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グリム・ライト  作者: 紅零亜種
第5章 大監獄【クロス】
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プレゼント

 それから少しして私たちはリオンの工房に着いた。


「さあ、着いたよ。ここが私の工房だ」


 リオンさんがそう言って扉を開けると、独特の薬草と金属の香りが鼻をついた。様々な薬品や鉱石、工具が整然と並び、壁際には分厚い書物がぎっしりと詰め込まれた本棚が立ち並んでいる。中央には大きな作業台があり、その上には作りかけの魔道具のようなものや宝石のようなものが乱雑に置かれていた。まさに研究者の部屋と呼ぶにふさわしい光景だった。


「へぇ~、案外掃除されてんじゃん」


フェイさんは慣れた様子で工房内を見回している。


「そうなんですか?」

「おうよ、この前部屋まで飯を届けに行った時には足の踏み場すらなかったんだぜ」


 フェイさんが呆れたように言うと、リオンさんはテーブルに置いてあった何かを掴み、フェイさんに投げつけた。投げつけられたものを難なくキャッチしたフェイさんはそれを凝視し、目を輝かせた。


「はい、それ頼まれてた魔道具。前のメリケンサックじゃ手の細かい動きができないって言ってたから、今回はグローブの形にしたよ」


 リオンさんは淡々と説明する。


「おお!さすがリオン! ありがとな!」


 フェイさんは満面の笑みで礼を言い、早速手袋をはめて感触を確かめている。


「さ、こっちが本題、ゼーラにプレゼントしたいのはこれ」


 リオンさんは大きな箱を取り出し、私の前に置いた。


「なんですか、これ?」


 私は首を傾げた。木箱は両手で抱えるほどの大きさで、滑らかな革製のベルトで丁寧に固定されている。


「開けてみて」


 リオンさんが促すので、私は慎重にベルトを外し、蓋を持ち上げた。木箱の中には、見事な杖が横たわっていた。

 それは私の背丈より頭一つ分ほど短い、優美な曲線を描く木製の杖だった。全体的に深い茶色を基調としているが、よく見ると木目が金色に縁取られており、まるで古木が自ら光を帯びているかのような神秘的な佇まいだ。そしてその杖の先端には――。


「わぁ……」


 思わず息を呑んだ。先端には大きな青色の魔石が埋め込まれていた。その青はただの青ではない。深い海の底を思わせる濃藍から、晴れ渡った空のような明るい水色まで、グラデーションがかかっており、角度によって微妙に色合いを変える。まるで小さな星雲が凝縮されたかのようだ。


「きれい……」


 私は魅入られたように呟いた。


「どうだ? 気に入ったか?」


 リオンさんが穏やかに尋ねる。


「はい!とっても素敵です!でも……私なんかがこんな高価そうなもの……」


 恐縮してしまい、言葉が尻すぼみになる。


「ギルド仲間になった記念みたいなものだよ。それに、この杖は私の手作りだからそんな金はかかっていない。魔石だってここから少し離れた洞穴から取ってきたものだからね」


 リオンさんはさらりと言うが、その杖の洗練されたフォルムと魔石の加工精度を見れば、並大抵の努力では完成しないものだと分かる。


「でも……」


 なおも遠慮しようとする私に、リオンさんは杖を手に取り、作業台の上でいくつかの仕草をした。


「この杖はただの飾りじゃない。君専用に調整した魔道具だ。例えば――」


 リオンさんが杖を垂直に持ち上げると、先端の青い魔石がぼんやりと輝き始めた。そして次の瞬間、魔石から小さな光の玉が空中に浮かび上がり、ゆらゆらと揺れたかと思うと、ふっと消えた。


