獣食い 【後編】
「さぁ、続きをしようか木偶の坊」
ジークはゴーレムの眼前まで近づくと拳を握り締める。炎纏う拳が唸りを上げてゴーレムへ突き進む。
「【竜王の一撃】」
灼熱の業火が螺旋を描きながら拳に凝縮され、閃光のようにゴーレムの胸部装甲へ炸裂―――する寸前、
ズゥン……
先程と同じ青紫色の半透明バリアが展開される。ジークの拳はバリアに触れた瞬間、接触部からジュッと音を立てて炎がかき消され、赤熱する装甲には傷一つ与えられない。しかしジークは即座に第二撃を放つ。
「まだまだぁ!」
連続で繰り出される拳撃。その度に同じ現象が繰り返される。バリア表面に接触した炎は掻き消え、衝撃だけが吸収されるかのように吸い込まれていく。そして―――、
ザクッ! ジュワァッ!
バリアに押し当てられるジークの拳の皮膚が細かな刃物にでも刻まれたかのように、肉が抉れていく。血飛沫と共に白い骨すら覗くが、ジークは笑みを絶やさない。
「へっ、守ってばっかじゃ俺は止まらねぇぞ!」
彼は拳の痛みなど意に介さず、むしろ傷が深まるたびに火力を増して攻撃を続ける。拳からは常に新しい血が流れ出しているが、それが地面に落ちるよりも早く傷口は塞がり、再び拳が形成される。
ガシャアッ!
次の瞬間、バリアを解除したゴーレムは片腕でジークの炎の拳を受け止め、炎を吸収する。そしてもう片方の腕に握られた大剣を間髪入れずに振り抜く。大剣が風を切り裂き、ジークの脇腹を抉るように横薙ぎに振るわれた。 ジークは咄嗟に身を捩るが避けきれず、鋼鉄の刃が脇腹を食い千切る。
「っち!」
鮮血が霧のように噴き上がる。だがジークは倒れない。抉られた肉塊を掴むように左手で押さえながら、逆にゴーレムの脚部へ蹴りを入れる。炎は効かなくても物理衝撃はある程度通用するのか、ゴーレムの巨体が僅かに揺らいだ。
しかし直後、ゴーレムの右拳がジークの腹部を直撃し、彼の体はボールのように弾かれ、背後の岩壁へ激突する。
ドガァン!!
岩壁が粉砕され瓦礫が降り注ぐ中――、
ガラガラ……
瓦礫を払い除けながらジークが立ち上がる。抉られた脇腹は既に再生を開始しており、炎が傷口を覆い始めている。顔には乾いた血糊がこびり付いているが、彼の瞳は依然として戦意に燃えていた。
「あー、なるほど、てめぇのカラクリがなんとなくだが分かったわ」
ジークはゴーレムを睨みつけながら呟く。
「まず第一にてめぇはの吸収するのは魔力のみで、衝撃自体は吸収できねぇってことだな。魔力のねぇ攻撃で怯んだのもそのためだろう」
ジークは脇腹の炎を払いながらニヤリと笑う。
「次に、テメェの動力源は吸収した魔力に依存してるってこと。理屈はわからねぇがテメェは俺から吸収した魔力を自分の魔力として変えて力にしている。あのバリアも俺の魔力と相性の悪い水属性の魔力だったからな」
ジークは拳を握り締め、ゴーレムを見据える。
「魔法は吸収される、吸収許容を超えそうになればあのバリアを出して魔法攻撃そのものを無効にする。まさに【最強の盾】ってとこか。なんでテメェみてぇのがこんな地下深くにいるかは知らねぇが、ひとつ良いことを教えてやるよ」
ジークは拳を大きく掲げるとこう宣言した。
「俺は最強の矛だぜ」
ジークの宣言は戦場の空気を震わせた。言葉と同時に彼の肉体が一気に加速する。大地を蹴る轟音と共にジークの体が弾丸のごとくゴーレムへと突進した。全身に魔力を纏わない。ジークが選んだ戦法は──純粋なまでの撲殺であった。
《防御モード起動》
ゴーレムの頭部スピーカーから機械音声が響く。ジークの動きを感知し、彼の拳が届く刹那、青紫の半透明バリアが半円状に展開される。
ガンッ!
