閑話 半年前の出来事・中編 〜人との距離〜
長い長い残暑…、十月に入ったこのタイミングでも三十度に迫る事が当たり前になっているこの現象は、日本の気候が温帯ではなく、もはや亜熱帯であると訴えるワイドショーのコメンテーターの発言を裏打ちしているようにも感じる。
僕に環境問題の難しい事は分からないが、うだるような暑さとして我が身に迫れば嫌でも実感するというものだ。
不快…、そんな言葉しか出て来ないような生温い風、折角風が吹いても高温多湿の空気をかき回しているに過ぎない。
夏休みの間はエアコンをつけた室内で自堕落な生活をしていても問題はないが、今は毎日学校に通う期間である。不快な蒸し暑さにその身をさらし、学校の決められたスケジュールに沿って研鑽を積む。
学校という閉鎖された空間、不快な環境、逃げ場の無い檻のようなかわり映えのない毎日が連続する小学校生活、しかし、何かは確実に変わっていく。
□ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️
スマホのアドレス機能内にある番号の件数(友人数!?)を根拠に、自分がいかに友人が多く、人気があるかを声高に叫んでいた守田ではあるが、その数日後くらいから周りを取り巻く環境が変わり始めた。
と言うのもクラス内で中心的に振る舞っていた守田が、急に周りから距離を置かれ始めた。そうして三日もすると、クラス中の誰もが相手にしなくなったのだ。
先日のスマホ内アドレス件数事件の時に、守田の後ろに立ち嘲るようなニヤニヤ顔をしていた守田の取り巻き女子の田村は、普段は守田と二人していつも互いを褒め合っていた。
「守田ちゃんは肌がキメ細かい!」
「田村ちゃんは足が細い!」
こんなやりとりを教室内でも互いに抱き合いながら甲高い声を上げてよくやっていた。『アタシ達、親友!』みたいな雰囲気で。
しかし、今はそんな田村さえ守田を相手にしないどころか視線を合わせようともしない。あれだけ毎日のように親友アピールをしていたのにである。
むしろ、守田が近付いてくるような素振りを見せると、田村は大きくて特徴的なアンパンのような鼻を膨らませ、一目見ただけで分かるような不機嫌さを浮かべ、会話はおろか守田が近付く事さえ許さない。
落ち目の守田と近しいと、周りから自分まで爪弾きにされる…という事だろう。
そう言えば田村のあだ名って特徴的な鼻の形から『アンパ⚪︎マン』って呼ばれてたな。どうでも良い事ではあるが。
それから数日が過ぎた。
すっかり守田がクラス中、いや学年中の女子を中心としたほとんどの生徒から相手にされなくなった頃、休み時間の際に守田が僕の座る席に近付いてきた。
僕はと言えば、前日徹夜でやり込み系RPGの『魔界戦史ディストピア』をひたすらプレイ、転生からのレベル上げと装備アイテムの底上げを今朝の6時半までやっていたので、とにかく眠いしダルい。立てかけた棒のように僕は自分の席で斜めに半分ずり落ちるような体勢でうつらうつらしていた。
「ねえ、アンタ!アタシ携帯の番号教えてなかったわよね?教えてあげるから携帯貸してッ!?」
「あ?」
半分寝てるような薄目でボーっとしていた僕の目の前には、寝起きで見るには不愉快な気分にさせられる哺乳類の顔。若干必死な表情であるが、ふんぞりかえって偉そうなスタンスを崩してはいない。
「アタシが番号教えてやろうってのよ!ケータイの!だから早くアンタの出しなさいよ!」
「あ?いらね」
眠気の為か、ストレスのせいか、なかなか普段はこんなぶっきらぼうな口調を使わない。しかし、人が眠たそうにしてる所にズカズカ入り込んで来て偉そうに命令する奴に丁寧な口調は必要ない。返事しただけでもありがたがって欲しいものだ。
「…ッ!アタシはアンタの番号知ってるけど、アンタにはアタシの教えてなかったからわざわざ教えに来てやったのに何よ、その態度はッ!?アンタ、自分の立場考えなさいよ!」
「…あのさあ…」
深く長い溜息を文字通り「ふう〜〜…」と音を立ててつく。心底呆れ果ててなかなか物も言えない。
しかし、言わずにいると理解できないだろうから、ここは一つ言っておこう。