量より質
アザミとパウロは新しいチームのメンバーを探すために、森の奥へと進んでいった。
あの銀髪の男と対等に戦えるようになるためには、誰かの力が必要なのだ。できることならアザミもパウロも自分だけで勝てるようになりたい。しかし、圧倒的な力の差を前に、もはやそんなことを言っていられるような場合ではなくなっているのだ。
「それにしても、誰もいないな……」
パウロの言葉に、アザミも同じようなことを考えていた。試験会場に集まった人々は少なくとも五十人はいたはずなのに、試験が始まってから約一日経った今、アザミが出会ったのはパウロとあの銀髪の男、二人しかいないのだ。
五十人の人間がバラバラになってしまうほどこの森が広いからなのか、それとも別に理由があるのか、原因はアザミには分からなかった。
そして、今アザミの体には異変が起きていた。
体のあちこちが痛むのだ。おそらく、能力を酷使したからだろう。アザミの能力は魔物から受け取ったものだが、身体能力を任意の倍率で強化できる。
しかしそれは、筋肉に通常の何倍も負担をかけていることになる。身体能力を強化できるとはいえ、体にかかる負担は減らせないのだろう。
アザミは銀髪の男と戦う時に倍率を五倍にして能力を使った。森で暮らしていた時、力仕事は魔物の仕事だった。だから、アザミはあまり力を使うことに慣れていないのだ。だから、すぐに筋肉痛になってしまった。
二人はかなりの距離を歩いていた。そして、アザミは少し遠くに何やら動物のようなものを見つけた。現在アザミは能力を二倍に設定して使っていたが、視力なども二倍になっているため、それに気づくことがができた。
さらに進むと、それが動物ではなく人間だということが分かった。しゃがんでいるため、小さく見えていたのだ。髪が長いので女だろうか。パウロもそれに気づいたようで、アザミに近寄ってきた。
「あいつ、どう思う?多分受験生の一人だよな」
「僕はよく分からないけど、ここにいるってことは受験生だと思うよ」
とはいえ、本当に受験生なのかはあまりアザミは自信を持っていなかった。銀髪の男もそうだったが、今しゃがんでいる女は何となく異質な雰囲気を醸し出している。
銀髪の男とは対照的な金色の髪と、魔女の服をカラフルにしたような服を女は身に纏っている。
「俺が交渉に行ってくるぜ!こういうのは得意だから任せろよ」
そう言ってパウロは意気揚々と女の元へと歩いていった。パウロは確かに言葉遣いこそ悪いかもしれないが、性格はそれほど嫌なやつでもないのだ。それをあの女だって分かってくれるだろう。
「どうもこんにちわお嬢さん。ちょっとお話があるんだけど」
話しかけ方が完全にナンパ師のそれだった。アザミは、さっき思ったことを取り消そうかと考え始めた。女もいきなり話しかけられた上にこんな話し方で、明らかに不審に思っただろう。それが態度に出ていた。
「……何?」
少なくともパウロのことを好意的に見ていないことは火を見るよりも明らかだった。それでもパウロは、ここで引き下がるわけにはいくまいと少し態度を改めて交渉に臨んだ。はずだった。
「俺たちのチームに入ってくれない?」
アザミは思わず頭を抱えた。森から出てきて日が浅いアザミから見ても、おそらくこの話し方は相手にとって失礼なのだろうと思った。さらに、女の表情が不満というか、怒気を含んだ表情へと変わり、それが爆発した。
「その態度で仲間になってくれると思うの?自分の名前も言わず、目的も言わず、ただ自分達のチームに入ってくれってだけで。ありえないわ」
歯に衣着せぬ物言いで、女はパウロに詰め寄った。それでもパウロは笑顔を絶やさなかった。
「ごめんな。俺の名前はパウロ。それで、こっちはアザミ。俺は故郷にもう一度行くために憲兵隊に入りたくて、アザミは……なんで入りたいんだっけ?」
女に指摘された部分をパウロは補足しながら話した。度重なる失言ですっかりアザミはパウロに呆れていたが、それでも全く焦りを表情に出さず、一定のテンポで会話を続けることができるパウロはやはりすごいのかもしれない。
アザミはパウロの問いかけに答えた。女の説得も兼ねているので、女にも聞こえるように少し大きめの声で話した。
「天界に行きたいんだ。そこに恩人がいるから」
「天界って何だ?」
「私も初めて聞いたわ」
