レッツお受験
少年と憲兵隊たちは、とりあえず憲兵隊の本土に戻ることにした。少年がこれから受ける憲兵隊への入隊試験も本土で行われるし、女と男も憲兵隊本部へと戻り、任務の成功を報告しにいかなければならない。
「そういえば君、名前は?」
「あ……」
女の問いかけに、少年は黙ってしまった。少年には名前がないのだ。森で暮らしていたときは魔物しか話し相手がいなかったので、名前の必要はなかったのだ。しかし、少年はこれから人間社会で暮らしていかなければならない。名前がないなんていている場合ではないのだろう。
「僕、名前ないんです」
「そうなの?じゃあ、私がつけてもいい?」
そういうと女はしばらく黙った。少年の名前を考えているのだろう。一方、女と同じく憲兵隊の人間である男は電話で話しながら何かを必死に謝っていた。おそらく、借り物のヘリコプターを壊してしまったことを謝罪させられているのだろう。
「じゃあ、今日から君の名前はアザミです」
「アザミ……?」
当たり前だが、初めて聞く言葉の響きに少年はすっかり心を囚われた。
「何か嫌だった?嫌なら別の名前を考えるけど」
「いや、それがいいです!」
これによって、少年の名前はアザミに決定した。
アザミたちは別の憲兵隊隊員によって操縦されてきたヘリコプターに乗り込んだ。これからアザミは初めて森の外に出るのだ。
緊張しているはずだったが、アザミはヘリの席に座った途端眠ってしまった。疲れていたのだろうか。その様子を見て、男はいった。
「……眠っていますね。それにしても、なんでこいつは憲兵隊なんかに入りたがっているんでしょう」
「理由は彼にしかわからないけど、もしこの子があの魔物を倒したのが本当なら、素晴らしい戦力になるだろうね」
そんな話をしながら、ヘリはしばらく空を飛び続けた。そして、ヘリは第一の目的地である憲兵隊本部のヘリポートに留まった。
女は眠っているアザミのことを起こそうとしたが、もうすでにアザミは起きていた。聞いたことのない音で外が満たされているのが分かっているのだろう。車のクラクションや人々の話し声など、全てがアザミにとっては初めての体験だった。
アザミたちはヘリから降りると、女がアザミに近づいてきた。
「はい。これが試験会場までの地図だよ」
そう言って女はアザミに地図を渡した。現在地である憲兵隊本部の位置が赤く示されており、試験会場は青くなっている。それに、黄色で試験会場までの道が塗られていた。女がやってくれたのだろうか。
女に連れられてアザミはエレベーターに乗って一階まで向かった。エレベーターに乗ってのもアザミにとっては初めての体験だった。
「じゃあ、私たちは報告があるからこれで。君が試験に合格できるように応援してるよ」
「あ、あの、あなたの名前はなんですか?」
「私の名前?レビだよ。試験がんばってね」
そういうとレビは部下の人間を連れて再び憲兵隊本部の中へと入っていった。改めてアザミは本部を見上げたが、周りのビルよりも本部のビルは一際背が高く、異様な雰囲気を放っている。
ビルは全てガラスでできているが、ものすごく丈夫そうだった。近くまで行くとガラスが綺麗なためか自分の顔が反射する。
そろそろ試験会場に向かおうとアザミはレビに貰った地図を取り出し、歩き出した。
地図を見ながら歩き続けたが、特に問題はなかった。本部から試験会場はものすごく簡単な道だったので、すぐに辿り着けた。交通ルールも赤信号で止まる程度のことを知っていれば特に問題は起こらないほど交通量の少ない道だった。
アザミは嬉しくなった。レビが自分のためにやってくれたからだ。アザミはレビに好意を抱いていた。元々惚れやすい性格の持ち主だったのか、初めて女に優しくされたからなのかはわからなかったが、その好意は本物だった。
「なんだよこれ……」
思わずアザミは立ち尽くした。近くに 【憲兵隊入隊試験会場】と書いてあるので試験会場に間違いないだろうが、そこは森なのだ。アザミが考えていたペーパーテストが行えるような建物はなく、アザミが魔物と暮らしていたような森しかないのだ。
どうしたものかと近くをうろうろしていると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、そこにはレビがいた。驚いてアザミは聞いた。
「なんでレビさんがいるんですか!?」
「私も今日まで知らなかったんだけどね。今年の試験官の一人は私なんだって。他の人も知らなかったみたいだよ。憲兵隊は隊長の権限がものすごく強いから、鶴の一言でキマちゃった」
レビに連れられてアザミは試験会場の中へと入っていった。
森の中に入ると、そこは確かにアザミが暮らしていたような森に似ていた。檻のように木が視界を塞いでいる。
木がない開けた場所に、たくさんの人がいた。おそらく、アザミと同じ受験生なのだろう。五十人程度は居るだろうか。
アザミもその集団に入った。周りの受験生はアザミのことをジロジロと見た。なぜ魔物と戦う死と隣り合わせの職業のいわば面接の場に、子供がいるのか疑問に思ったからだろう。
受験生達が集まっているところから少し離れた場所に、学校にある体育館のステージのような場所にスーツに身を包んだレビ達複数人が登っていくのをアザミは見た。
新しい憲兵隊隊員を迎える大切な場だからか、この時はばかりはレビもちゃんとスーツを着ている。
そして、レビはメガホンを持って話し始めた。メガホンを見るのはアザミは初めてだったので、話の内容よりもなぜ声が大きく聞こえるのか不思議に思えてならなかった。おどおどしているアザミを見て、不思議に思った受験生もいたに違いない。
レビの話の内容はこうだった。
「これから入隊試験の説明を始めます。試験の方法は簡単、この森の中で三日間暮らしてください。最後まで暮らしていることができた方達の中から、私たちが憲兵隊隊員を選抜します」
一人の受験生が手を挙げた。
「選抜っていうのは、何をするんですか?」
これに答えたのはレビではなく、隣に立っていた大男だった。レビからメガホンを受け取ると、なぜだかメガホンが小さく見えた。
アザミがまだ子供だとはいえ、アザミの二倍は背丈があった。身長が高いばかりではなく、筋肉なのか脂肪なのかはわからなかったが体の体積も大きかった。
「その三日間の中で受験生が憲兵隊の隊員としてやっていけそうな素質があるか、我々で協議します。その内容は主に三つ。対応力、戦闘力、判断力。それを私たちは試験のビデオを見て考えます」
大男は近くにあったモニターを片手でバンバン叩いた。あれで試験の様子を見るのだろう。
大男から再びメガホンを譲り受け、今度はレビが話し始めた。
「受験生同士で戦ってライバルを減らすのも一つの手ですよ。それに、受験生同士でチームを組むことも認められています。では頑張ってください」
そういうと近くに立っていた大男は銅鑼を鳴らした。思わず耳を塞ぎたくなるような大きな音だったが、他の受験生達は雪崩れ込むように森へと入っていく。何もそんなに急がなくてもいいのにと思ったが、アザミも他の人と同じように森の中へと入っていった。
森の中はまさにアザミが魔物と暮らしていた場所と同じだった。生えている植物や、木になっている果物など、全てが一緒なのだ。
なぜこうも一緒なのか疑問に思ったが、とりあえずアザミは一日目を無事乗り越えるために、食べ物を探し始めた。
ある程度食料が集まったときに、アザミは思わず口を開いた。
「これだけあれば大丈夫だよね」
アザミは魔物に話しかけたつもりだったが、アザミはすぐに理解した。魔物はもういないのだと。