「え? 今の……」


 私は目を丸くした。


「驚いた? この杖には周囲のマナを自動で補助する機能が付いている。魔力操作がまだ安定していない君でも、ある程度の魔法の行使が可能になる」


 リオンさんは杖を私に手渡した。


「持ってみて」


 言われるままに杖を握ると、掌にしっくりと馴染む感触があった。そして不思議なことに、先ほどのリオンさんの動作を真似て垂直に持ち上げると、確かに杖が微かに熱を持ち、掌を通して魔力が循環していくような感覚を覚えた。


「すごい……」

「理論上は……そうだな、一日に2回までなら魔力弾を放つことができるはずだ」


 リオンさんの説明に、私は思わず声を上げた。


「魔力弾……ですか?」

「自動で集めた周囲のマナを魔力弾として放出する。非常時の護身用には十分だろう」


 リオンさんは穏やかに微笑んだ。


「……」


 私は言葉を失い、ただ手の中の杖を見つめていた。これほど高性能な杖が自分に? 信じられない思いと、大きな期待が胸の中で渦巻く。


「すげーだろゼーラ。うちの連中の魔道具はだいたいリオンが作ったやつなんだぜ」


 今まで黙って様子を見ていたフェイさんが感心したように言った。


「工房をかりているんだ。それくらいの恩返し位するさ」


 リオンさんは照れたように髪をかき上げる。


「ありがとうございます、リオンさん……本当に……大切にします!」


 私は杖を両手でしっかりと抱きしめ、心からの感謝を伝えた。この杖は単なる道具ではない。リオンさんの優しさと思いやりが詰まった、私への贈り物なのだ。


「気に入ってくれたなら良かった。壊れても修理はいくらでもするから」


 リオンさんは安心したように微笑んだ。

 私は胸がいっぱいになりながらも、ふと工房の奥にある作業台の一角に目が留まった。そこには乱雑に積まれた書類や本が置かれていたが、その中に一冊だけ、埃を被った古い羊皮紙の束があった。表紙にはインクが掠れた文字で《魔法の文字化に関する初期考察》と記されている。


「リオンさん、これは……?」


 私はその羊皮紙の束を指差した。明らかに他の資料よりも古く、ページの端は茶色く変色している。


「ああ、それか……」


 リオンさんは少し遠い目をして答えた。


「昔……私がまだ小さかった頃に書いた論文の一部だ。友人と一緒に研究していたんだが……当時は机上の空論だと笑われた代物さ」


 リオンさんの声には懐かしさと微かな未練が混じっているように聞こえた。


「魔法の文字化……ですか?」


 聞いたことのない言葉に私は首を傾げる。


「そうだ。魔導士の才というのは固有魔力の有無に直結する。しかし、小さい頃の私たちは魔導師が魔法を行使する際の『詠唱』や『魔法陣』一定のパターンがあることに気づいたんだ。で、そこから魔法という技能は誰でも使えるんじゃないかと考えたんだ。この論文は魔導士でなくても使える魔法の体系化……つまり魔法文字による魔法の再現という概念を提唱した論文だよ」


 リオンさんは懐かしむように微笑んだ。その表情は普段の落ち着いた雰囲気とは違い、無邪気な少年時代を思い出しているかのようだった。


「へぇ~リオンさんってそんな時から魔法について研究していたんですね」


 私は尊敬の眼差しでリオンさんを見つめた。


「まあな。結局、当時の私にはそれを実現するための知識も技術も足りなかった。固有魔力の再現ができたのもここ最近のことだからね」


 リオンさんは肩を竦めた。


「でも……すごく興味深いです。誰でも魔法が使えるようになるなんて……」


 私は純粋に感動していた。もし本当にそんなことができたら、世界はもっと便利になるかもしれない。


「おう!そうだろ!?リオンのやつ昔っから天才だったんだぜ!というか、これが数年前くらいに北の国にいるお偉いさんかなんかに知られて世界中に魔法文字ってのが広がって魔法文字を使う存在、【魔術師】って概念ができたんだぜ」


 フェイさんが得意げに補足する。


「え!?それってつまり……」


 私は驚きで言葉を失った。リオンさんが世界中に影響を与えるような功績を残していたなんて。


「ええ。フェイの言う通りよ。それがきっかけで魔術師という概念が生まれたわ」

 