アザミ以外の二人は天界の存在を知らないようだった。アザミも、魔物から聞いただけのことなので本当にあるのかどうかは謎だった。とはいえ、天界へ行くことがアザミの第一の目標なのは間違いない。
「うん……まあいいわ。私の名前はフラン」
「名前を教えたってことは、チームに入ってくれるってことだよな?」
まともに交渉していてはなんだかんだで逃げられてしまいそうだとでも思ったのか、今度はパウロはやや強引な態度に出た。
「いいえ。まだ、あなた達の目的を聞いてないもの。試験に合格したいっていうだけならこの話は無かったことに。人の力を借りて合格するなんて、後で苦しむのはあなた達よ」
「おいおい、勝手に解釈しないでほしいな。合格はしたいさ。でも他人のお陰で合格したって嬉しくも何ともねえんだよ。俺は、あの銀髪の男を一髪ぶん殴りてえだけだ」
パウロの言葉を聞き、フランの様子が変わった。驚いているというか、ハッとしたというか、とにかくまさか、と思っているような様子だった。
「ねえ。銀髪の男って、触れたものを武器にする能力を使った?」
「え?ああ。そういえば、そうだったかもな」
パウロの答えを聞いて、フランは何かを確信したようだった。
「そう。多分あなたの言っている銀髪の男と私の考えてる男は同じ人間ね」
フランはしばらく考えていた。さっきまでとは違い、絶対にチームに入らないという態度ではないようだった。
「いいわ。乗った。あなた達のチームに入ってあげる。一人の人間を寄ってたかって倒すなんていうのは情けなくて嫌だけど、今回は事情が違う。あの男、私のペットを殺しやがった」
その言葉にはかなり憎しみが篭っているようだった。その迫力には思わずアザミも息を呑むほどで、何があったのか知りたかったが、フランはその話はしなかった。代わりに、自分の能力について話をした。
「私の能力は、目の前にいる動物に命令すればその動物を意のままに操れる。ただ、どういうわけか人間は無理。操る時間も危険な動物ほど短くなるわ」
今までパウロとフランが話している様子を見ているだけだったのアザミだったが、今回は素直に疑問を口にした。
「目の前にいるっていうことは、その場にいる動物にしか命令はできないの?」
「そういうわけではないわ。一応動物を召喚できたりもするけど、三体ぐらいが限界ね。それ以上は冗談抜きで命の危険を感じるレベルでエネルギーを消費してしまう」
「いいこと考えたぜ!」
そう言ったのはパウロだった。パウロは今まで二人の話をじっと聞いていただけだったが、それは作戦を考えていたからである。
パウロの話した内容はこうだった。銀髪の男を見つけたら、まずパウロが能力を発動する。パウロの能力で自分達以外の時間を止めている間に今度はフランが能力を発動する。アナコンダのような巻きつく力が非常に強い蛇を召喚することで、男の行動をパウロの能力の効果が切れても制限できるようにするのだ。
そこまでできたらあとはアザミの出番。アザミの能力は身体能力を強化することができるので、直接的な戦闘にはうってつけである。なので、アザミは男が気絶するまで殴り続ければいい。パウロの能力と違って、フランの能力は自分が解除しようと思うまでは切れないらしい。
作戦には不備がないと思われた。三人は男を探すために出発した。
アザミは、道中に同じ受験生と思われる人間が道に倒れているのを何回か見つけ、不思議に思ったが、自分達で潰しあったのだろうと自分の中で疑問を完結させた。
しばらく森の中を歩いた時、近くの茂みから何かうめき声のようなものが聞こえた。一行は驚いて声のしたところに走ってみると、そこにあの銀髪の男がいた。
銀髪の男はもう一人の男の首を絞めており、それで男は悲痛なうめき声をあげていたということらしい。おそらく、アザミが道中で見つけた倒れている受験生達も、銀髪の男がやったのだろう。
銀髪の男は三人を見るなり、とても嬉しそうに言った。
「あれ、君たち戻ってきてくれたんだ。あと、そっちの女の子も仲間にしたの?その女の子、僕のことを操った動物で襲おうとしたよね」
どうやら、フランが言っていたことは本当らしい。フランは銀髪の男に立ち向かい、返り討ちにされたというところだろう。
「それで、君たちは僕と遊んでくれるのかな?」
パウロは能力を発動する準備をし、大きめの声で答えた。少しおっかないような気持ちを、大きい声で吹き飛ばそうとしているようだった。
「ああ。もう嫌だっていうほど遊んでやるぜ」