表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
化粧通貨  作者: rara33
6/10

6、師弟・愛

 私、大秤おおばかり ねがいがフォローしていた「インフル美円サー」こと、マッシュ・マロウさん(本名:剛田 真朗)に、「4美円以上ゲット」のために弟子入りしてから数週間が経過した。


 ある週末の午前中、私はマッシュ・マロウさんと、美肌に効果抜群なことで評判の野菜ジュース専門店で落ち合った。(彼は超がつく常連客だ)


「おはようございます! 師匠!」


「おはようございます。えっと、オオバカ……リさん」


「だからぁ、途中で止めないでくださいよ師匠! いつになったら私の名前ちゃんと覚えてくれるんですか?」


「下の名前だったら、覚えてるんですけどね~。う~ん」


 マッシュ・マロウさんは適度に冷房の効いたテーブル席にいて、シワひとつない口元や首筋に美顔ローラーを当てて考え込むと、


「じゃあ、“ ネィさん ” はどうですか?」と私に問いかけた。


「ネィ、ですか?」


「ネガイさんだから、略してネィさん」


「なんで真ん中を略すんですか」


「だってネガって聞くと、暗いイメージになりません?」


「あー。じゃあ、ネィちゃんって呼んでください。ネィさんって、『あねさん』って感じがして私には合わないんで」


 私は好きな人には遠慮しないタイプなので、弟子の特権を利用して言ってみた。


「……ネィ、ちゃん」


「なんですか? 師匠」


 嬉しくて笑顔を返すと、マッシュ・マロウさんが小さくはにかんだ。


「その師匠って恥ずかしいから、ボクのことはマロウと呼んでください」


「えー、じゃあ、マロさんって呼んでいいですか?」


「なんでウを端折はしょるんですか」


「白くてモチ肌な感じが、平安貴族の麻呂まろって感じなんで」


「貴族ですか。そう言われると、まんざらでもないですね」


 烏帽子をかぶっているかのような、しゃんと正した姿勢でマロさんは優雅に目を細めた。


 きっと、頭上から桜の花びらが降ってきても絵になるだろう。今はもう夏だけど。


 ◇ ◇


 マロさんの元で本格的な「美円特訓」に励むうちに見えてきたこと、それは、彼は命がけで美肌を維持していることだった。


 決して誇張しているのではなく、マロさんの顔は彼にとって、「24時間いつでも目が離せない新生児」と同じくらい大切な存在なのだ。


「顔の表情筋も筋肉の一つですからね。毎日のプロテイン摂取は欠かせません」


 マロさんの自宅(都内にある高級マンションの高層フロア)で、彼は私に高濃度プロテイン配合の保湿クリームを自慢げに見せてくれた。


 彼が自分の顔をマッサージする手つきは、赤ちゃんのあせもにお母さんがクリームを塗るかのように丁寧で繊細なものだった。


「おいしいですかぁ? いっぱい食べてぇ、よ~く吸収するんですよう」


 鏡に映る自分の顔に向かって、マロさんが慈愛に満ちた微笑みで語りかけている。肌も体の一部なのだから、話しかけると効力が増すとのことだった。


 これがもし小汚い太ったオッサンなら絶対アウトな絵面だろう。


 マロさんの元には、無数のフォロワーから毎日山のような「貢ぎ物」が届くので、使いきれない化粧品やヘアケア商品を気前よく私に分けてくれた。


 私はマロさんの指導の下、食生活の改善や早寝早起きを心がけて生活習慣自体も根本的に見直していった。


 自分の肌質がどんどん良くなって化粧テクも向上すると、だんだん、マロさんと並んで歩くことが苦ではなくなっていった。



「今の2人みた? 美男美女!」


「うん、なんかキラキラしてたね!」


 夏が過ぎて秋になるころ、街で私たちが一緒に歩いていて、すれ違いざまに同年代の女子たちにこう言われることも増えていった。


 実を言うと、特訓開始後2ヶ月で目標の「4美円以上」はすでに達成していたが、「どうせなら、パーフェクトを目指しましょう」とマロさんが延長を引き受けてくれたのだ。


 マロさんの顔の美しさだけしか目に入らなかった私の中で、彼への印象が、モミジが色づくように少しずつ変わり始めた。



 リモートワーク以外のほぼすべての時間を、より綺麗な顔になるために費やす日々。


 「美円」の数値が上がるたび、私のSNSのフォロワーも飛躍的に増えていった。


 マロさんに一歩一歩近づいていると思えることが、無上の喜びだった。


 彼の完璧な笑顔が、私にとってはどんな買い物よりも最上のご褒美だった。



 秋も終わりになった頃。


 私が、行きつけのコンビニでついに自己ベストの「4.9美円」をゲットした日の夜。


 ありったけの勇気を振り絞って、私はマロさんのSNSのアカウントに一通のメッセージを送った。



〖もし5美円ゲットできたら、私とお付き合いしてください〗



 普段なら5分以内に既読になるはずのメッセージは、30分、1時間、そして何時間も経って日付が変わっても既読にはならなかった。


「やっぱ見切りすぎたか~。どうしよう」


 腕に巻いたスマホを見てフォローを入れようか悩んでいると、画面に表示されたネットのニュース速報が目に飛び込んできた。



【 人気『インフル美円サー』マッシュ・マロウさん、顔を刃物で切りつけられて大怪我 】


 スマホに伸ばした指の先から、サーッと血の気が引いていく。


 彼のまばゆい笑顔がビリビリに切り裂かれた映像が脳裏に浮かび、地震みたいに頭がぐらりと揺れた。


(第7章へ)

次章へ続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