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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白峰に鶴は舞う

作者: 雪柳 司

「百合だけど百合じゃなくて、百合に目覚めそうな女の子の恋愛が読みたい!」

という希望を受けて書き上げた恋愛短編です。

お嬢様と庶民の主人公の中で生まれる価値観の違い、お嬢様ならではの悩みに振り回される主人公の行く末を、微笑ましく見守っていただけると幸いです!

白峰(しらみね) 瑞姫(みずき)様でございますね。本日より貴女様のご帰宅される場所はこちらではなく、鶴ケ崎(つるがさき)邸となります」


 学校の入試テストを終えて帰宅したら、ドラマや映画に出てきそうな黒服サングラスのおっかない人達にそう言われ、私の部屋の荷物がせっせと外へ運び出されてしまっていた。


「頑張ってね瑞姫! お母さん、応援してるからね!」


「鶴ケ崎財閥からのスカウトなんて、凡人は一生巡り合わないチャンスだぞ! 頑張れよ!」


「お姉ちゃんメイドさんになるの!? いいなぁー! めぐもフリフリのお洋服着たーい!」


「姉ちゃん姉ちゃん! たまには帰ってきてくれるよね!?」


「え、えぇ……?」


 何も分からない私とは対照的に、すべて理解した上で謎の声援を送ってくれる家族。

 私はもう、その場に立ち尽くすしかできなかった……。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 現代の日本には、貴族社会という言葉は廃れて久しいと思っていたけど、こうして大豪邸に連れてこられて目が痛くなるような煌びやかな家具を目の前にすると、やっぱり貴族ってまだいるんじゃないかって思えてしまう。


「……以上が、瑞姫様を採用させていただいた理由となります」


 しまった。黒塗りの高級車から始まって、ここは東京駅かなとか勘違いできそうな大豪邸に呆気にとられていたら、私が財閥の人に目を付けられた理由を聞き逃してしまっていた。

 とりあえず、適当に誤魔化しながら聞き直してみよう……。


「ええと、私に何を期待されているのか分かりませんが、私はどこにでもいるような女子中学生でして」


「その点は承知しております」


 メイドさんはどこからか手帳を取り出すと。


「白峰瑞姫、二月十八日生まれの満十五歳。身長百四十九センチの小柄な体形に、オレンジ色のショートヘアが特徴的。最近は誕生日プレゼントとして友人から貰った、黒のカチューシャを愛用中。

 家族構成は父母共に健在で、三歳ずつ離れている妹と弟が一人ずつ。成績は中の上、運動神経は良好。クラス内では面倒見のいい姉としてのポジションを確立しており、帰りの遅い両親に代わって兄弟の食事の面倒を見るため、部活動及び委員会活動は三年間を通して無所属」


「はぇ!? ちょっ、なんでそんなこと知って」


「高校進学後はバイトに打ち込み、少しでも家計の足しになれればと考えていたところ、柏陽(はくよう)女学院の特待生枠で入学できれば経済的負担を抑えられると判断し、本日受験。鶴ケ崎家現当主である(れい)様の計らいによって当日の内に合格発表となり、現在に至っております」


 手帳をパタンを閉じ、メイドさんはやや感情の薄そうな瞳をこちらに向けた。


「ごくありふれた、低所得家計に生まれた一般女子生徒。それが瑞姫様でございます」


「わ、私の、プライベート筒抜け……」


「先ほども申し上げました内容の一部繰り返しとはなりますが、そんな瑞姫様だからこそ、瑞姫様にしか依頼できないお仕事もございます」


 私がその仕事について言及するよりも先に、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。

 メイドさんが「入りなさい」と言うと、扉を開けて別のメイドさんが姿を現した。


「お待たせいたしました、メイド長。瑞姫様の仕事着の準備が整いました」


「丁度良かったです。こちらへ」


 どうやら、私に説明をしてくれていた人はメイドさん達の中でもワンランク偉い人みたい。

 秋葉原とかにはいなさそうな、本物のメイドさんの雰囲気に少し感動していた私へ、メイド長さんが一着の服を見せつけてくる。


 それは、彼女達が身に纏っているものと寸分変わりのない服。

 ――つまり、メイド服だ。


「瑞姫様にはこちらを着用いただき、当家に住み込みで我らが主である鶴ケ崎嶺様にお仕えしていただきます。そして、瑞姫様にお任せしたい業務は……嶺様のご友人兼身辺警護、及びスケジュール管理となります」


