対立
これで、第5章は終了となります。次回からは第6章になるのでお楽しみに
コロシアムの中心では、ゼロとジークが激しい拳打の応酬を繰り広げていた。互いの拳が衝突するたびに砂煙が舞い上がり、大気のマナが激しく乱れる。そして観客席からの歓声は今や嵐の如く送られ、この世紀の一戦を一瞬たりとも見逃すまいと熱狂に包まれるあまり、自分たちの安全を守る結界に少しずつ綻びが生じていることに誰も気づけない。
その時、拳の交わし合いに変化が起こる。ゼロは後方へと跳躍し、距離を取る。ジークの隙を見逃すわけもなく距離を詰める。しかし、ジークは足を止めた。その理由は明白だった。ゼロの構えが変わったのだ。
それは奇妙なほど単純な姿勢だった。ゼロは左手を軽く前方に翳し、右手は肘を軽く曲げたまま手刀の形に変えている。他から見ればただ構えを変えた程度にしか映らないだろう。だがジークだけはそれが本来ゼロの戦闘スタイルに近いことを知っていたからだ。
「ガハハハッ!ようやくマスターもマジになってきたか!」
ジークは牙を剥き出しにして笑う。
次の瞬間、ゼロが前へと踏み込むと同時に手刀による突きを放つ。ジークはそれを素手で受け止める。瞬時に反撃のカウンターを繰り出すジーク、だがゼロは滑るように横に避け、流れるような動きで蹴りを放つ。ジークは防御を固めるが、その威力に後退を余儀なくされる。
「いいね……!」
ジークが歓喜の声を上げる。ゼロの追撃は続く。刺突、打撃、蹴り、そして空中での捻り技まで、流れるようなコンビネーションでジークを追い詰めていく。しかし、ジークもまた猛攻に晒されながらも反撃の機会を窺っていた。
「やっぱりマスターはすげぇよ!久々に胸が躍る‼」
ジークはゼロの連続攻撃を受け流しながら吠える。まるで幼い子供のように無邪気な表情で。
瞬間、ジークが右腕に力を込め始める。ゼロは即座に距離を取ろうとするが、間に合わない。ジークの右拳が稲妻の如く放たれ、ゼロの腹部に直撃する。
「ぐっ……!」
ゼロの体が宙を舞い、コロシアムの壁へと叩きつけられる。凄まじい衝撃音と共に、結界に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
「ガハハハハッ!やっと使いやがったな魔法をよ‼」
ジークは満足げに笑う。ゼロはゆっくりと立ち上がる。その瞳は紅く六芒星のマークが浮かび上がっていた。
「流石に今のはヤバかったね」
ゼロは苦笑する。
「さて、お互いそろそろ準備運動は済んだだろ?」
「マスターのそういうとこ、俺、大好きだぜ♪」
ジークの瞳が獣の爪の跡のように変化し、両腕に紅蓮の炎を纏わせる。それを見たゼロは右手に黒い魔力が帯び始め、次第に禍々しい刃の形状へと変わっていく。
「『死の波』」
ゼロの右手から黒い魔力の波が放たれる。波は見る見るうちに拡散し、ジークを飲み込もうとする。
「『竜人拳』……」
ジークの右拳の一点に炎が集中し、爆発的なエネルギーとなって黒い波へと放たれた。
「『竜王の一撃』」
波と拳が拮抗し、やがて爆発的な閃光と衝撃がコロシアムを覆い尽くす。衝撃で結界は大きく揺らぎ、ついに耐え切れずに完全に崩壊する。観客席から悲鳴が上がるが、二人は一切気に留めない。光が晴れると、ゼロとジークは再び対峙していた。互いその表情には歓喜の色が浮かんでいる。
「さぁ、マスター!第二ラウンドと洒落込もうぜ‼」
「ああ、そうしようか」
次の瞬間、ゼロの姿が霞み、一瞬でジークの懐に飛び込む。ジークもまた反応し、迎撃の態勢を取る。拳と拳がぶつかり合う寸前、突然二人の間を引き裂くように刃物が飛ぶ。
「なっ!?」
ゼロとジークは同時に飛び退き、距離を取る。そして、二人の間に現れたのは───
