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化粧通貨  作者: rara33
9/10

9、目に見えない人、目に見えないお金

 星の光が目に届くまでに時差(≒光年)があるように、星に願いごとをしてから叶うまでには、やっぱりタイムラグが生じるらしい。



 バーベキューから1週間後、マロさんと一緒に縁結びの神社に行った時、そのアイディアは突然私の頭に舞い降りてきた。


 こればっかりは、リアルな神様からの啓示だと思った。


 マロさんに相談してアイディアを具体的にまとめ上げると、彼のSNSのアカウント経由で「『化粧通貨』のことで提案したいことがある」と発信した。


 その反響は予想以上に大きく、ネットのニュースサイトも注目する中、ついにマロさんがライブでの動画配信を行う日時を迎えた。


「20時になりました。配信スタートしてください」


 マロさんの自宅の撮影部屋で、カメラ操作役の私は合図を出した。


「皆さん、こんばんは。マッシュ・マロウです」


 webカメラの前に座ったマロさんの目に、ピシッと襟を正すように力が入った。


 流星群の夜の記憶が、固く握りしめた自分の両手を熱くさせた。


 ◇ ◇


 マロさんは配信の冒頭で、心配をかけたことへの謝罪やフォロワーさんへの感謝の気持ちについて丁重に述べたあと、これまでの自分の心境の変化について順を追って語った。


「……こうしてボクの頬にはこのとおり、うっすらとですが一生消えない傷が残りました。ですが、今はもう、皮膚移植をしてでも『インフル美円サー』に返り咲こうという気持ちはまったくありません。


なぜなら、『自分の価値』は『美円』によって決められるものではないと、ボクを支えてくれるパートナーや皆さんから教えていただいたからです。


『美円』を用いた『化粧通貨』は、確かに日本経済に非常に大きな潤いをもたらしてくれました。


でもそれと同時に、『美円』内でのカースト制度も生み出してしまいました。


『美円』の価値が自分の価値だという思い込みにとらわれて、自分に自信を失ったり、他人をねたんだりする人が出てきてしまう。


それって、本当に幸せな世の中なのでしょうか。


ボクにはそう思えません」


 マロさんの目には、確信に満ちた輝きがあった。


「そこで皆さんに、折り入ってお伝えしたいことがあります」


 マロさんは声を張り上げた。


「現在、旧日本円の購入金額を『美円』で割って計算していますが、最終支払い金額の小数点第1位の切り上げにより、わずかですが私たちは本来支払うべき金額よりも多いお金を支払っています」


 ここでマロさんは、webカメラの前にホログラム映像を出した。


< 映像の内容 >


【 旧日本円にして、購入金額が100円、判定が「3美円」の場合、


100円 ÷ 3美円 = 33.333……以下略。


→ 小数点第1位の切り上げにより、最終支払い金額は、34円となる。


この場合、34円 ― 33.333……円 = 0.6666……円分を、


購入者は余分に支払っていることになる 】


 映像の内容をゆっくり読み上げると、マロさんは先を続けた。


「この余分に支払われた額の電子マネーは、2XXX年現在、日本政府の補正予算用の財源に充てられていると報道関係者より確認済です。


確かに、一人一人だとせいぜい『0.1~0.9円』ほどの微々たるものですが、かりに日本人の人口の半分が『美円』制度を利用しているとして、毎日さまざまな場所でたえず決済が行われていることを考えれば、塵も積もればで莫大な金額になると思います。


ボクはこの余剰マネーを、『美円』ではあまり良いサービスを受けられない人たちの生活を支える、新しい通貨に充てることを提案したいです」


 そこでマロさんは、新たなホログラム映像をwebカメラの前に映した。


 流暢な筆跡のフォントで二文字の漢字が大きく浮かび上がった。


「その新しい通貨の名前は、『 美縁びえん』通貨です。


外見の美しさではなくて、他者との心の結びつきの美しさを価値に表わしたものです。


これは、ボクを支えてくれたパートナーが思いついたアイディアです。


彼女がおばあ様から聞いた、『むかしは、良い “ ご縁 ”にちなんで、よく旧貨幣の “ 五円玉 ” を神社のお賽銭箱に入れて、神様に恋の成就や受験合格のお祈りをした』という風習が元になっています。


『美縁』による計算式は、『美円』とまったく変わりません。


でも、『美縁』の判定方法はもっと簡単です。


皆さんの家族や恋人や友だちと一緒に決済画面に映って、笑顔を浮かべるだけでいいのです。これから買うおもちゃや、食べ物や、本を、一緒に分かち合う喜びを想像すれば、きっと自然に笑いたくなると思います。


また、もし導入されるのであれば独身の方のために、ペットも対象に入れてほしいです。


判定結果はみんな一律『5美縁』にすれば、全員が平等に恩恵を受けることができますし、これは『美円』の最大値である『5』と同等になるので、不公平感も出ないと思います」


 今日のマロさんは、「インフル美円サー」だった頃に比べてほとんどメイクをしていないが、瞳が子どものように爛々と輝き、熱意のある語り口が、「人形」ではなく「人」としての彼の魅力を強調していた。


「たとえば、たまには奮発して美味しいものを、大好きな家族や愛する人と一緒に食べたいなと思ったときに、スマホの電子マネーの残高を見て『やっぱり無理かも』とためらってしまうことのないような、幸せを感じたいときに幸せを感じられる世の中になってほしいです。


ボクたちが生まれるずっと前のことですが、むかし、世界的パンデミックで人々が恐怖や不安の真っ只中にあったとき、マスクやアルコールティッシュが足りなくて困っている人に、匿名で寄付をした人たちが大勢いたそうです。


誰かが自分の知らない所で生活に困っていたとしても、この『美縁』を通じて優しさの手を差し伸べることができたなら、きっとこの世の中はもっと良くなると思います。


そして、生活のために誰かが自分の価値を不当に『売る』ことで、自分を傷つけるような辛い目に合うことが、一刻も早くなくなりますように。


星の数ほど、何回も何回も、ボクたちは願い続けます」


 そこまで言うと、マロさんはwebカメラ越しに私を見つめて目を細めた。


(ラスト第10章へ)

次章に続きます。

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