閑話 半年前の出来事・後編 〜天国と地獄と龍の球〜
徹夜ゲーム明けで眠気と、それを受けて休み時間にうつらうつらしていたのを叩き起こされた僕は不機嫌さがそれぞれ最大値(MAX)になっていた。いい加減我慢の限界だと思い椅子から[ユラ〜]とばかりにゆっくりと立ち上がり声をかける。
「だいたいさ、僕の番号知ってるって言ってるけどさ…」
立ち上がった僕は机を挟んで守田と対峙する。
小学校六年生ぐらいだと女子の方が成長が早いので男子より背が高い女子も珍しくないが、僕は今現在身長が163センチあり、女子の中で一番身長が高い守田より少し高い。
「お前、机に置いてた僕のスマホ勝手に調べて、自分のスマホに番号追加してただけじゃん」
うっ、とばかりに守田が返事に詰まる。
会話の形勢というか、攻守が逆転。
「スマホのアドレス帳に友達200人だっけ?勝手に他人のケータイ漁って許可も取らずに登録してんだろ?」
「ち、違う!」
「違う?何が違うんだ?」
「アタシは…、アタシは元々人より件数が多くて夏休み前でも100件越えてた!友達も多くてッ!」
戸惑いと怒りが混ざった表情でスマホを握り、まくしたて始める。
「番号の登録件数の少ない、友達いない価値の無い奴でもケータイ持ってればわざわざ番号を登録してやってるのッ!このアタシがッ!」
「ふーん、それで?」
僕はわざとなるべく冷たくつまらなそうに返答えてやる。
「ふーん、って、アンタッ!」
思った通り。彼女はより醜悪に顔を歪め、文字通り『怒り心頭に発する』といった感じで僕の席の机を振り上げた両手でバンッ!!と音を立てて激しく叩く。
その音は教室中に響いていた。
「アンタねえ、このアタシが番号を教えてやるって言ってるのよッ!ちょっと前ならアンタみたいな友達少ない価値の無い奴なんてアタシに『丁寧にお願い』しないと教えなかったのよッ!」
【ありがたいと思いなさい】と言わんばかりに高圧的に出てくる。心底、下らない奴だ。
おそらくその心情が僕の顔に出ていたんだろう、それを見てか守田はさらに興奮したように声を上げる。
「このクラスでも、多くても50とか60ぐらいしか登録がない価値のない奴ばっかだったから、『お願い』されたからわざわざ教えてやって友達って事にしてあげてんのよ!それを今日はアタシから教えてやるって言ってんの!だ、か、ら、アンタはありがたがって早くスマホ出せばいいのゆよ!!」
…ざわ。…ざわざわ。
教室内がざわつき始める。
おそらく自称『友達の多い』守田は、ここ数日の誰も相手にしてくれない……今まさに自分が価値が無いとまで言い切った『友達がいない自分』の状況に焦っているのだ。
そして、陰キャ仲間同士くらいとしか教室内で話してない僕に目を付けたのだ。
おまけに今日の僕は徹夜ゲーム明けで、休み時間中は半分寝ている状態だ。だから、数少ないオタ仲間の清宮をはじめとして近しい友人達は今日の所は距離を取ってくれたのだろう。
しかし、それを勘違いしたのが守田なのだ。
友人達が気を使い、休み時間に誰とも話す事なく机に寝ていた僕を、友達がいなくて寝て休み時間を潰すような『与し易い奴』と見て高圧的に来たのだろう。
…ふざけやがって。
だからキッパリと言ってやる。
「お断りだ!」
「なっ!」
守田がワナワナと驚きと怒りに満ちた表情で震える。
「僕はお前の番号なんか知らなくても、今まで何にも困らなかった。だから、わざわざ知る必要もない。むしろ、いらない。不愉快だ。」
「ふざけるんじゃないわよッ!」
守田が激昂する。
今にも掴みかからんばかりの迫力。怒り、憎しみ、色々な物が混じった目をこちらに向けている。森で機嫌の悪いゴリラに出会ったらこんな顔なんだろう。
「ふざけてるのはどっちだ!知りたくもない奴の知る意味あるかッ!教えてやるって何様だお前!」
「こ、この…」
「とにかく僕はいらない!友達の事を価値が無いとか言う奴なんかいなくてもいい!」
そう言い切った時、『おお〜』と声があがる。
周りを見れば、男子だけでなくほとんど話した事も無いような陽キャ女子達までがこちらを見ている。
もっとも、守田があれだけ大声で騒いでいれば皆見てしまうだろうけど。
