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グリム・ライト  作者: 紅零亜種
第5章 大監獄【クロス】
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鉄仮面

 馬車の中で揺られるゼーラの脳裏に、数日前のサファイアとの会話が蘇る。


(サファイアさんの言葉……本当によかったのかな?)


 彼女の懸念していた。かつて王都で侍女をしていたゼーラの顔は、王都関係者や聖騎士団内部で共有されている可能性が高い。来賓として堂々と侵入するのは自殺行為に等しいはずだった。

 しかし、ゼーラのその思いに対し、それを見透かすかのようにサファイアはこう告げた。


「このコロシアム各地のお偉いさん方が非日常的な娯楽を求めてやってくる、それこそ様々な立場の人たちがね。その中にはあんな場所にいること自体が問題になる者も一定数いる。故に来賓は皆自分に顔に仮面をつけ身分を隠す。『ここにいるのはただの一般客ですよ』と言わんとばかりにね。だから他の者はそれ以上の詮索は行わない。それがこのくだらないパーティの最低限の礼儀作法さ」


 あの時サファイアさんはそんな風に笑っていた。だがその計算は、本当に正しいのだろうか?


 現在ゼーラは既にフェイとリオンと共に馬車に乗って、囚人たちが収容されている巨大な監獄【クロス】の敷地内に入る途中だった。今回、一応貴族であるリオンの知り合い経由で招待状を貰い潜入することになった。無論服装も完璧に装備しており誰も三人が魔導士ギルドの人間だとは知らないだろう。しかもこの場では三人共仮面をつけているため尚更こちらの正体がバレることはないという考えだ。

 馬車は荘厳な鉄門を抜け、敷地内の奥へと進んでいく。左右には衛兵が立ち並び、異常なほどの警戒態勢が伺える。その威圧感にゼーラは息を呑んだ。やがて馬車は目的地に到着し、ドアが開かれる。案内人によって無機質な石造りの廊下渡り、大きな扉へと案内された。


「こちらでございます」


 案内人はそう言うと扉を開ける。すると目の前に広がるのは驚くほど豪華なパーティ会場だった。まるで宮殿の一室のような待機エリアには、すでに多数の来賓が集まって談笑している。


(まさか……こんなにも人が多いなんて……)


 ゼーラは内心の不安を押し殺しながら、リオンとフェイに続いた。二人とも堂々とした態度で歩いている。


「緊張してる?」


 不意にリオンが小声で尋ねてきた。


「ええ……少し……」


 ゼーラが素直に答えると、リオンは優しく微笑んだ。


「大丈夫。みんな同じ仮面をつけている。それになにより、我々は客人だ。疑われる謂れはない」

「そうだぜ!むしろ私らは堂々としてればいいんだよ!」


 フェイが元気に付け加える。その言葉にゼーラは少しだけ勇気を得た。


「そうですね……頑張ります」


 ゼーラは決意を新たにすると、会場の中央へと歩を進めた。床には深紅の絨毯が敷かれ、壁には金糸で刺繍されたタペストリーが等間隔に飾られている。天井から吊るされた巨大なシャンデリアは、磨き抜かれた水晶の粒を無数に散らし、光が波紋のように会場全体へ広がっていた。


「話には聞いていたけど、監獄にこんなものを作っちゃうんだから聖騎士の特権ってのも相当な物ね」


 リオンは会場を見ながら呆れたように呟いた。


「だいぶ人が多くなってきたな、ゼーラ、あまり私らから離れ……、おい、リオン」

「ん?どうした?」

「ゼーラ、どこに行った?」

「あれ?さっきまで隣に居たはずなんだけど……」


 フェイの呼びかけにリオンが反応し、辺りを見回すがゼーラの姿は見当たらなかった。

 ゼーラは会場の雰囲気に圧倒されているうちに、二人と逸れてしまったのだ。


(まずい……二人ともどこに行ったのだろう……)


 ゼーラは冷や汗をかきながらも冷静を保とうと努める。幸い、まだイベントが始まるまで時間はあり、焦らずに周囲を探せばきっと合流できるはず。そう考え、人ごみの中で、ゼーラは必死に周囲を見回した。


(フェイさん……リオンさん……どこに行ったんだろう……)


 人々は商人や貴族の方が多いようで、色とりどりの仮面をつけた男女が歓談している。当然のことながらゼーラ自身も仮面をつけているが、それでも右往左往しているのが周囲から完全に浮いていた。


(落ち着いて……冷静にならなきゃ……)


 深呼吸して気持ちを落ち着かせようとする。サファイアの指示通りに動けば必ず合流できるはずだ。そう自分に言い聞かせてゼーラは歩き出す。そうして人の波に飲まれそうになりながらも前に進んでいると———


「きゃっ!」


 不意にゼーラは何か硬いものにぶつかった。咄嗟に謝罪の言葉が口をつく。


「すみません! 私の不注意で……」


 慌てて距離を取ろうとしたが、目の前に立つ人物を見てゼーラは言葉を飲み込んだ。全身を漆黒のローブで包み、顔には冷たい金属光沢を放つ鉄の仮面をつけており、その姿は異様としか言いようがなかった。


(この人は一体……?)