 リオンさんは少し困ったように笑った。


「まあ、私自身はそんな大それたことをしたつもりはないんだけどね。ただ自分が面白いと思ったことを調べていただけだから」


 謙遜するリオンさんだが、その功績は計り知れないものがある。


「す……すごいですリオンさん!そんなすごい方だったなんて……」


 私は尊敬の念を込めて言った。


「ははは……ありがとうゼーラ。でもあまり期待しないでくれよ?今の私はただの魔道具職人みたいなものだから」


 リオンさんは照れくさそうに頬を掻いた。


「その……一緒に研究していた友人というのは……どんな方だったんですか?」


 私は自然と尋ねていた。リオンさんの少年時代や、共に夢を追った仲間のことがとても気になったからだ。リオンさんは一瞬だけ視線を彷徨わせた。その瞳の奥に、懐かしさと微かな痛みが揺れたように見えた。


「ああ……あいつは……」


 リオンさんは一度言葉を切った。そして、ふっと遠い目をして空を見つめた。


「……昔の話だ。もう随分会っていない。私と同じように魔法に夢中で……それ以外はどうでもいい、そんな魔法バカだったよ」


 リオンさんの声は穏やかだったが、その言葉には深い思いが込められているように感じた。


「名前を聞いても……?」


 私が重ねて尋ねると、リオンさんは静かに首を横に振った。


「秘密だ。お互い色々あってね。今はもう昔みたいに気軽に一緒に研究なんてできない間柄になってしまった」


 その言葉は明確な拒絶ではなく、何か触れたくない過去があることを示唆していた。リオンさんの表情は少し曇り、遠くを見るような眼差しになる。

 私はそれ以上踏み込むべきではないと悟った。リオンさんにとって大切な思い出であると同時に、触れられたくない部分なのだろう。


 その時だった。


「おっしゃー! しんみりタイム終了!」


 突然、フェイさんがパンッと手を叩き、大きな声を上げた。リオンさんと私はハッとしてフェイさんを見る。


「せっかくのいい日なんだ!暗い話はもう終わり!飯食いに行こうぜ飯!」


 フェイさんはいつもの溌剌とした笑顔に戻り、私たちに親指を立てて見せた。その明るさは場の重い空気を一瞬で吹き飛ばすようだった。


「え? いや、でも……」


 私は少し戸惑ったが、フェイさんの勢いに押される。


「ほらほらリオンも! 頭脳労働するなら腹ごしらえは必須だろ! ゼーラちゃんもお腹空いてるだろ? 新しい杖のお祝いと明日のクエストの景気づけも兼ねてさ!」


 フェイさんはリオンさんの腕を掴み、ぐいぐいと引っ張る。


「おいおいフェイ……」


 リオンさんは呆れたように抵抗しようとするが、フェイさんのパワーには敵わないようだ。


「ね? 行こ? リオンもたまには美味いもの食って気分転換しないと!」

 フェイさんはニカッと笑う。その笑顔には純粋な善意と心配が込められているのが分かった。リオンさんはため息をついたが、その表情はどこか穏やかだった。


「……分かったよ。付き合ってやる」


 リオンさんが観念したように言うと、フェイさんは「やった!」とガッツポーズを決めた。


「さ、ゼーラちゃんも! 行こ行こ!」


 フェイさんは今度は私の方に駆け寄ってきて手を差し伸べた。私はリオンさんとフェイさんの顔を交互に見た。リオンさんは少し困ったような笑みを浮かべながらも、どこかホッとした表情をしているように見えた。フェイさんの気遣いが伝わってくる。


「はい! 行きましょう!」


 私は笑顔で答えた。フェイさんの明るさと気遣いに感謝しながら、私は二人と共に工房を後にした。


 最近pvが伸びてて少し驚いている今日この頃。

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