皆が見ている事に気付き、守田はバツが悪そうにする。
丁度そのタイミングで休み時間終わりのチャイムが鳴り、まだ何か言おうとした守田ではあったが、ウチの担任はいわゆる体育系の先生で、どちらかと言えば色々ルーズ気味であるが授業には遅刻しながら来るクセに生徒には授業開始時刻にキチンと着席し準備していないとたちまち大説教大会になってしまうので慌てて皆が席に着く。
守田はまだ何か言おうとしていたが、授業が始まるので流石に席に戻った。
しかし、時折こちらを睨みつけるような視線を送ってくる。
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無事に四時間目の授業が終わり、先生が
「悪いな、今日は俺やらなきゃいけない作業があるから、給食を体育準備室の方に持って来てくれるか?食器は自分で返しに行くから持って来るのだけヨロシク頼むな」
そう言い残し、急ぎ足で教室から立ち去った。
ウチの班が給食当番だったので、僕たちは盛り付けなどの作業をして最後に先生の分を誰が持って行くかを決める事になった。当番全員でジャンケンをしたら、僕が最後まで負け残ってしまい持って行く事に…。
体育準備室は校舎の隣の体育館の片隅にある。
校舎5階の教室から給食を持って校舎一階まで降り、先生の所まで持っていった。
問題はその帰り道。
寝不足の僕に、5階までの階段登りはキツい。
先に食べてて、そう言い残して出てきているからみんなはもう給食を食べてるだろうと思っていたけど、情なくゼーハーしながら教室に戻ると「お〜う」とか「おかえり」とかの声に迎えられた。
見れば、まだ誰も給食に手を付けず僕を待っていてくれたようで、ちょっと感動した。
いただきますの声がかかり、みんなが食べ始める。
班ごとに机をくっつけて食べるのだが、盛り上がる周りに比べ僕は陰キャなのであまり参加せず口数は少ない。
「そういや昨日のドラゴ◯ボール見たか?フ◯-ザがあそこで助けに来るとは思わなかったなー」
「そうそう!ホントに味方か?みたいな感じがここに来てなあ!」
昨日…日曜朝にやっていたアニメの感想だ。
そこに珍しく男子向けのアニメなのだが女子の一人が口を挟む。
「アレって私のお父さんが子供の頃にやってたアニメの続きって言ってたけど本当?、三十年以上も前みたいだけど」
「そんな訳ねーって!」
「そうそう、今出てる漫画じゃん。コンビニでも売ってたぜ!」
男子達が否定する。
「そうだよね、そんなに昔の…」
「あ、あの、今のは違う作者の人が続きとして描いてて…、元は30年以上前に始まってて…」
「「「えっ!?」」」
みんながハモりながらこちらを振り返る。
漫画の話題だったので思わず声が出てしまった。
「おい!マジかよ!そんな昔からやってんのかよ!?」
「う、うん。悟◯の子供時代から」
「え?じゃあフ◯ーザとかも子供だったのかよ?」
「いや、フ◯ーザは大人になってから出会った敵」
「じゃ、じゃあさ!あと、何でタイトルがドラゴ◯ボールなんだよ?必殺技の名前でもないしさ」
「えっと7つ集めるとどんな願いでも叶うから、最初はそれを探す冒険の旅みたいな感じで始まったんだよ」
「うおー!スゲー!だから死んだ人が生き返ったりするのか!」
「うん」
「でも、どんな願いでも叶うんなら生き返る以外でも叶うんだろ!?ほかには何を頼んだんだよ!?」
「えっと、『ギャルのパンティーおくれ』とかだったかな」
「嘘だろー!?ぜってーねえって!」
嘘だろとか言いながら男子達は『パンティー』の響きに盛り上がっている。それもかなりのテンションだ。
その後、なんでそれ知ってるのかと問われ、僕の父さんが子供時代から集めた昔の漫画があるから知ってたと答えたら、男子達がスゲースゲーの大合唱になり今日の放課後に僕の家に遊びに行くということになった。
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そんな盛り上がりもひと段落し、何の気なしに他の班の方を見ると守田が下を向きながら給食を食べている姿を見かけた。