「い、いやいやいやいや!? えっ!? なんっ、え、えぇ!?」


「それでは瑞姫様、失礼致します」


「ちょわああああ!? 待って、脱がそうとしないで! 脱ぎますから、自分で脱ぎますからぁ!!」


 必死に抵抗を試みるも、メイドさん達は慣れた手つきでテキパキと私を脱がせてしまう。途中からもうどうにでもなれとか思いながら流れに身を任せていると、再び扉がノックされ、透き通るような綺麗な声が聞こえてきた。


「メイド長、いるかしら」


「はい、こちらに。ですが嶺様、今は例の瑞姫様のお召替え中でございまして」


 そう言い終えるよりも早く、扉が開かれる。

 中に足を踏み入れた人物――私が仕えることになるというご主人様は、薄花色のきめ細やかなロングヘアに、同じ色の瞳を柔らかく細めているスタイル抜群の美女だった。

 彼女はほぼ下着同然の私の体をしげしげと観察し始めるが、そんな彼女をメイド長さんが優しく窘めた。


「嶺様、瑞姫様はまだお召替え途中となっております。今しばらくお待ちくださいませ」


「それはごめんなさい。ですが、どうしても待ちきれなくて」


 嶺と呼ばれた女性は、私に向けて柔らかく微笑み。


「初めまして、白峰瑞姫さん。私が鶴ケ崎嶺です。貴女の経済的問題は全て私が解決しますので、私の友達として、時にはお世話係として。私を手助けしてくださると嬉しいです」


 そう言って、手を差し伸べてきた。

 メイドさん達は数歩後ろへ下がり、視線で握り返すように促してくる。

 初対面で、しかも相手は財閥のお嬢様なのに、貧相な私の下着姿で挨拶をしてしまうのはどうかと気が引けたけど、今さら取り繕う物も取り繕えないし、諦めてその手を握ることにした。


「えっと、白峰瑞姫です。正直、私なんかが嶺さん」


「嶺様です」


「す、すいません……。嶺様のお役に立てるか分かりませんが、家にお給料を送ってもらえるって話しみたいですし、できる限りの努力はしようと思います」


 いくら支払われてるのかは分からないけど、車の中でそんな話があったような気がするし、学院に通わせてもらえる条件がこれって言うなら私も頑張らないといけない。

 そう決意した私に、嶺……様は嬉しそうに微笑んだ。



 ☆★☆★☆★☆★☆



「完全無欠のお嬢様の補佐。そう思って気合い入れてたんだけどなぁ……」


「みーずきー。聞いてますかー?」


「はい、聞いてますよ嶺様ー」


 嶺様が求めていたのは、友達よりさらに距離の近い存在――家族だったと知ったのは、私が鶴ケ崎家に仕えるようになってから二か月が経った頃だった。


 最初はメイドとしての作法や嶺様の身の回りのお世話に四苦八苦しながら頑張ってたけど、慣れてくると大したことは無く、兄弟達のお世話とそんなに変わらなかった。

 嶺様の身辺警護って話も、単に学園内で嶺様が高嶺の花と言われていることから、一人寂しくご飯を食べることが無いように一緒に食べるだけだし、彼女のスケジュール管理って内容も、予めメイド長さん達が調整してくれたスケジュールに沿って嶺様を案内するだけ。


