嘘つきと正直者
「あちゃ~、やられたな、これ」
ミラーは変貌した廊下の中央で肩を竦める。足元の床板が波紋のように蠢き、左右の壁は無機質な石はまるで生き物のように蠢く。数メートル先さえ不明瞭だった。
敵の魔法による監獄施設そのものの内部改造――ミラーの直感が警告を鳴らす。
(敵陣に乗り込む以上ある程度の罠は想定してたけど、まさかこれほどの規模の魔法を使う魔導士がいたなんて誤算だったな)
連絡用魔石でのマリアやリオンたちとの連絡も遮断。この調子だとマリアのマーキングもあまり意味がないだろう。
「ここが地上なのか地下なのかもわからない……。あれ?意外と詰んでるのでは?」
飄々とした態度を装いつつも、ミラーの額には冷汗が浮かんでいた。危機感を抱きつつも焦りを見せず、周囲を索敵するミラー。
「その言う割には、随分と余裕に見えますね」
唐突に涼やかな声が虚空から響く。次の瞬間、壁が液体のように溶け銀糸のような髪を持つ細身の男性が姿を現した。紫の外套を翻し優雅に歩み来る姿はまるで夜空を滑る月影のよう。
「はじめまして。失礼ですが、あなたが噂の魔導士ですか?」
穏やかな声音とは裏腹に、その瞳には獲物を射抜く冷酷な輝きが宿っていた。
次の瞬間、ミラーは男との距離を詰め、背中に背負っていたタチバサミを抜刀し、男の身体を斜めに薙ぎ払った。
「へ~、確実に捉えたと思ったんだけど、それが君の固有魔力ってことでいいのかな?」
ミラーは目の前の景色を見つめながら呟く。そこに立っていたのは切られた部分が黒い影になっている男だった。
「随分と乱暴な挨拶ですね。まあ構いませんが」
影の男は傷痕の位置に手を添えながら、落ち着いた声で答える。傷の部分は次第に塞がっていき徐々に元の姿へと変化していく。
「グリム・ライトの魔導士ミラーですね」
「意外とボクって有名人なのかい?」
ミラーは愛嬌のある表情で疑問を投げかける。まるで今すぐにでも冗談を言い出しそうな柔らかな表情だが、その瞳だけは油断なく相手を観察している。
「当然、戦闘者や魔獣など強さや危険性を表す階級としてAからE級まで分けられるが、その指標にすら当てはまらない者たちに着けられる階級、それが【S級】です。あなたのような人達ですよ」
「それって聖堂協会が勝手に言い出した枠組みだろ。ボクとしては別に特別な名前なんて欲しくないんだけどね」
「まったく同感です。私もS級の名前はお飾り程度と思っていますから。それよりも自己紹介が遅れましたね。私の名前はセリオールと申します。以後お見知り置きを」
セリオールは洗練された動作で一礼する。その様は芝居じみた美しさがあり観ているものを惹きつける魅力を持っていた。
「律儀だね、騎士道精神ってやつかな」
ミラーは巨大なタチバサミを構え直し微笑みを崩さない。その背後では金属の刃が風を切る音が微かに響いていた。
「そんな大層なものではありませんよ。単なる礼儀です」
セリオールの右手がゆるりと持ち上がる。次の瞬間、魔法陣が形成され、無数の雷撃が迸る。雷撃は正確にミラーを捉える軌道を描き、その身体を貫いた。しかし、ミラーの身体は朧に歪み、煙のごとく霧散する。
「残念、ハズレ」
セリオールの背後に立つ本物のミラーはタチバサミの刃を逆手に握り替え、首筋を目掛けて振り下ろす。が───
「ええ、知っていますよ」
刃が触れる寸前、セリオールは足元を僅かに旋回させた。その動きに合わせて床から瞬時に無数の植物のツタが成長し、ミラーの視界を遮りながらその身体を廊下の奥へと押し出す。ミラーはタチバサミを器用に操り、ツタを切り払いながら距離を取る。視界が晴れると、セリオールは剣先は黒炎を纏い、間髪入れずにミラーに向けて黒炎が放たれる。黒炎は渦を巻き廊下の幅いっぱいに広がりながらミラーを飲み込んだ。