 明らかに周囲の人々とは違う雰囲気を漂わせている。一般人というよりはむしろ……


「あ、あの……申し訳ありませんでした……」


 ゼーラは再度謝りながら、この場を一刻も早く立ち去ろうとした。本能が危険を察知したからだ。


 しかし———


 ガシャリ。


 鈍い金属音とともに、その人物がゆっくりと振り向き、ゼーラの進路を塞いだ。


「え……?」


 予想外の出来事にゼーラは硬直してしまう。鉄の仮面越しに感じる強い視線。何も言葉を発さない沈黙が逆に不気味だった。


(どうして……通してくれないの……?)


 時間が止まったかのような感覚が襲う。ゼーラは冷や汗が背中を伝うのを感じ、心臓の鼓動が耳元で響く。


「あ……あの……どいてくださいますか……?」


 震える声で訴えるが、反応はない。むしろその人物は一歩前に踏み出し、ゼーラをより近くから見据えるようにしてくる。


(こ……怖い……)


 未知の恐怖がゼーラを襲う。このままではいけないと頭では理解していても身体が言うことを聞かない。そんな彼女を知ってか知らずか無機質にその手がゼーラへと伸びようとしたその瞬間───


「ちょいと失礼」


 不意に別の声が割って入った。聞き覚えのある明るい声。フェイだった。

フェイは鉄仮面の腕を掴み、静かに制止していた。丁寧な口調とは裏腹に、その握力はかなりのものらしい。鉄仮面の腕の関節が僅かに軋む音がした。


「私の連れに何か御用でも……」


 フェイは笑顔を崩さないまま続けるが、その声音には明らかな警告が含まれている。しかし鉄仮面は微動だにしなかった。まるで岩が覆いかぶさるかのように重々しい静寂が支配する。フェイの腕を振り払うでもなく、かといって従うでもない。互いの力量を探り合うような緊迫した空気が流れた。


『あ~テステス、ご来賓の皆様にお知らせがありま~す♪』


 突如、場違いな音声が会場全体に鳴り響いた。


『これよりメインイベントに入る前の前座として極悪大罪人ジーク・フリートのデモンストレーションを行うぜ。どうぞ皆さま心行くまでご覧くださいませ♪』


 アナウンスに会場全体がざわめき始める。魔石からコロシアムの映像が映し出された。会場にいる者たちはそれを見て興奮した声が飛び交わされる。


「……」


 次の瞬間、鉄仮面の腕が不意に動き、フェイの手を払った。強引なものではないが、明確な拒絶だ。そのまま彼は無言で踵を返し、群衆の中へと消えていった。フェイはその背中を睨みつけながら低く唸る。


「怪しい奴だな……。まあとにかく無事でよかった」


 ゼーラの方を向き直ると、いつもの明るい笑顔に戻った。


「一人にしてごめん!怖い思いさせたね」


 安堵で膝から力が抜ける。フェイが肩を支えてくれた。


「いえ……私こそすみません……。でもあの人……」


 言葉を探すゼーラに、フェイは深刻な表情で応える。


「ああ。ただの客人ってあけじゃなさそうだな。本気じゃなかったとはいえ私の力じゃびくともしなかった」


 フェイは自分の手を見つめ、不敵に笑った。すると、リオンも二人に駆け寄ってきて息を荒げながら確認する。


「大丈夫? 何かされなかった?」


 ゼーラが首を振るとリオンはひとまず安堵した様子を見せたが、すぐさまフェイの方を向いて問いただす。


「それで?何があったの?」

「変な奴に絡まれただけだよ、少なからず聖騎士やその関係者じゃないとは思う。ただ……」


 フェイは難しい顔で腕を組んだ。


「得体の知ら得ない何かだった。もしかしたらこの監獄、私らが考えてるよりももっとヤバいところなのかも」


 二人の表情に緊張が走る。会場の喧騒の中、新たな不安が芽生えつつあった。


投稿が遅れてしまい申しわけない

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