ジークの拳はバリアに触れた途端、螺旋状に高速回転するバリアがジークの拳の皮膚を削り取る。鮮血が飛び散り、肉片が空気中を舞う。激痛が神経を焼き尽くすが──ジークは歯を食いしばるだけで怯まない。
「ぐっ……!」
彼は呻き声すら噛み殺し、両手でバリアを殴りつける。拳の肉が削げ、骨が露出し始めてもなお拳を振るうことを止めない。回転するバリアの刃が骨すら切断し、彼の拳は原型を留めなくなっていく。
だが──ここでジークの瞳が狂気じみた輝きを放つ。
「んなもんで俺が止まるわけねぇだろうがぁぁぁッ!!」
咆哮と共に彼は両腕を大きく引き絞り、渾身の力を込めたストレートを叩き込む。肉が弾け飛び、骨が砕ける感触すら顧みない全力の一撃。拳骨の一部がバリアに削り取られ、空中に散乱する。
ガシャアアアアアン!!
硝子が割れるような音と共に青紫のバリアが砕け散る。散りゆく破片の中からジークの血塗れの拳が姿を現し──ゴーレムの黒鉄の装甲に深々と突き刺さった。
《損傷率三十パーセント───》
ゴーレムの頭部スピーカーから警告音が鳴り響き、胸部装甲に亀裂が入る。それでも素手による殴打は止まらない。
「オラオラオラァ!!」
ジークの拳が嵐のようにゴーレムを打ち据える。黒鉄の装甲に幾重もの拳痕が刻まれ、罅が蜘蛛の巣のように広がっていく。ゴーレムの反撃も熾烈を極める。巨大な刃が閃き、大砲のような拳が炸裂するが――ジークは傷つく端から超再生によって元通りになり、まるでダメージを受けていないかのように猛威を振るい続ける。
この圧倒的な生命力と戦闘能力。それこそがジークという男の本質であった。
――ここで、彼の魔法について少しだけ触れておく必要があるだろう。
【獣喰い】。それはかつて大魔導士マリーンによって予言した【八つの禁忌】と呼ばれる魔法の一つであった。
その効果は名が示す通り。己と異なる種族の血肉を喰らうことにより、その種族が持つ身体能力と魔力を限定的に獲得するというものだ。例えば巨人の血肉を喰らえば怪力と頑丈な肉体を得るだろうし、鳥類の血肉を喰らえば空を飛ぶ翼を得ることができるかもしれない。
しかし、その恩恵は永続ではない。時間と共に消化され消失してしまうのが普通である。だが、特定の条件下においてのみ、その獲得した能力を半永久的に行使することが可能となる。
ジーク・フリートという男は偶然にもその条件を満たすことに成功し、現在まで使い続けていた。
その数は二つ。一つは竜たちの王。その爪牙は山脈をも切り裂き、吐息は森羅万象を焼き尽くすと言われる伝説上の存在───【竜王■■■■■■■】。彼が持つ圧倒的な破壊力と膨大な魔力出力は、ジークの拳に乗せられ今まさにゴーレムを破壊しつつある。
そしてもう一つは不死鳥。その羽搏きは浄化の炎を生み出し、如何なる毒も病も退ける聖なる霊鳥───【不死鳥■■■】。その魔力は枯渇することを知らず無限に湧き続け、肉体は何度でも元に戻る超再生の力。これがジークの受けた如何なる傷も瞬時に癒し、彼を不死身たらしめている。
竜王の剛力に不死鳥の不滅。そこに類稀なる戦闘センスが加わればどうなるか――結果は明白であろう。
故にジーク・ディエンは最強なのである。
「これで終わりだ!」
ジークは叫びながら最後の一撃を叩き込むべく拳を振りかぶる。
ガシャアアアアン!!!
振りかぶった拳がまるで流星の如くゴーレムの中心へと突き刺さる。蓄積されたダメージに最後の一撃が加わり、ゴーレムの巨体がまるで紙切れのように後方へ吹き飛んだ。
「うおぉぉぉっ!!」
ジークの雄叫びと共に、ゴーレムは背後に聳え立つ巨大な門へと激突する。轟音と衝撃波が空間を揺るがし、砂埃が舞い上がった。門扉は黒鉄の巨体に耐えきれず、まるで脆い粘土細工のようにひしゃげ、破壊される。ゴーレムは下半身を門の残骸に埋め込むように倒れ伏した。
「はぁ……はぁ……終わったか?」
ジークは肩で息をしながら、砂塵の中を見据える。額から流れる汗が砂埃と混じり合い、顔を汚す。彼は油断なく構えを解かない。先程まで自分を窮地に追い込んだ相手だ。簡単には終わらないことを本能的に悟っていた。
やがて砂煙が晴れると、門は完全に崩壊した。門の先には通路ののようなつながっている空間は存在しておらず、ただ岩盤が剥き出しになっているだけだった。
そしてその中央には巨大な門の残骸と埋め込まれるように大破したゴーレムがいた。ゴーレムの全身には大小様々なヒビが入り、各部の関節は不自然に捻じ曲がっている。胸部の逆十字模様は点滅を止め、沈黙している。もはや立ち上がる気配もない。
「ふん、流石にこいつまで潰したら機能停止だろ」
ジークは安堵と疲労が入り混じった表情で鼻を鳴らした。その時――、
《オ……王…ヨ……モウシワケ……アリ……マセン……》
ゴーレムの頭部スピーカーからノイズ混じりの声が響く。ジークの眉がピクリと動く。
《……盟約ハ……マダ……果タサレズ……》
《……友ノ…帰還ハ……カ…確認デキズ……約束ノ……日ハ……》
ゴーレムは途切れ途切れの言葉を紡ぎ出す。その内容は支離滅裂で意味不明であったが、どこか悲壮感を漂わせていた。
「あ?何言ってんだコイツ?」
ジークが怪訝な表情を浮かべていると突然、影が動いた。
シュンッ!