「流石に今のは当たりましたね。ですがこの程度では獲れませんか……」
セリオールは廊下の中央で目を閉じて呟く。
「あ~あ、折角のおニューのコートだったのにぃ……、少し焼け焦げちゃったよ」
廊下の影から黒いコートをはためかせながら悪態を吐いて楽しそうに笑いながらミラーが姿を現す。
「流石にあなたクラスの魔導士になるとあの程度の攻撃は魔障壁で防いでしまうでしょうね」
セリオールは少し呆れたようにため息を吐く。
「ふぅ~ん、影のようにすり抜ける身体、雷撃魔法、植物による妨害魔法、そしてさっきの黒炎魔法……。いずれも異なる魔法を無詠唱で放った。その点から魔術によるものではなく固有魔力由来のものと考えられる。そして、これらの魔法は、四大聖騎士団の団長たちの魔法と酷似しているね。まぁでも、さっき黒炎は本人ほどの威力はなかったけどね」
ミラーは興味津々に推理を披露する。
「あなたがよく調べているようで助かります。その通りです。これが私の固有魔力【模倣者】はこの眼で見た魔法を全て真似ることができるのですよ。まぁ、練度はお察しの通りオリジナルには劣りますがね」
セリオールは自身の魔法の詳細を惜しみなく暴露する。
「あれ、あっさり自分の手の内を教えちゃうんだ。君はもっと用心深い人物だと思っていたんだけど、違ったかな?」
ミラーは不思議そうに問いかける。
「構いませんよ。あなたに手の内を見せたところで私があなたに敗北することはありませんので」
セリオールは臆することなく宣言する。
「ずいぶんな自信だね。それだけ自分の固有魔力に絶対的な信頼を持っているということかな?」
ミラーは感心したように問いを重ねる。
「信頼というより単純な事実です。試してみますか?」
セリオールは冷笑を浮かべる。
「それじゃあ遠慮なく」
ミラーは再びセリオールとの距離を縮め、斬撃を放った。しかし、タチバサミはまるで空気を切り裂くようにセリオールの体を通過する。
「残念、ハズレです」
瞬間、ミラーの後ろから斬撃が飛んでくる。ミラーは咄嗟に振り向き回避するがミラーの頬を掠め血が滲む。
「へ~、随分と面白いことしてるんだね」
ミラーは頬の血を拭いながら不敵に笑う。
「言ったでしょう。私の【模倣者】はこの眼で見た魔法を全て真似ることができると。あなたの相手を騙す魔法も使えますよ」
セリオールは自身の能力の万能さを誇示する。
「それに気づいてますか?自分で自分の魔法の攻略方法を私に見せたことに……。」
セリオールはさらに続ける。
「私があなたの魔法を使った瞬間、魔障壁の範囲を無意識的に広げて剣が魔障壁に触れた瞬間に反応した。確かにあなたの魔法は視覚を誤認させるため厄介ですが、自分に届く攻撃は実態がある。盲点でしたね」
セリオールは勝利を確信したように嘲笑する。次の瞬間、セリオールの剣に雷と黒炎を纏わせ構える。
「なるほど、なるほど。これはボクも一本取られたね。それじゃあ、少し趣向を変えてみようか」
ミラーはタチバサミを両手で持ち、左右に力を込め始めた。すると金属の擦れ合う音とともにタチバサミが二つの剣へと分離する。それを見てセリオールは眉間にしわを寄せる。
「魔導士が魔法無しに聖騎士に近距離を挑みますか……」
セリオールは無駄な抵抗だと言わんばかりに鼻で笑う。
「何事もやってみないと……っね!」
瞬時にミラーがセリオールとの間合いを詰め、剣による刺突を放った。
