懸念
「なんかマスターと師匠、ガチでやりあってないかあれ?」
フェイは巨大な魔石に映し出された映像を観ながら呟いた。映像には、殴り合うゼロとジークの姿が鮮明に映し出されている。
「あの……お二人とも大丈夫でしょうか……?」
ゼーラは不安げに問いかける。二人の激しい戦いぶりに、彼女は心配でたまらなかった。
「あれはダメね。二人とも熱くなっちゃって本来の目的忘れてんじゃない」
リオンは冷静に分析する。
「もしかして……これって良くないことなんですか?」
ゼーラの不安はますます大きくなる。
「いや、まあ結果的には、大気のマナが暴走してコロシアムを覆ってる結界自体も不安定な状態になってるし、後は何かしらの衝撃を与えてあげれば崩壊しそうだけど……」
リオンは状況を説明する。
「へ~なら私たちも早くコロシアムに向かった方がいいじゃないか」
「そうね、そうしましょう」
フェイの提案に、リオンも賛同する。そんな中、ゼーラは他の来賓と同様に映像を見つめていた。
「行くよ、ゼーラ」
「あ、はい!」
リオンの言葉に、ゼーラは慌てて振り向き、二人の方へと駆け足で近寄る。三人はそのまま急ぎ足でコロシアムに繋がる廊下へと向かった。
(それにしてもゼロ、今までに見たことないほど嬉しそうに戦ってたな……)
ゼーラは、魔石を通して見たゼロの表情を思い返していた。普段の飄々とした姿とは全く異なる、少年のような純粋な笑顔。それが妙に印象に残っていた。
暗い実況部屋の中で、ダリオンは椅子から跳ね起きた。巨大なスクリーンに映し出されたコロシアムの映像には、拳を交える二人の男が映っている。一方はジーク・フリート。そしてもう一方は──。
「ゼロ……グリムロード……!?」
信じ難い光景に、ダリオンの喉が干上がる。伝説が二つ、自分の管理するコロシアムで激突している。
「おいおいおいおいおいおいおいおい!これりゃあ一体どんあサプライズだ?」
ダリオンは興奮していた。自分が主催したこのコロシアムで強者が二人、大気を揺らすほどの熱い戦いを行い、結果がどうなるかも見えてこない。この不安定要素の塊のような状況にこの男の脳内は異常なほど活性化し悦楽を求め始めていた。この熱量をどう利用すべきかと頭の中で算盤を弾き始める。
そんな時、ドアが勢いよく開かれた。
「ダリオン!今の状況を伝えろ!」
ヴァルが息を切らして飛び込んできた。普段の冷静さはなく、顔には動揺が浮かんでいる。
「んあ~?ヴァルじゃあねーか!見てくれよこの状況‼最高に面白いショーだぜ~♪」
ダリオンは愉快そうに笑いながらヴァルを振り返る。ヴァルはそれを見てため息をつく。
「お前じゃ話にならん。セリオンいるだろ。状況を伝えろ」
ヴァルは冷たく言い放つと部屋を見渡した。すると──。
「看守長、ここにいるよ~……」
壁の一部が歪み、青白い顔がゆっくりと浮かび上がった。半透明の肌に虚ろな瞳。この監獄の結界を維持するセリオンである。
「セリオン、ジークの拘束は?」
ヴァルは直接的に問う。
「そ、それなんだけど……、だ、団長から預かってた制御リングが動かなくなったんだよ~。意味がわかんないよ~」
セリオンは壁から顔だけを出し、弱々しく答える。
(制御リングが効かなくなった?成約が破られた……。それじゃあやはりジャックは……)
ヴァルは口に手を当て考える。
「完全結界の状況は?」
ヴァルは続けて問う。
「ん~……それがあんまりよくないよ。あのゼロとかいう奴の魔力に充てられてるせいで、少しずつ……壊れそうだよ~」
「……想定外の状況だ。人手がいるな……。ダリオン、正面玄関の見張りは何をしている?」
「あ?ああ。正面入口は今はちょっと忙しいかもしれんなぁ~♪」
ダリオンはニヤリと笑う。
「どういうことだ?」