音もなく鉄仮面の男が門の残骸の上に佇んでいるジークの死角へ滑り込んだ。そして驚異的な跳躍力で跳躍するとゴーレムの胸部装甲の上に着地する。そして鉄仮面の男は一切の躊躇なくゴーレムの胸部装甲に拳を叩き込んだ。
ガッ!!
硬質な金属音と共にゴーレムの胸部装甲が内側に向かって凹み始める。鉄仮面の男は尚も拳を突き入れ続ける。やがてゴーレムの体内から火花が散り始め――、
バキンッ!!
ついに胸部装甲が粉砕され、ゴーレムの内部構造が露わになった。鉄仮面の男は躊躇なくその孔へと手を突っ込み、中の機構を弄る。
数秒後、彼はゆっくりと腕を引き抜いた。その掌には小さな物体が握られている。それと同時に、ゴーレムの起動は完全に停止する。
「……なんだそりゃ?」
ジークが訝しげに問いかけると鉄仮面の男は無言で掌を開く。そこには黄金に輝く指輪が乗っていた。装飾は簡素だが品があり、内側には古代文字のようなものが刻まれている。
「目的は果たした。私はこれで去る」
鉄仮面の男は短く告げると黄金の指輪を握りしめ、ジークに背を向けた。彼の足が一歩踏み出される。
「待てよ」
ジークの低い声が響く。鋭い眼光が鉄仮面の男の背中に突き刺さる。
「テメェのことを見逃してやるって誰か言ったか?」
ジークの拳に再び炎が灯る。まだ戦い足りないと言わんばかりの獰猛な笑みが口元に浮かぶ。しかし鉄仮面の男は振り返らない。ただ静かに右手を掲げた。その掌に白い光が集束し始める。
「これ以上貴様と戯れている時間はないので」
掌の上で凝縮された光球は急速に輝きを増し、太陽のごとき眩い光を放つ。
「また近いうちに」
言葉と共に放たれた光球は天井へと一直線に飛翔する。そして炸裂。
カッ!!
凄まじい閃光が空間を支配した。ジークは咄嗟に腕で顔を庇うが、それでも網膜を焼くような痛みが走る。
「チッ!」
視界が真っ白に染まる中、上階からの異変を感じ取る。先程の魔力弾が支柱を破壊し、轟音と共に天井の石材が崩れ落ちてきたのである。
ジークの視界が徐々に回復するが、すでに鉄仮面の男の姿はなかった。魔力弾で開けた穴の方向へ跳躍したのだろう。
「逃がすか!」
ジークは崩れ落ちる天井を避けながら追撃を試みる。しかし次の瞬間――
ゴゴゴゴゴッ!
更なる異音。今度はジークの足元だった。先程の大破したゴーレムの残骸から何かが転がり出てきたのだ。
それは人型であった。褐色の肌に金色の長い髪。年の頃は十にも満たない少女だった。目を閉じ意識を失っている。恐らくゴーレムの動力炉か何かに保護されていたのだろう。
「っ!」
少女の出現にジークの注意が奪われる。その刹那、
ドゴォォン!!
遂に部屋全体が支えを失い崩壊を開始した。石材が雨霰と降り注ぎ、粉塵が視界を遮る。ジークは咄嗟に少女の体を抱え込むのと同時、天井は崩壊して空間を完全に圧し潰すのであった。
さて、そろそろ第六章もクライマックスに近づいてきました。もしかしたら少し投稿頻度上がるかも……。