 そして、大本命である彼女の友人役に至っては……。


「瑞姫ー、あーんしてください」


「嶺様、外でこんなことをしているのが見られたら怒られますよ?」


「いいのです。それより、あーんはまだですか?」


 私の膝枕に頭を乗せ、餌を待ち侘びる雛鳥のように口を開ける嶺様に、メイド長さんお手製の甘い卵巻きを入れると、毎日食べているにも関わらず嬉しそうに頬を緩ませた。

 普段は財閥の令嬢足らんと、自らを律して誰に対しても優しい憧れのお嬢様を演じているけど、こうして生徒会室を占拠しては私を呼び出し、毎日私に甘えてくる子どものような姿に、最早友人ではなく母親か何かを務めているのではないかと思い始めている。


「どうかしましたか?」


「いえ、何でもありません」


「嘘ですね。絶対何か考えていた顔です」


 嶺様はそう言うと、両手を伸ばして私の顔を包み、自身の顔を見るように固定してきた。


「瑞姫」


「はい」


「瑞姫は、私のことどう思っていますか?」


「どう……と言いますと?」


「そのままの意味です。貴女から見て、私はどう映っていますか?」


 これは何か、試されているのかな。

 だとしたら、当たり障りない言葉を選んでやり過ごすのがベストだと思う。


「そうですね……。嶺様は普段から鶴ケ崎財閥を継ぐお方として、常に努力を続けておられる立派な方だと思います」


「それから?」


「えぇと、学院内でも生徒達からの羨望の眼差しを受けておられて、高嶺の花と言われるほどに評価の高ぶっ」


「私が聞きたいのは、そういう事ではありません」


 頬を押しつぶされて変な声が出た私に、嶺様は少しムッとした表情を向けている。


「では逆に、私が瑞姫をどう思ってるか言いましょう。よく聞いてくださいね」


 彼女は両手を自分のお腹の上に戻すと、すらすらと言葉を並べ始めた。


「瑞姫はお姉さんのように優しくて、一緒にいるとどんどん私がダメになってしまっているように感じられるほど甘やかしてくれます。ちょっとツンとした顔ですけど、実際はそんなことなくて、家族思いのどこまでも優しい子です」


「それは、甘やかさないで欲しいと言う事ですか?」


「逆です。もっと甘やかしてください。私は癒しが欲しいのです」


 拗ねたように言う嶺様が可愛らしくて、小さく笑ってしまう。

 そんな私に笑い返しつつ、嶺様は続けた。


「急に鶴ケ崎に来ても、自分がやらなきゃいけないことをしっかりと把握して、こうして私を献身的に支えてくれるいい子です。そんな瑞姫に毎日癒されています」


「それは何よりです。毎日膝をお貸ししている甲斐がありました」


「この膝はもう私の物ですから、彼氏ができても貸してはダメですからね?」


「分かりました」


 嶺様からの評価が思った以上に高くて、つい嬉しくなってしまう。

 これからもできる限り、人前で気張りすぎてしまう彼女の息抜きになってあげようと考えていた時、ふと嶺様が発した単語が頭をよぎった。


 私に彼氏ができても、膝を貸してはいけない。


 私に彼氏ができることは、女子生徒と女性教員しかいないこの学院にいる間はあり得ないとは思う。

 でも、嶺様はどうなんだろう。嶺様は時々、社交界の場に出なくてはいけない身分だし、そこで縁談なんかも持ち出されることも十分あり得るはず。私はよく分からないけど、身分が高い人って結婚することになったら学業なんかより家庭の保守に入らなきゃいけないとかどこかで聞いたような気がする。

 今のところ、彼女からそういった話は全く聞いていないけど、いずれは聞くことになるのかな。


 そうなったら、私はどうなるんだろう。


 少なくとも、嶺様が癒しを求める先は彼氏の方になるだろうし、あの大豪邸からも出て行ってしまうんだろう。そうなれば、私の必要なんか無くなるわけだし、私を雇用する理由も無くなってしまう。

 そこまで考えて、内心で溜息を吐いてしまった。


 そう、結局はお嬢様の気まぐれなんだ。

 そもそも私と嶺様は二歳差だし、三年生である嶺様は来年で卒業となることから、今年一年で私がお役御免になるってことだとは理解はしていたつもり。


 それに具体的な金額は分からないけど、たまーに親から旅行に行ってきたって写真が送られてくるくらいには振り込んでくれているみたいだし、学院からは特待生枠で入学させてもらえてるから、私が解雇されても学院には残れるはず。