ヴァルの表情が険しくなる。
「ちょっと前に侵入者が二人来たみてぇでなぁ。おそらく二人とも魔導士だな、何人かの兵士が向かったが足止めにもならねぇ……。」
ダリオンは椅子に凭れ掛かる。
「そ、それだけじゃない……、三人、パーティ会場からコロシアムに向かってる……、た、多分だけど今潜入してきた奴らの仲間だと思う……」
セリオンは恐怖に声を震わせながら付け加えた。
「……グリム・ライトの魔導士か。ダリオン、至急王都にいる団長たちに連絡しろ」
「そうしてぇのは山々なんだが、王都との連絡がつかねぇ、監獄内の連絡網は死んでねぇめてぇだから、恐らく王都でなんかあったなこりゃ」
ダリオンは頭を掻きながら答える。
(王都の連絡網が絶たれた?会議で他の聖騎士たちが集められているこのタイミングで?王都で会議が行われていることは上層部とごく一部の団員にしか知られていないはずだ。それに監獄内の情報もそうだ。そもそも魔導士どもはどうやってジャックという山賊の存在を知り、あの男に偽装させれた?【コブラ】の件は、ほぼ身内にしか情報は出ていない。それじゃあどこから漏れた?それはつまり……、聖騎士団内にグリム・ライトと繋がっている裏切り者でもいると言っているのと同義だ)
「どうやら困りごとの様ですね」
その時、扉が開き低い声が室内に響いた。扉を開けて入ってきたのは細身の男性だった。長い銀髪を後ろで束ね、紫色の外套を羽織っている。鋭い眼光と端正な顔立ちからは高貴な雰囲気が漂っていた。
「セリオール……」
ヴァルが警戒した表情で名を呼ぶ。
「ご機嫌いかがかな。ヴァルグリズ看守長殿」
セリオールは恭しく一礼するが、その目は一切笑っていない。
「まだいたのか?……セリオール、お前こうなることを知っていて黙っていたな?」
ヴァルは怒気を含んだ声で問う。
「まぁね」
セリオールは淡々と認める。
「だが勘違いしないでほしい。私はあくまでベルナール団長がかけた保険に過ぎない。実際私もここまでの大ごとになるとは思わなかったさ」
「ベルナール団長が?」
ヴァルは眉をひそめる。
「ええ。何でも〝とある情報提供者〟からの密告だとか。詳しくは教えてもらえませんでしたが……」
セリオールは意味深に微笑む。ヴァルは苦虫を噛み潰したような表情で状況を整理した。
「セリオン」
「はいぃ?」
壁から顔だけ出したセリオンが弱々しく応じる。
「他の兵士に来賓たちを安全な場所に移動させろ。ここは戦場になる。それが終わり次第エルシアとトルメスと共にコロシアムに来い」
「りょ、了解しましたぁ……」
セリオンは慌てて通信を始める。
「ダリオン」
「なんだ?」
ダリオンは椅子に座ったまま尋ねる。
「お前は外から侵入してきた魔導士二人を対応しろ。監獄内に先に侵入している奴らがいる状態でわざわざ外から入ってきたんだ。おそらく二人の内どちらかが移動系の魔導士だ。何としても合流を阻止しろ」
「わぁったよ」
ダリオンはため息をつく。
「あの~ちょっといいかな?」
セリオールが手を挙げる。
「何だ?」
ヴァルが厳しい視線を向ける。
「外から侵入してきた方の二人の内の一人、男の方。私が相手をしてもいいかな?」
「好きにしろ。」
ヴァルは短く答える。
「ありがとう」
セリオールは満足げに微笑む。ヴァルは踵を返し、出口へと向かう。
「俺は一足先にコロシアムに向かう。お前たち直ちに配置につけ」
そう言い残し、ヴァルは部屋を後にした。ダリオンとセリオールは無言で視線を交わす。
「随分と素直に譲ってくれましたね」
セリオールが呟く。
「お前がその男を狙う理由くらいわかるさ。せいぜい楽しめよ」
ダリオンはニヤリと笑う。セリオールはそれ以上何も言わず、部屋を出ていった。
多分次の話くらいで第5章終わります




