の男と戦ったところで終わっているので、なぜ病院にいるのかわからないのだ。


 それをフランが説明した。


 「私たちはあの男と戦って、あっさり負けたのよ。でも、憲兵隊の女の人の独断で、わたしたちとあの男四人の合格が決まった。元気になったら外で待っている車に乗って本部まで来なさいってサングラスの人が言ってたわ」


 そのままフランは病室を出ようとしたが、振り返って言った。

 

 「あなた達とチームを組んで、落ちでもしたら末代まで呪ってやろうとか思ってたけど、受かったわね。ありがとう」


 パウロはフランが病室を出ていったのを確認して、揶揄うような声で言った。


 「あいつ、結構良いところあるじゃねえか!案外悪いやつじゃないのかもな!もう元気になったし本部行くか!」


 二人は病院を出て、駐車場に行き黒い車とやらを探した。もちろん黒い車はたくさんあったが、その中から二人は乗るべき車を見つけることができた。


 車の近くにサングラスをかけた男が立っていたからだ。


 二人は車に向かっていったが、パウロは途中から駆け足で向かい、興奮した声で言った。


 「おいアザミ!これかなりの高級車だぜ!間違いない、一台三千万以上はする。おっさんいい車乗ってんなあ!」


 明らかにサングラスの男はイライラしていたが、それを隠しながら2人に言った。


 「そりゃどうも。私の名前はラウレン。ただの運転手ですが、ご心配なく。今までの人生で事故を起こしたことは一度もありませんから」


 その声と顔を見て、アザミは驚いた。ラウタロは、アザミが森にいた時レビと共に魔物を殺しにきたもう一人の男だったのだ。


 ラウタロはアザミがあの時の子供だということを知っていたようで、合格をおめでとう、と祝福してくれた。


 一方、銀髪の男は”寄るところ”があるのですぐには本部に行かなかった。


 その寄るところとは、山であった。この国の中で一番高く、一般人ではまず登れないというレベルの山で、この山に登りたいがためにわざわざ国境を移動してくる者もいる。


 しかし男はその山を三分もしないうちに頂上へと辿り着き、先に頂上についていたものに話しかけた。


 「無事試験に合格したよ」


 男より先に頂上についていた者は、ゆっくりと振り返った。それは一つしか目の目のない魔物だった。

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