 家の生活苦もある程度緩和されてるし、一年の住み込みバイトって割り切れば十分すぎるくらい稼がせてもらえたとも考えられるよね。


「瑞姫ー?」


「え?」


 そんなことを考えていたら、私を呼びながら嶺様がペチペチと頬を叩いてきていた。

 ぼんやりしていた視点を嶺様に合わせると、彼女はどこか心配そうな表情を浮かべている。


「大丈夫ですか? 全然反応がなかったので、目を開いたまま眠っているのかと思ってしまいましたよ」


「あー、いえ、大丈夫です。すいません、ちょっと考え事をしてまして」


「考え事? あ、もしかして彼氏のことですか?」


「彼氏ー……まぁそうですね、そんなところです」


「わぁ! 瑞姫に彼氏ができるのですか!? 私にも紹介してください!」


「いやいや! そんな相手もいませんし、予定も無いですよ!」


「えぇ? では何故彼氏のことを」


 問い詰めてくる嶺様の言葉を遮るように、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

 これ幸いと急いでお弁当を片付け、いつも通り一足先に生徒会室を出ようとする。


「では嶺様、また放課後にお迎えに上がりますので!」


「あ、ちょっと瑞姫ー!」



 ☆★☆★☆★☆★☆



 生徒会室に残された私は、瑞姫が言っていた言葉を反芻(はんすう)します。

 瑞姫が彼氏のことを考えていたということは、反応から見て間違いないでしょう。しかし、それは瑞姫自身のものでは無さそうにも見えました。

 と言うことは、誰かのことを考えていたと見る方が適切でしょう。


 お弁当の残りを急いで食べながら考えを続けている内に、やがて一つの仮説に辿り着きました。

 もしかして瑞姫は、私に彼氏ができたら自分はどうなるのか……と考えていたりしたのではないでしょうか。


 そうであれば杞憂ですが、あの子の立場になって考えてみれば、確かに将来の不安を煽るにはこれ以上ないくらい相応しい理由でしょう。瑞姫は自分が私の気まぐれで拾われたと思っている節がありますし、私に彼氏ができたら解雇されてしまうのではと考えるのも、無理は無いかもしれません。


 水筒のカップに残っていたお茶で胃の中へと流し込み、生徒会室を後にしながら私は一つ、彼女を試してみることに決めました。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 衣替えも済み、まもなく夏真っ盛りとなりそうなある日の夜のことだった。


「ごめんなさい瑞姫……。面倒を掛けますね」


「いえいえ。嶺様こそ、日ごろの疲れが出てしまったのでしょうとお医者様も言っていましたから、今日はゆっくりと休んでください」


 嶺様が発熱で体調を崩し、招かれていたダンスパーティを急遽欠席することになってしまった。

 メイド長さんに聞いた話では、このダンスパーティは上流社会に生きる人達にとって重要なコミュニティ生成の一環も担っているほどらしく、嶺様も去年までは毎年参加されていたのだとか。

 そんな重要なパーティをドタキャンしてしまうと言うことは、鶴ケ崎としても流石に多少の痛手になると言っていたけど、嶺様だって人間なんだし、体調を崩してしまったことを責めるのもまた酷な話だと思った。