(早い…っ‼)
セリオールは驚愕しながらも剣で受け止める。そのまま押し込まれることを恐れ、後方に下がる。だが、ミラーはそれを許さない。ミラーは地面を蹴り、加速して追いすがる。刹那の間にも十を超える斬撃が交錯し火花を散らす。
「やるねぇ……!」
ミラーは愉しげに嗤う。その動きはまるで舞踏のように華麗でありながら無駄がない。
(思った以上に速い……!魔法で誤認させてた動きはあくまで相手に自分の動きを悟らせないものだった。つまるところこれが彼本来の身体能力……)
セリオールは内心で舌打ちする。自分が今まで相手してきた聖騎士と遜色ない技術とスピード──否、それ以上の実力だと認めざるを得なかった。更には、ミラーは斬撃の合間に魔法を発動させ、偽物の斬撃を織り交ぜる。セリオールもすぐさま対応しようと斬撃が来る瞬間に魔障壁を発動させ偽物と本物を選別する。
「それはもう通じないと言ったはずです」
「……」
二人は互いに切り合いへと発展し剣戟を奏でる。互角の戦いであると思われたが外傷は増えていくのはミラーの方であった。
「魔導士の剣術にしてはなかなか良いと思いますが、やはり本職には敵わないようですね」
セリオールは冷たく言い放つ。
「そっちこそ、必死の形相だね」
ミラーはそれでもなお余裕の表情を崩さない。セリオールの剣筋がわずかに鈍る。それは無意識に生まれた隙だった。ミラーはその隙を見逃さず、片方の剣でセリオールの剣を抑え込みながら、もう一方の剣で脇腹を突き刺す。しかし、その脇腹は黒い影に変化しており、剣が突き抜けた先には何もなかった。
「もう私が模倣した魔法を忘れてしまったんですか?」
その直後、セリオールが雷撃と黒炎を纏った剣を振り上げ、ミラーを後方へと吹き飛ばす。ミラーは瓦礫の中へと叩きつけられ咳き込みながら起き上がる。
「まだ、立ちますか?」
セリオールは少し面倒そうな表情を浮かべる。
「まだ…まだ……。こんな程度でボクは倒れないよ」
ミラーは埃まみれになりながらも立ち上がり、剣を構える。
「はぁ~、あの人があれだけ言うのでどんな人物かと思いましたが正直がっかりですね」
セリオールは落胆し、ため息をつく。
「あの人?」
「ベルナール団長ですよ。あなた昔は騎士団で諜報活動をしていたんですよ」
「……、まあ、そんな時期もあったね」
「団長が貴方のことよく引き合いに出してたのでどんな人物かと思いましたが、この程度だったなんて……。今の貴方を見たら団長は何ていうんですかね?」
「さぁ……、ボク的にはあのベルナールの下に君のような中途半端な騎士がいたことに驚いているけどね」
「……そうですか。もうあなたと戯れるのも飽きてきました。剣技で決めるのは面倒なのであなたたちの大好きな魔法で終わりにしましょう」
セリオールはそういうと剣に魔法陣を生成する。
「【獄炎柱】」
黒炎の火柱がミラーを飲み込もうとした時だった。
「う~ん、もったいないけど、もうボロボロだし、いいか」
ミラーはコートを脱ぎ、魔力を込める。瞬間、コートが疑似的な盾となり黒炎を防ぐ。そして、ミラーはタチバサミを縦に連結し黒炎が燃え移ったコート越しに姿を隠してセリオールの距離を詰める。
「バカな!?あの傷で動けるはずがない!」
セリオールは驚愕しながらもカウンターの構えを取る。瞬間、ある可能性が彼の脳裏を過ぎる。
(今、突っ込んできているのは果たして本物か?)
セリオールは反射的に魔障壁を広げる。黒い刃が迫る中、彼はタチバサミの刃先ではなく“魔障壁の端”に注目した。
(魔障壁に触れたら──本物!)
