#11 『異界』立てろ!僕らの 生存フラグ・前編 〜届かない声〜
見た事もない場所、今でない時代(多分)、
ロクに植物すら生えてない殺風景な中を走る葬送列車が向かう先は、断崖絶壁…その崖下…。
このまま行けば死ぬという…。
その葬送列車にいる二人…先輩と僕。
二人で葬送列車から降りる事を先輩に打診した僕は、穏やかな口調を意識しながら語りかける。
「先輩は先頭車両に残って後ろの車両を切り離すから、僕はその切り離された後続車両に乗って生き延びて…、さっき先輩はそう言いました」
俯き背を向けていた先輩から回答はない。
「…先輩。先頭車両が後ろを切り離しても後続車両がすぐ止まるわけではないですよね?慣性の法則でしたっけ…、直後は後続車両も先頭車両と同じスピードで走れるから、切り離したらすぐに後ろに飛び乗れれば死なずに済みませんか?」
僕は昔、直前までの運動を維持しようとする慣性の法則を父が持っていた猫の形をしたと主張するロボットの漫画で知った。それを思い出して、ここを脱出するアイディアを口にしてみた。
「…ッ!?」
「一人では、切り離して機関室を脱し、後ろに飛び移るのは不可能と思います。でも、二人なら…、二人なら一人は後ろの車両の扉を開けて待ち、もう一人が機関室を脱し、先頭車両から後ろへ向け跳ぶ…なるべく高く…滞空時間が長くなるように飛べは…、多少遅くなってるとは言え後続車両が追い付いて来て…、そして待機する方が引っ掴んで引き入れる時間が稼げるのでは…」
僕は俯いていた先輩の肩に手を置いた、先輩は少し驚いていたように僕の方を向く。構わずに僕は先輩を見つめる。まっすぐに、決して目をそらさないようにして。
こういう時は…、こういう時だけは気恥ずかしいとか、照れくさいとかも駄目だ。少しでも、自信の無さとか不安感とかを浮かべたら、先輩もきっと同じように思うだろう。
だから、先輩のことを見つめる。
先輩が何を言ったとしても引かない事を、何がなんでも二人でここから脱出する事を、僕が決めた事をやり遂げるその意志を伝える為に。
そして、言葉を続ける。
「綺麗な着地なんてしなくても、どうにかして後続車両にへばり付くなり、飛び込むなり、極端な話…どこかに引っかかれば良い。その体勢を維持してゆっくりでも中に入り込めれば良いんです」
先輩が瞬きもせずにずっと僕を見つめている。
「そうすれば、動力のない後続車両はやがて止まります。当然、崖下にも落ちないし、炎上に巻き込まれる込まれる事もない。…だから、死なない!」
本当に死なないかどうかは分からない…、
実際のところそうとは限らないけど強気に出る。
声を張り、ここは言い切る。
先輩の心に刺さるように、…そして、
言い切る事で自分に言い聞かせるようにする。
自分の声とはいえ自分の耳にも届くのだ、
そうする事で言っているうちに肯定できるような気になってくる。誰か違う人が、僕にその意見を言い聞かせてくれるような…、自作自演の都合の良い援護射撃のようにも思える。
しかし、今はそれでも良いと思った。
僕が気をしっかりと持ち、先輩がもう一度…、もう一度生きたいという気持ちを持ってくれるような、小さな希望の火でいい、それが胸に宿ってくれたらいい。
窮地を脱したら、その灯火を大きくしていくんだ。
先輩がもう一度、好きな本を読んだり外を歩いたり…、そんな『普通』をすぐではなくても取り戻せるように…、だから、引けない。いや、引かない!
「…先輩。この本の続き、必ず読みましょう。
行きたい所、見たい所、必ず行きましょう。
おんぶしてでも連れて行きますからね?
僕と戻りましょう。生きて帰りますよ、二人で!」
「………」
戸惑うように、怯えるように、先輩は僕を見ている。
拒絶だけはしていないけど、そう簡単に
『はい、そうですか』と翻意まではいかない。
怖いんだろう…、だけど車内で会った時の『どうして追ってきたの』と言われた時の明確な悲愴感はもうない。
死ぬと決まっている、そんな雰囲気だけはなくなっていた。しかし、心が遠い…。もっと近くまで心をもっていかなければいけないのに…。
どうしたものか…、正直これ以上のアイディアはない。だけど、先輩は僕をいまだに見ている。
二の句も告げられないような、頼りない僕をまだ見てくれている。戸惑いや怯えはあっても、僕に不信がある訳ではないようだ。今はそれだけでも十分、…あとは…。
その時に気付いた。
先輩が小さく震えている事に……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
死ぬ事は誰だって怖い、多分人が本能的に持つ一番恐ろしく、根本的な恐怖だと思う。死ぬ事は怖い…、しかし『死』自体は解放でもある。
死んだらそれで終わり、確かに良く聞く言葉だ。
だけど、そう。死んだら終わりにできる。
苦しいのも辛いのも恐怖も。
したい事がある先輩、今まで出来なかった事もたくさんあるだろうけど、それでも前に行く決意より恐怖が勝ってしまうのか…。
だけど…、生きる事を望んでもいる!