 ベッドでぐったりとしている嶺様に失礼しますと告げてから、額の上の氷枕を取り換えると、嶺様は小さな声で「ありがとう」と言いながら微笑んでくれた。


「今年は東雲(しののめ)銀行の御曹司が来るからしっかりしないとって思ってましたが、こんな体たらくでは見せる顔もありませんね」


「鶴ケ崎代表としての嶺様も大事ですが、私個人としては主である嶺様の方が心配です。あまり気に病まず、体調を整えることを最優先にしましょう」


「ふふ、瑞姫はこういう時でも私の心配をしてくれるのですね」


 そりゃあ、嶺様は私なんかよりもずっとずっと優秀で、生まれも何も違うスーパーお嬢様だけど、どこか危なっかしいところもある甘えたがりな妹みたいなものだから。

 ……なんて口にしたら、メイド長さんにこっぴどく怒られそうな思考を隠し、優しく微笑んで言葉を返すことにする。


「嶺様だって人間なんですから。体調が悪かったり気分が落ち込む時だってあるでしょう」


「そう言ってくれるのは瑞姫だけですよ」


 そんなことを言いながら力なく笑う嶺様は、寂しそうに見えた。

 これも聞いた話だけど、嶺様は小さな頃から鶴ケ崎財閥の跡継ぎとして、帝王学や経営学を始めとした教育をこれでもかと詰め込まれていたせいで、親と過ごす時間よりも担当の先生と過ごす時間の方が多くなってしまっていたらしい。

 そのせいで親とは疎遠となっていた嶺様だったけど、そこへ畳みかけるように父親が不審な事故死を遂げてしまい、父を失ったショックで母親が狂って廃人となってしまったのだとか。


 幸い、その頃には嶺様も十三歳となっていて、鶴ケ崎グループの支援を受けながらなんとか軌道に乗せなおすことに成功し今に至っている訳だけど、子どもの頃から十分な愛情を受けることができなかった嶺様は、ずっと寂しいという感情を押し殺して過ごしていたみたいだった。


 そこへ、何の偶然か分からないけど私という存在が目に留まり、こうして傍に置いて癒しを求めようとしているって話らしいけど、正直スケールがあまりにも違い過ぎて、庶民の私にはなんとなくくらいにしか共感ができなかった。


 そんなことを考えていると、嶺様が天井ではなく私を見ていたことに気が付いた。


「どうかしましたか嶺様? 何か、飲み物でも取ってきますか?」


「いいえ、大丈夫です。それよりも」


 嶺様はそこで言葉を切ると、掛布団の中から私の腕をびっくりするくらいの力で引き寄せてきた!


「わぁ!? 嶺様、何――」


 そのままベッドに引きずり込まれて嶺様に馬乗り状態にされてしまい、何をするんですかと口にしようとしたけど、私を覗き込む嶺様の表情を見て言葉を紡ぐことができなかった。


 理由は簡単だった。

 いつも優しい色を携えている嶺様の瞳に、大粒の涙が溢れ始めていたからだ。


「瑞姫」


「は、はい」


「瑞姫は時々、そうやって自分は違う世界の生き物だって顔をしますよね」


 声を震わせながらも、有無を言わせないような力強い問いかけに、否定ができない私は黙る外ない。

 事実、私は嶺様の暮らしや仕事ぶりなどを見ながら、これまでも何度もそう考えてしまうことがあった。


 メイド長さんの言葉を借りるなら、私はただの低所得家庭に生まれた一般女子。

 それに対して、嶺様はスーパーお嬢様。

 比べるまでも無いその差を考えていたことを、嶺様に気取られてしまっていたみたいで、私は罪悪感に襲われる。


「瑞姫にとって、お金や権力があることはそんなに重要ですか?」


「それ、は……」


 そうだ、とは答えられなかった。

 もし答えてしまったら、嶺様が今にも壊れてしまいそうな気がしてしまったから。


 でも、私の沈黙を肯定と受け取ってしまったらしい嶺様は、私の顔に涙を落としながら言葉を続けた。


「そうですよね。瑞姫はあの入試の日も、スーパーの特売に間に合わせるように走って帰っていたくらいですし、家庭の金銭事情が苦しかったから特待生枠を望んでいた訳ですもんね」


