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#10 『異界』生きるか死ぬかのフラグメント


「先輩は本当にそれで良いんですか?」


僕は思わず問いかけていた。


「思い残す事はない、そう言ってましたけど…それは本当ですか?」


「………」


先輩は背を向け体は震えたまま、扉に手をかけ(うつむ)き言葉を発せずにいる。


「まだまだしたい事…、やり残した事…、無いんですか?」


駅前で先輩が落としていった『…ユニーク』と評した水色の(しおり)がはさまれたアンティークな本…、僕はおもむろにそれを取り出す。


「僕は先輩が落としていったこの本を届ける為に後を追って来ました!…でも、この本を見て…、さっき先輩が言っていた思い残す事…、やり残した事…、まだあるんじゃないかって思ったんです!」


僕は言葉を続ける。


「見て下さい!この本…、(しおり)がはさんであります!栞をはさんだのは…先輩、ですよね?

栞があるのは読んでいる途中って事ですよね?まだ、読み終わってはいない!!この本の続き…、ユニークな続き…、気になりませんか?…まだ、この本だけでも続きが残っています…。先輩、やり残した事が…、まだあるじゃないですか…」


背中を向けた先輩に届けとばかりに問いかける。


「それに図書室がお好きなんですよね?あの部屋には沢山の本がありました!まだまだ読んでみたい本はありませんか?全部の本、まだ読んでないですよね?

他にも、まだ行った事のない場所とか…、してみたい事…、きっとありますよね?」


「………ッ」

先輩の唇から声にならない思いが少しだけ、…ほんの少しだけど漏れたような気がした。


「それに…、先輩…。

僕だって…、僕だって男です!

今日初めて会って…、二つ年下で…、

頼りない子供にしか見えないだろうけど…、先輩を…、

女の子を一人残してまで生き残りたくありませんッ!」


僕らしくない発言(セリフ)…。


ホント僕らしくない…、面倒な事は全部投げ出してばかりいた。

勉強でも…、スポーツでも…、何かに打ち込んで来たと人に胸を張って言える物なんて僕にはない。

少しの内向的(インドア)な趣味と、自分一人(ぼっち)でも出来る暇つぶし、

それが僕の人生(あしあと)、当事者なのに傍観者のような僕の人生。

ダラダラと、ただ時間を過ごした僕の人生。


だけど、今だけは…、今だけは必死になろうと思った。


先月の小学校の卒業式で、同じクラスの女の子の中に泣いている子がいた…。それを僕はどこか冷めた目で、(なんでそこまで思い上げるのかねぇ…)なんて小馬鹿にして見ていた。

でも、彼女には…きっと、小学校の中に置いて行きたくない大切な思い出があったのだろう。

何かは分からない、でもきっと後で思い出した時…、

胸を張って『私はこれに全てをかけた』って言える物を。


僕には何もない。立ち止まる事も、先を急いだ事も、

這い(つくば)ったり背伸びする事もなく、ただ通り過ぎてきた僕の人生。

平坦で楽な道…、それが僕の歩いてきた道。


だけど、先輩の人生はきっと…、切り立った断崖絶壁の上のような場所を裸足(はだし)で歩くような苦労と苦痛を味わってきたんだと思う。

体の弱い先輩にとって普通に過ごす事、それだけで大変だった筈だ。今日だって体調が悪いのに最後に思い残す事がないように図書室に来ていた。

僕みたいに何の気なしにフラッと来た訳ではないのだろう。

残された(わず)かな時間を惜しむように、自分に刻みつけるように、そして何かを(のこ)したかったんだらと思う。

そして、図書室でたまたま僕に会ったのだろうけど、それでもたった一度だけ邂逅()っただけの僕を逃がそうとしてくれている。自分が死んでも…、僕を…。


『思い残す事はない』、確かに先輩はそう言った。

だけど、それならなんでさっき先輩はあれだけ泣いたんだ。僕に体を預けてなお身を支えていられない程に、膝をつき慟哭(どうこく)とも言える程に…。


きっと普段は感情をあまり表には出さないのではないかと推測される先輩が、大好きな本を読む事を語った時の少しはしゃぐような目の輝き、言葉にならないような嗚咽(おえつ)を漏らし泣き崩れた時の悲しみ、出来る事を自分の体調の範囲で精一杯してきた先輩の人生、それらを先程の泣き続ける先輩を支えながら僕は体全体で感じていた。


だけど、僕は同時に感じていた。

きっと先輩は『まだ生きたい』と願っている事を。

まだしたい事や憧れてる事、まだまだ沢山ある事を。

この『葬送列車(そうそうれっしゃ)』に導かれてしまった事で…、逃れられない『死』を突き付けられた事で…『覚悟(あきらめ)』なければならなかったのではないかと、そしてそれが自分の運命だと。


だけど、それならどうして僕はここにいる?

葬送列車が先輩を連れて死に向かう…、それは置いといて僕はなぜここにいる?

僕はそれなりに健康だ、すぐ死ぬとは思えない。

ならば、なぜここにいる?

想定外…、というかイレギュラーなんじゃないだろうか?

先輩一人なら、本で言えばこのまま筋書き通りにいく。

じゃあ、僕がいるなら…どうなる?

そもそも葬送列車なんて知らないし、多分病気でもない。そもそも、平和(ひらわ)駅に向かう電車に乗ってたのに雪国でなんかあって、知らない駅前で転ばされて、今は物騒な葬送列車に乗っかって…。


このまま崖から葬送列車ごと落ちたなら死んでしまう。

…と、すると『死ぬ』には『葬送列車に乗った状態で、崖から落ちる』というのが条件か?

いわゆる、『フラグ』…?

じゃあ…フラグさえ立たなければ?

どうにかしてその条件を外れる事ができれば…、

いわゆる「やったか?」的フラグ発動で生存できる?

このまま何もしなければ間違いなく死ぬ…。

だったらやるしかない、死ぬのは怖い。


すっごく深いため息一つ、そしてまっすぐ先輩を見つめ


「先輩、二人でこの列車から降りましょう?」




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