そこに賭けようと思った。
先輩の心にもっと近づいて訴えようと!
僕は震えている先輩の手を取る。
手を取られた事で少し驚いたような表情で、先輩は僕を見ている。僕は安心してもらえるように先輩を見つめ、一度首肯いてみせる。
そして、両手で先輩の手を包むようにして…
「先輩…」
僕は声をかける。
僕の言葉は稚拙だ、上手い事なんか言えない。
悔しいけれど…。
だけど、上手い事は言えないなら言えないなりに、僕なりのまっすぐに先輩を思う気持ちを伝えたいと思った。
もし、この胸を切り開いて僕の心が見えるならそうするだろう。今までの僕の生きてきた日々はダラダラした時間殺しのようなものだけど、どんなに手を伸ばしても手に出来なかった『普通』を求めた先輩に何かしてあげたい気持ちになってくる。
なんでこんなに『生きたい』って願ってる人が生きられないんだよ、しょうもない犯罪者とかがぬけぬけと生きているってのにさ。
だけど、ここから脱する事が出来れば死なずに済む、生存…そんな気がしているのも事実。
だから、一世一代…、十二歳がそうと決めるのは早い気もするけど、泣いて震えている女の子を放置していられる程には僕は無関心を決め込めない。
手に取った先輩の手…、先輩の右手を手に取っていたのだが、僕はそれを僕の左胸に当てる。
瞬間、先輩の体がピクッと跳ねた。
僕の思い、伝わって下さい。
どうか諦めないで下さい、先輩が手を伸ばしてきた『普通』…僕も一緒に手を伸ばします。
一緒に本を読みましょう、まだしていない事をしましょう、一つずつ一つずつ今まで出来なかった事を…、これまでの空白を埋めていきましょう。
一緒に笑いましょう、一緒に泣きましょう。
今日会ったばかりの、名前も知らない僕に全てを委ねてというのは『普通』に考えればあり得ないです。
でも、今はどう考えたって『普通』ではありません。
だから今だけは、その普通じゃない僕に付いてきてくれませんか?
僕のこの胸にある、一握りの心…、
胸に七つの傷がある人も『岩をも砕く剛拳も、一握りの心を砕く事は出来ぬ』と強敵に言っていた。
僕の左胸と両手が包む先輩の手に伝わって欲しい、申し訳無さそうに僕を見つめていた先輩の深紅の瞳を見つめる。
あまりに美しい双眸、先輩の手が触れている事で僕の胸への意識が高まる。全力疾走した時のように高鳴る鼓動、自分でも分かる位に弾んでいる。
多分、この僕のドキドキは先輩にバレバレだろう。
でも、恥ずかしいとか言ってられない。
それと、もう一つ…。気付いたことがある。
盛大な勘違いかも知れないが…。
先輩はどちらかと言えば受け身のタイプではなかろうか?いや、どちらかと言うと、と言うより間違いなくかも知れない。
だとしたら、押してみるのが良いのだろうか。
「先輩、僕に付いて来て下さい」
「……ッ」
先輩がわずかに、ピクッとした反応を見せる。
不安そうな悲しそうな表情だけど、僕から目をそらさない。
なら、僕も…視線を決してそらさない。
少しだけ、声を強く張る。
「ついてきて、先輩」
「…ッ!」
反応がより早く、少し大きくなる。
僕の言葉への反応が明らかに大きい。
不安や悲しみの色が瞳から薄れた気がした。
「僕が守るから…」
言葉を続ける。
そして少しだけ、ずいっと先輩に寄る。
見つめるから少し覗き込むといった体勢になった。
先輩は驚いたようだけど、避けたり引いたりはしない。
だけど、何かアクションを起こすような様子でもない。
まるで僕の次の行動を待っているようにも思える。
先輩の手を包んでいる両手の平を優しく、しっかりと握る。
何があっても離さない、決して離さないと先輩に意思表示。
先輩は瞬きすら忘れ僕を見ている。
押せ…、押せ…。
ここが勝負所だと、本能みたいな物が告げてくる。
あの芸人さんなら、「押すなよ、絶対に押すなよ!」と言うような場面だろう。
今ここには僕と先輩しかいない。
先輩をここから連れ出すのは僕しかいないんだ。
自信を持て!
僕は先輩の騎士だと、
今この時だけは、
誰が相手でも負けないと、
神様だろうと抗うと、
ただその思い一つ心に込めて。
「僕について来い」
…言っちゃった。
ちょっと低めを意識した、イケボ気味な声で言っちゃった。
やっちまった…、よりによってコレ?
何コレ、気の利いてないセリフ。
今時『俺についてこい』的なヤツ言っちゃったぞ。
うわ、どうしよう…。恥ずかしいし、ダサいかも。
先輩の反応が怖くて見れない。
あ、いや視線はそらしてないですよ。
だけど、見ているけど見えてないというか…、
先輩は微動だにしていないようだ。
呆れられたかな…、軽くヘコんでいたのだ…。
そ〜、っと改めて先輩に目を向ける。
かなり、不安だけど目を向ける。
「……」
固まっている。瞬きもせずに先輩は固まっている。
「あ、あの〜……」
僕は恐る恐る先輩に声をかけていたのだった…。