 嶺様らしくない棘のある物言いに、視線を逸らして彼女から逃げようとするけど、嶺様がそれを許してはくれなかった。

「目を背けないでください」と鋭く言われ、ゆっくりと視線を戻すと。


「瑞姫、答えてください。貴女にとって、家族とは何なのですか? そこまで自分を削ってまで、支えたい物なのですか?」


 そこで言葉を切り、鼻を啜った嶺様は。


「私がお金持ちで、何でも持っているから距離を置くのですか? 私と貴女は、同じ世界では生きられないのですか? 私は、貴女の家族にはなれないのですか……?」


 本当に辛そうで、胸が潰されそうな表情を浮かべながら、そう問いかけてきた。

 この問いには、私は何と答えればいいのか全く分からない。

 それでも、一つだけ謝らなきゃいけないことは確かなんだと思えた。


「……ごめんなさい、嶺様。嶺様が言っていた通り、私は嶺様とは違う世界に生きていると思っていました。こんな、ウチが何個入るか分からないくらい広いお屋敷に住んでいて、望むものは何でも手に入るくらいお金があって、受験生一人を合格させるくらいどうと言うこともないほどの権力も持っているお嬢様と、ただの一庶民である私で劣等感から壁を作っていたのはその通りです」


 嶺様は何も言わず、私の顔を見下ろしながら時々鼻をぐずらせている。

 かなり失礼なことを言っているのに何も言わないと言うことは、私が思っていたことを受け入れてくれようとしているのだろう。


「だから、最初というかここ最近までもずっとでしたが、私は嶺様の気まぐれで学院に入学させてもらえて、その条件として友達をするようにって、まるで私が物扱いのようだと思っていました。暇な時の遊び道具をお金で買って、不要になったら捨てられる。そんな立ち位置なのかなって」


「それで?」


「以前、メイド長さんに嶺様の話を聞いた時に、考えを変えるべきだったんです。嶺様が私を選んだ理由は分からないけど、嶺様は本当に家族という温もりが欲しくて、その作り方が分からなかったからこういう形を取るしかなかったんだって」


 私の考えが間違いじゃなければ、嶺様は嶺様なりに前に進もうとしていたんだと思う。

 家族とは何か。不器用だけど彼女なりの優しさと配慮を持って、幼い頃に得られなかったその答えを求めようとしてた。


 それを、お金持ちのお嬢様の道楽だと切り捨てて壁を作っていたのは、私の非に外ならない。

 私がもっと、嶺様とちゃんと向き合っていれば、嶺様が今日みたいに体調を崩すことも無かったんだろう。


 今さらながらにそう考えを改めて、まっすぐ嶺様を見上げながら言葉を紡ぐ。


「私はこれから、嶺様とちゃんと向き合いたいと思います。嶺様がお嬢様だからどうとかではなくて、鶴ケ崎嶺という一人の人間として」


 私の言葉を吟味するように嶺様は沈黙を続ける。

 時々鼻を啜る音しか聞こえない室内の静寂に身を任せていると。


「その言葉に、偽りは無いですか?」


 涙の跡もだいぶ乾いてきてしまっていた嶺様に、そう尋ねられた。


「はい。偽りは無いです」


「そうですか。なら」


 嶺様は私の両頬をしっかりと掴むと、ゆっくりと顔を寄せ――。

 その柔らかな唇を、私のそれに押し付けるように重ねてきた。


 嶺様の火照った体温と、私と同じかそれ以上に脈を打つ鼓動。顔に触れる呼吸と閉じられた瞳から伸びる長いまつ毛。

 その全てに体を支配されたかのように、私の体は微動だにすることができなくなっていた。


 十秒か、一分か、はたまたそれ以上か。

 体感ではとても長い時間唇を重ねあっていた私達だったけど、やがて少し息苦しくなったらしい嶺様がそっと顔を離し、熱の火照りとは別の色で顔を真っ赤に染めていた。


 やや荒くなってしまっている呼吸を整えている嶺様に、突然のキスの理由を尋ねようとするけど、私も私で極度の緊張が続いていたせいで上手く言葉を発することができない。

 そんな私に嶺様は少し悪戯っぽく微笑むと、馬乗りの状態のままゆっくりと口を開いた。


「私が貴女を選んだ理由は二つあります」


「はい……?」


「一つは、先ほども言った通り貴女がかなりの家族思いの子だったから。貴女を通して、家族とは何かを学ぼうと思っていました。そのためにメイド長達に貴女を調べさせましたが、まさか部活動や交友関係を蔑ろにしてまで家族に献身的になっているとは思ってもいませんでした」


