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少年と悪魔  作者: sandh
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珍しいお客

 とても深い森だった。あたりには普段街で暮らしている人間には想像もできないような珍しい姿形をした植物が生い茂っており、少し目を凝らしてみると小さな虫が忙しなく動き回っていた。上を見ても背丈の高い木が屋根のように密集しており、ほとんど空は見えず、日光も入らないので一日中森の中は薄暗かった。

 

 その森には一人の少年が暮らしていた。髪は黒く痩せ細っており、不健康そうな印象を人に与えた。背丈は小学六年生くらい。身につけているものは服というよりボロ雑巾という方がふさわしく、それは服として最低限度の役割を果たしているに過ぎなかった。少年はまだ赤子だった時からこの森にいるが、大自然のこの森で人間が生きていくのはとても難しいことである。

 

 ではなぜ今まで生きてこられたのか。それは、ある存在からずっと守られていたからである。その存在は自分のことを魔物だと言った。体は確かに大きいが、多くの人が想像するような恐ろしい風貌とは違い、人間に近かった。それでも、何か人間と違うということはわかる。彼がいうに魔物とは、食物連鎖から外れた存在であり他の動物よりもワンランク上の存在だそうだ。食物連鎖から外れたというのは、別に食事をしなくても生きていられるということである。

 

 彼は自分のことを多くは語らないが、少年が聞けば大抵のことは答えてくれる。なので、少年はいろいろなことを質問する。

 

 「魔物は君以外にもいるの?」

 「もちろんいる。ここには私しかいないが、外の世界にな」

 「外の世界?」

 「この森の外のことだ。魔物は外の世界では駆除対象なのだ。だから逃げてきた」

 

 この時、初めて少年は外の世界というものがあることを知った。それからというもの少年は以前よりも頻繁に魔物に質問をするようになり、いつか外の世界に行ってみたいと思うようになった。

 

 少年と魔物には名前がなかった。だが、彼らは不便だと思うことはなかった。なにしろ話せる生き物は二人しかいないのだから。

 

 ある日、いつもと同じように二人は食べられそうなものを探していた。動物を仕留めるのは魔物の役目、植物などを集めるのは少年の役目となっていた。

 

 魔物がこの森に初めて来た時、死にかけの赤子を見つけた。それが少年である。それから魔物は少年に言葉を教え、食べられる植物の見分け方を教え、今日まで育ててきた。なぜ魔物が育ててくれたのか少年は疑問に思うことがあった目の前で死にかけている子供を放っては置けないという正義感からか、それとも単に話し相手が欲しかったからなのか、他に別も目的があるのか。少年には分からなかった。

 

 少年は改めて質問した。

 

 「なんで魔物は駆除対象なの?」

 「魔物は凶暴で、自分の楽しみのためだけに人を襲うからだ。人間にとっては危険生物以外の何者でもない」

 「でも君は僕を襲わないじゃないか」

 「魔物にも種類がある。ただの魔物と、守護者として作られた魔物の二種類がある。私は後者だ」

 

 言葉を教えてもらっているとはいえ、それはあくまで基本の言葉。守護者や校舎という言葉は少年には些か難しかったようで、うまく理解できていないようだったが、それでも会話を続けた。

 

 「守護者って何?」

 「人を襲う魔物から人を守るために神に造られた魔物のことだ」

 「人を守ってくれる魔物がいるなら、うまく利用できればいいのに」

 「そう簡単なことではないのだよ」

 

 そんな話をしている時、空から大きな音がした。飛行機のエンジン音だった。少年は飛行機の存在は知っていたので驚いたり取り乱すようなことはなかったが、まだ飛行機自体を見たことはなかった。

 

 そのまま通り過ぎるだろうと少年は思ったが、その考えとは裏腹に飛行機のエンジン音は徐々に近づいてきた。

 

 ズドン、という大きな音が鳴った。驚いて少年が音のした場所に目をやると、あたりには煙が漂っており、近くにはボロボロになったヘリコプターの残骸が横たわっていた。空を飛んでいたのは飛行機ではなくヘリコプターだったらしいが、墜落したのだ。

 

 そこから二人の男と女が出てきた。少年は生まれて初めて聞いたような大きな音に驚き、どうすれば良いのかよく分からなかった。うまく物事を考えられなくなっていたのだ。

 

 少年と同様に魔物も墜落したヘリコプターを見つめていた。そして、ヘリコプターの残骸を押し退けて二人の男女が出てきた。


 その二人は、何となく異様な雰囲気を醸し出している。その様子を見て魔物は、森の奥へと飛んでいってしまった。

 

 呼び止める暇もなくとてつもないスピードで逃げていった魔物を追いかけようと少年は思ったが、ヘリコプターから出てきた男女の二人組のことも気になり、しばらく男女の様子を見ることに決めた。

 

 二人の会話の内容が聞こえてきた。先に話し始めたのは女の方だった。

 

 「せっかく用意してもらったヘリだったのに……操縦下手すぎじゃない?」

 「しょうがないでしょ。資格を持ってるだけで、まともに飛んだことなんてないんだから。それに、森に傷一つも付けないで着陸するなんて無理ですよ。それにしても、魔物はどこかに逃げたようですね」

 

 どうやら女の方が上司の立場にあるらしく、男の方は常に目をキョロキョロさせていた。二人ともなぜかは分からないが魔物を探しにきたようだ。男は眼鏡をかけており、服装はスーツで、真面目そうな雰囲気だった。反対に女の方はスーツこそ着ているが乱れており、忙しいのか手入れなどまるでしていないような感じだった。

 

 その女は少し辺りを見回すと、偶然少年を見つけた。魔物が出るような森になぜまだ小さい少年がいるのか、不思議に思ったに違いない。女は少年に声をかけた。

 

 「こんにちは。こんなところで何をしてるの?」

 「僕は生まれた時からここにいる」

 「……へえ。じゃあここに住んでる魔物のことは知ってるかな?」

 「あんたたちは誰?」

 

 少し女は黙った。少年に聞かれて素直に自分の身分を言ってしまっていいのか、考えているのだろう。しかし、すぐに女は口を開いた。

 

 「私たちは憲兵隊という組織の人間。ここに住んでいる魔物を駆除するためにやってきた。もう一度聞くね。魔物について何か情報を知っていますか?」

 「知らない」

 

 咄嗟に少年は嘘をついた。生まれて初めてついた嘘だった。そして、魔物の跡を追って森の奥へと走り出した。

 

 「おい!」

 

 男は少年を止めようとしたが、それを女が遮った。

 

 「少し泳がせよう。闇雲に探すより、あの子を追いかけた方が簡単に見つかるかもしれない」

 

 息を切らしながら少年は走り続けた。魔物がどこにいったかまるで見当がつかないが、それでもただひたすら走り続けた。

 

 魔物が殺されてしまうかもしれない。少年としてはそれだけは絶対に避けたいことだった。魔物は自分がまだ幼かった頃から育ててくれた恩人だ。口に出したことはないが、そのことに少年はとても感謝していた。

 

 だから少年は、自分の力で魔物を助けたいと考えていた。魔物を見つけたところで、何もできないかもしれない。

 

 どれくらい走っただろうか。もう十年以上は住んでいる場所なのに、初めて見るような場所に少年はたどり着いた。いつも少年が暮らしている緑の葉をつけているだけの木しかない場所とは違い、そこは美しかった。色とりどりの花が咲き、辺りには蝶も飛んでいた。

 

 そこに魔物がいた。

 

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