ヴァルグリズだった。
「そこまでだ。お前たち二人の身柄を確保させてもらう」
ヴァルグリズは冷徹な声で宣告する。
「何言ってんだてめぇは?邪魔してんじゃねぇぞ‼」
ジークが怒りを露わし、ヴァルへと突進しようとする。しかし、ゼロはそっと手を上げ静止する。
「……ヴァル、君はここの看守だったんだね」
ゼロの瞳は黒に戻り、ヴァルを見据える。その表情は穏やかだが、どこか哀愁を帯びていた。
「……」
ヴァルは無言のまま、ゼロを見つめ返す。
「今ここで僕たちとやり合えばただでは済まないことは分かるはずだ。ここはひとつ、僕たちを見逃してはくれないかな?」
ゼロは静かに語る。
「……確かに、我々の勝ち筋は薄いだろう……。だが──、」
ヴァルの後ろの地面からセリオンが現れ、他の女性看守の二人も降りてくる。さらには天井からダリオンとセリオールが降りてきた。
「ここは大監獄【クロス】。罪人は何があってもここから出すわけにはいかない」
ヴァルは冷徹にそう告げた。その瞳には一片の迷いもなかった。
「まあ、そんな簡単な話じゃないよね、お互いに」
ゼロは諦めたように呟くと、ジークの隣に並ぶ。
「なんだ?結構面白くなってきたじゃねぇか♪」
ジークは愉快そうに笑う。その時、二人の後ろから聞きなれた声が響く。
「マスターーー!師匠ぉーーーー!助けに来たぜぇ!」
フェイの威勢のいい声がコロシアムに響き渡る。その傍らにはリオンとゼーラの姿もあった。3人は観客席からコロシアムへと降り二人へと近づく。そして双方とも一列に並び、向かい合う。コロシアム内は緊張感に包まれる。
「僕たちには僕たちのやるべきことがある。ここは通してもらうよヴァル」
ゼロは冷静に告げる。
「それができないからここは大監獄なんだよ。ジャックさん……、いや、ゼロ・グリムロード」
ヴァルは凍てつくような声で応じる。次の瞬間、ヴァルが右手を上げると「は、はい~」とセリオンが応え、両手を地面につける。
「あ?」
瞬間、ジークが動きセリオンの魔法を妨害すべく飛びかかる。しかし、同時に動いた、セリオールとエルシアの剣によって遮られる。
「チッ」
ジークは体を回転させ、2人の剣を弾きながら距離を取る。フェイとリオンも続けて攻撃を仕掛けようと構えを取るが───、
「一手遅いな」
ヴァルがそう呟くのと同時、ゼロとヴァル以外のギルドメンバーの足元に大きな穴が開き、全員が落下していく。穴が閉じると、その場にはゼロとヴァルだけが残された。
「ゼーラ!フェイ!リオン!ジーク!」
ゼロは叫ぶ。しかし、返事はない。
「安心しろ、こことは別の場所に行ってもらっただけだ」
ヴァルは淡々と説明する。
「……皆をどうするつもりだ?」
「初めにも言ったはずだ。お前たちを捕らえると」
ヴァルは冷徹な目でゼロを観察する。
「アンタ、初めて動揺を見せたな。やはり情はあるみたいだ」
「……」
ゼロは答えなかった。
「せっかくの機会だ。短い間とはいえ、俺とアンタの仲だ。少し話そう。お互いに聞きたいこともあるからな。しれに俺には時間がある。それとも仲間のことが心配か?」
ヴァルは薄く笑う。ゼロは顔を伏せ、しばらく沈黙する。
「……そうだね。今、下手に皆を探すよりここで待っていた方が早いかもね」
ゼロは顔を上げ、そう言った。
「自信があるんだな」
「ああ、自慢の仲間だからね」
ゼロはそう言うと、構えを解いた。ヴァルはその様子を見て、口元に小さな笑みを浮かべる。
「そうか、ならお前の仲間が戻ってくるまで話しでもしよう」
そう言ってヴァルは、近くにあった椅子を引っ張り出すと、そこに腰を下ろす。ゼロもまた、同じように別の椅子を持ってきて腰を下ろした。
「さて、何から話そうか……」