「それはその……そうしないと、下の子達がご飯も食べられなかったので」


「正しくそれです。瑞姫が家族を人一倍大切にしているからこそ、自分よりも家族を優先できていたのです。もしそうでなければ、お金を置いて好きに買い物をさせるという選択肢もあったはずです」


「それはまぁ、そうですね」


「そんな貴女だからこそ、共に時間を過ごせば私にも家族の温もりを教えてくれると思っていました。でも実際は、私と瑞姫の身分の差で同じようにはしてもらえませんでしたが、これは私も想定が甘かったということで何も言いません」


 嶺様は大きく深呼吸をすると、二つ目の理由について教えてくれた。


「二つ目は、私が貴女に一目惚れしていたからです」


「はい……え?」


「貴女に一目惚れしていたからです」


 熟れたリンゴにも劣らないくらい顔を赤く染めた嶺様が発した言葉に、私の思考が止まってしまう。

 嶺様はそんな私を気にせず、理由を述べ続けた。


「覚えていますか? 貴女が入試の日の帰り道で、私にぶつかってきたことを」


 いや、嶺様みたいな美女にぶつかってたら絶対忘れないと思うけど……と思った直後、私の記憶が即座にそれを否定してきた。

 あの時は急いでたのと嶺様が顔を隠すように変装していたから分からなかったけど、今思い返せばあれは間違いなく嶺様だと言い切れる気がする。


「今まで、私は誰かに体をぶつけられたことはありませんでした。その上で、“ごめんなさい! スーパーの特売が終わっちゃうからこれで!!”と逃げるように言い訳をする人も初めて見ました」


「本当にすみませんでした」


「くすくす。全く気にしていないので大丈夫です。話を戻しますが、あの時私はこう思いました。なんてそそっかしくて失礼な子が、柏陽に受験しに来たんでしょうって。それと同時に、柏陽にはいないタイプである貴女に興味を持ってしまったのです」


 嶺様のその言葉で、私の中で足りなかったピースがようやく埋まった。

 私は無作為に選ばれたんじゃなくて、変装していた嶺様にぶつかったことで関心を惹いてしまっていたいたのだと。


 ……だとしても、お嬢様が通うこの学院に“自分にぶつかってきた面白い子がいたから”って理由で入学させるのはどうなんだろう。


「それからは、先ほどの一部繰り返しとなりますが、貴女を調べるうちにどんどん興味が湧いてきて、それと同時に貴女をもっと知りたいと思ってしまったのです。それで、瑞姫を知るにはどうすればいいかと考えた結果、私の家に住まわせればいいと判断したのです」


「普通はそうはならないんじゃないですかね……」


「部屋は余ってましたし、何も問題はありません」


 違う、そうじゃない。

 でもそんなことを突っ込む気力も湧かなくて、苦笑する私に嶺様も笑った。


「そして、貴女を一緒に過ごす内に、私は貴女を好きになってしまいました。私のことをしっかりと考えてくれて、甘やかしてくれる優しい瑞姫が好きになってしまったのです」


 嶺様はそう言うと、私の顔の横に両腕を突き、にっこりと笑いながら言った。


「先ほど、瑞姫はこう言いましたよね。私を鶴ケ崎の令嬢ではなく、一人の人間である嶺として向き合うと。それなら、私の気持ちとも向き合ってくれますよね?」


 私は自分の失言に後悔しつつ、してやられたと思わざるを得なかった。


「……すみません嶺様。私、女性を恋愛対象に取ったことが無かったので即答はできないです」


「なら、これから考えてください。私と家族になってくれるかどうか、私が卒業するまでゆっくりと……ね?」


 正直、そう言い訳して逃げようとしたけど、さっきのキスと今の表情で、ノーマルだったはずの私自身もだいぶ揺らいでしまっている。

 これから先、私への好意を隠さなくなるであろう嶺様との日々を考えると、私がいつ堕ちるかを数えた方が早いような気がしてしまうのだった――。

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