刃が障壁の表面を削った瞬間、セリオールは確信した。
「やはり本物!」
彼は瞬時に剣を切り上げ、タチバサミを弾きながら、燃え盛るコートを両断する。そこにはミラーの姿があった。
「甘いですね。あなたももう限界なんでしょう?その焦りが仇となりました」
セリオールは勝利を確信した。ミラーの首筋に向けた剣を振り下ろした。しかし───
「残念だけど、またハズレだよ」
その瞬間、ミラーの体が粉塵のごとく霧散する。
(しまった……!)
咄嗟に声の方を振り向こうと首を動かすが、時すでに遅く激痛が首筋を襲う。
「がはっ……!?」
ミラーの空中での回し蹴りが炸裂したのだ。セリオールは吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。
「ちょっと鈍ったかな?まだ意識あるなんて」
ミラーは涼しい顔で地面に落ちているタチバサミを拾う。その姿には傷一つない。
「あ、驚いた?ボクが負傷していたように見えたでしょ?あれ全部、嘘」
ミラーは飄々と話す。
「いつ……からだ……騙して……」
セリオールは苦悶の表情で尋ねる。
「最初の一撃からだよ。君がボクの一撃をベルナールの固有魔法で回避したときに、君が紫の団の副団長だってわかった。紫の団の副団長が模倣の固有魔法を使うことは事前に知っていたからね。だからわざと自分の弱点をさらして利用させた。それと君が油断するようにダメージを受けたように誤認させただけさ」
ミラーはニコニコと笑いながら語る。セリオールは理解不能といった表情で唇を噛み締める。
「それにしても君、戦闘のセンスないね。まさか初手で自分の手の内を全部さらすなんて、正直驚いているよ。こんな正直者が諜報専門の団の副団長だなんてね?」
ミラーは呆れたようにため息を吐く。
「……ッ…!!糞がァァアアァ!!!!」
セリオールは激昂し叫ぶ。今まで築き上げてきたプライドが砕け散った。これまで多くの戦いを制してきた彼にとって屈辱極まりないことだった。
「負け犬の遠吠え。これでおしまいだね」
ミラーは冷たく言い放ち、タチバサミを構える。しかし───
「まだ……だ……」
セリオールはフラつきながらも立ち上がる。
「とっておきを……使ってやる……」
その瞳には狂気が宿っていた。最後の賭けに出るつもりなのだ。ミラーは構えを解かない。どちらに転ぶかわからない状況だった。
「【死を告げる者】」
セリオールがそう唱えると両手から黒い靄が噴出する。
「……」
ミラーは少し困惑した表情を浮かべる。
「見ろ!私の魔法をもってすれば【八つの禁忌】の魔法だって模倣できる!良かったなぁ!お前たちの大好きなマスターの魔法で引導を渡してやる!」
セリオールは高笑いをする。その光景を目にしたミラーは急に落ち着いた表情になる。
「はぁ~、まさか戦闘センスもなければ情弱なんて……、救えないね」
ミラーはため息をつきながらタチバサミを背中にしまう。
「何を言って───ゴファ!?」
セリオールは吐血した。しかも口からだけではなく、体の穴という穴から血が滴り落ちる。
「はぁ……?」
セリオールは膝から崩れ落ち、地面に伏せる。
「【八つの禁忌】がどうして禁忌って言われているか、莫大な力を手に入る代わりとんでもない反動があるからだよ。つまりは、適合者なければ使うことができない禁忌を模倣したらどうなると思う?」
ミラーは冷たくなったものを見下ろしながら独り言を続けた。
「……って、もう聞こえないか。あ~あ、もう少し情報が欲しかったんだけどな~。まあいいか」
ミラーは踵を返し暗い廊下を歩いていった。
さて始まりました第六章、この章は多分戦闘ばかりの章になる予定?です。お楽しみに




