#15 『異界』 NO WAY OUT(逃げ道は無いッ)!!
100%の善意、そういうのも確かにあると思います。
だけど、あの子かわいいから何とかして振り向いて欲しいとか
我欲から始まるその人への行動も人間あると思います。
人間は神様なんかじゃない。
綺麗事だけじゃなく、欲が何より強い動機になる事はよくあります。
しかし、誰かの為に何かをしようとするのなら、
きっかけはともかくそんな気持ちにさせてくれる、
人間の欲とか下心の数少ない良い所 かなとも思います。
『僕』は、まだ気持ちが定まってはいませんけど…。
僕は正直に先輩に話をした。
特に小学六年生時にあった守田達やクラスメイト達の
人間性を垣間見て、人に対して僕は恐怖や不信感を
抱いてしまっている事、次は自分が裏切られるんではと
内心ヒヤヒヤしている事。
その上でもう一度謝罪の言葉を口にする、
先輩は何も悪いことをしていないのに僕が勝手に
不安になってしまい、手が止まってしまった事に対して。
散々『僕を信じて』みたいな言葉を吐いておきながら、
最後の最後で僕が先輩を信じようとしなかった。
『どんな結果になろうと後悔はない』
そんな決意をして僅か数分後の変節。
まるで自分の意志が取り替えられたかのように、
そのくらい一貫性が無い。
情けない話だが、僕自身は人を信じる事がほとんど出来ない。
これは機械や物みたいに欠陥と言ってしまって良いと思う。
ただの『欠陥品』、それが僕の自分への自己評価だ。
………。
……。
…。
先輩はずっと黙って僕の話を聞いてくれていた。
その瞳はまっすぐに僕を見つめていた。
一切の非難も、憐憫も無い。
「僕はそれ以来なんか怖かったり、どこか距離を置くというか
人に対して壁を作っていたと思います」
僕は一人、言葉を続ける。
「先輩が僕に何も悪い事をした訳でもないのに僕が勝手に
恐れるというか…。不安になってしまったというか…」
「………」
「僕も正直…、分からないんです。二つ、全然違う考えが
頭の中に混ざってしまったみたいでして…。
不安とか怖さみたいなマイナスな気持ち…浮かんでしまい、
でも…」
僕はいつの間にか涙声のような、湿った声になっていた。
嗚咽で言葉にならないという程ではないが、感情が丸わかりに
なってしまうような声なのが自分でも分かる。
「でも、先輩と一緒にここから生きて帰るんだって…、
何があっても…守るんだ…って、その為なら…、
後悔は…無いっ…て、決心したって…言うのに…」
何かがこみ上げてくる、伝えたい事や謝りたい事はまだある。
しかし、途絶えがちになり消え入りそうな声が風に消えていく。
僕を見つめている先輩の顔が見れない。
申し訳なくて、言葉を吐くたびに視線が下に向いていく。
そうして、だんだんと漏れ流のが言葉より嗚咽が増えていく。
僕はひどい偽善者だ…、吐いてきた言葉に嫌気がさす。
散々先輩に向けて甘い事を吐き、せっかくついて来てくれた
先輩に対し、肝心な所でその梯子を外す。
まるで、性悪な詐欺師のように。
人に信頼や希望を抱かせ、それが最高潮に達した時や
生きるか死ぬかのような肝心な時に裏切りその絶望が大きい程、
甘美な蜜を味わう悪魔のように先輩を弄そんだのではないか?
そんな事が頭に浮かんだ、途端に自分が許せなくなる。
その時、一筋の影がよぎる。何だろうと顔を上げてみたら
先輩が僕に手を伸ばそうとしているところだった。
殴られるのかな…、引っ叩かれるのかな…、
それも仕方ないな…、そんな事を考えていると…。
僕は先輩に抱きしめられていた。
何も言わないで。
先輩はそう言っているかのようだった…。
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僕は泣いていた、さめざめと先輩に抱きしめられた腕の中で。
子供をあやす母親のように、先輩はその腕で僕を包む。
涙を流すたびに僕の中の醜い物が出て行くような感覚になる。
先輩が不意に僕の頭を撫でた、
それが気恥ずかしくも有り、心地良くもある。
だが、その蕩ける気持ちをすぐに振り払う。
僕は申し訳ない事をしたんだ、それなのに喜んではいけない。
そう思っていたのに…、そう思っていたのに…!
そのまま先輩は全て赦すように僕を抱き締めていた。
………。
……。
…。
数分くらい僕は先輩に抱かれ泣いていた。
このままじゃいけないと思い、もう大丈夫ですと声をかけ
ゆっくりと先輩から身を離す。
ぐっ、と目元を拭い深呼吸、先輩に目を向ける。
…弱くて、ごめんなさい
弱いから、決心が鈍る。信じる事より疑う事を選ぶ。
立てたばかりの決意が簡単に揺らぐ。
だけど、そんな僕を赦してくれた先輩に
たった一度の勇気、全て捧げようと思います。
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紆余曲折、僕の心の惰弱からウジウジしてるだけで
何も出来なかったこれまでを変える。
連結器を結合させている金枠に、取り外し用の器具を当てがう。
「大丈夫、いけます」とずっと僕の隣にいてくれる先輩に
声をかけ、二号車の入り口に待機してもらうようにお願いする。
先程、胸に浮かんだ希望…、それを現実の物とするんだ。
もう迷わない、そんな決意を漲らせる。
激しい揺れや軋みを伴い走る車両の上で、
僕はいつでもいけますと自信を胸に先輩を見る。
先輩は微笑み、待ってるねと二号車に向け歩き始める…。
その時!
がこおぉぉぉぉんっ!!!
凄まじい音が響き、僕たちが乗っている機関室がある
先頭車両が大きく跳ねた!その拍子に持っていた
金枠を外す為に持っていた長い鉄の棒を離してしまう。
先程より明らかに軽い金属音が数回に渡り遠ざかりながら
響き消えていく。僕も先輩もかろうじて車両の鉄柵を
掴んだり体が引っかかったりして投げ出されるのだけは
免れる事ができた。
見れば二号車から後ろは不自然なバウンドを2、3回した後、
横倒しになり車体と線路が擦り付け合い激しい火花と
音とを立てながら脱線したのが月明かりに浮かび上がる。
僕たちの脱出経路が…。
僕は胸に浮かんでいた希望が、どうにもならない絶望に
変わっていくのを感じた。